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知世は未央が思ったような反応をしないのでよけいにイラッとしたのだろう。
知世は勝手にヒートアップして、大きな声で言い放った。
「だから何? 私の方が幸せですアピール!? うんざりなのよ! その顔見るだけで!!」
「あなたはいったい、なにがしたいのですか?」
「あんたを困らせるようなことして、ストレス解消してるのよ!! それがわからない!?」
「あんまりいいストレス解消法だとは思いませんけど」
「イラッとするわね、ほんと!!」
これ以上話しても無駄だ。修羅場を続けるのはmuseさんにも悪い。もう帰ろう。
亮介の顔を見る余裕はなかった。早くこの場から去りたい。
「知世さんすみません。急ぐので帰ります」
未央はペコリと頭を下げて、飲み終わったカップを捨てると店を出た。
「待ちなさいよ!」
museを出たところで、知世に後ろから手を引っ張られ、その場にドスンと尻もちをつく。痛い……。さすがに暴力はよくないんでは? そう思ってお尻をさすっていると聞き慣れた、透明できれいな声がした。
「未央! 大丈夫?」
血相をかえて、亮介がお店から出てきた。未央は亮介に抱き起こしてもらって立ち上がる。
「ごめん、亮介。仕事中なのに……」
「いいから。痛いとこない?」
未央がコクリとうなづくのをみてから、亮介は知世に向かって言葉を投げつけた。
「中川、久しぶりだと思ったらなんだよ? 文句あるなら俺に言えよ」
「亮介、こんなちんちくりんと付き合うなんて、あんたも変わったわね」
中川……、坂畑さんの旧姓かな。ちんちくりんでわるかったね! 言われなくても自覚してます!! それより、場外乱闘ですか? そこまでする? 亮介にも迷惑かけてるし、もう最後の一撃だ!! これでもくらえ!!
「結婚生活、うまくいってないんですね。そのストレスを私に向けた。ただそれだけのことでしょう。私はそんなことされても、傷ついたり、泣いたりしません」
「もう!! 私のことなんかほっといて!! 私はかわいそうなんかじゃない!!」
知世は顔を覆って泣き始めた。なんだろう。もしかしたら、とんでもない事情があるのかな。
顔を覆った知世の手には、目の覚めるような真紅のネイルがしてある。よくみるとハゲハゲだ。痩せ細った知世の前腕が、長袖のブラウスからのぞいていた。
その前腕をみて背筋が凍りつく。あざがある。真っ青で、何度も痛めつけられたであろう、あざ。
そういえば、知世はいつも長袖。首や足を隠すような服を着てくる。日焼けを気にしてるのか、おしゃれだと思ってたんだけど……。
未央は思わず知世の手をとって、ブラウスを肘までめくり上げる。
「やめてっ……!!」
知世の止めるのも聞かずにそれを見た。古いアザと新しいアザが無数にある。
これはひどい。
「中川、それ……どうした?」
亮介も驚いて声をかけた。
知世からそっと手を離す。ややあって未央は話し始めた。
「ご主人ですか」
「違うわ」
「お|義母《かあ》さまにも?」
「違うって言ってるでしょ? これは自分でやったの!! あなたに関係ないでしょ?」
知世はうつむいて黙ってしまった。
肩を震わせ泣いている。
未央はもう、自分の手に負えることじゃないと思ったが、心の底から湧き上がるものを止められなかった。
「あの……坂畑さん、大事にしてください」
「え?」
「あなたの命を大事にしてください。生きてることを楽しんでください。あなたは世界にたったひとりしかいません」「あんたなんかに憐んでほしくない。私は、不幸なんかじゃない!!」
知世にぎろりと睨みつけられる。まあ、不幸ではないかもしれないけど……。その状況はよくないですよね、きっと。
両親は、生きたくても生きられなかった。
どうか自分で自分を痛めつけるのだけはやめてほしい。
自分を痛めつけるものから逃げてほしい。希望を持ってほしい。
「……どうかご自分を大切になさってください。これで失礼します。亮介ごめんね、仕事の邪魔して」
「未央っ……」
踵を返して歩きはじめる。もう知世は追いかけてこなかった。
後味の悪いまま、電車に乗って家に帰る。
サクラにごはんをあげながら、さっきのことを思い返した。あれはDVか、自傷行為か……。
とにかく知世の深い悲しみが、ずしんと重く未央自身にも襲いかかった。
シャワーも浴びずにベッドに倒れ込む。
あれほどまでに、ひととやり合ったのははじめて。
奈緒なんてかわいいものだ──
未央はそのまま眠ってしまったようで、スマホが震える音で目が覚めた。
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