テラーノベル
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「お前が止めを刺さねえなら……これしかねえだろ?」
つまり限界以上の異能を行使する事で、錐斗は自らこの闘いに幕を引いたのだ。
自決と云う手段を以て――
「こっ――の大馬鹿野郎がぁ!!」
当然納得出来るものではない。雫は力を振り絞り、氷で覆う事により炎を消火しようしたが――消えない。
「異能の末路はお前もよく知ってるだろ? この終わりは誰にも止められない……」
それは焼き付いたエンジンが二度と修復出来ないように、この現象は異能を行使する者にすべからく在る対価と云えた。
「元よりこの力は俺には分不相応の代物。遅かれ早かれ、いずれこの道を辿る事は分かってたしな……」
それでも――雫は消火の為の力を止めようとはしなかった。
それが無駄だと痛感していても――
「……何故だ? 何故お前はそこまで! “アイツ”に強制させられたのか!?」
錐斗はルシファーズ・アームの力を、『あの人に施された』と言った。
なら何か弱味を握られている――と。
「違うな。これは俺が望んで受け入れた力……。あの人はそのきっかけを与えたに過ぎない」
だが錐斗は否定する。彼にとって『あの人』には、自らの意思で付き添っているのだ。
「この……馬鹿が……」
それでも雫には到底納得出来る答でもないが。
「お前をそこまで突き動かすのは何だ? お前は何を知っている!? アイツと何があった?」
そう。肝心な事を雫は何も知らない。
何故狂座を離脱してまで、彼等をこうまで――その突き動かすものとは?
世を力で支配する――それだけではない筈だ。
もっと決定的な何か。それに至ったその真相を。
「――お前が全てを知るのは……まだ早い」
最期の間際となっても、錐斗はその問いには答えない。
「真実とはかくも残酷なものだ何時も……」
「勝弘ぉ!!」
一体何を知っていると言うのか。雫の行き場の無い叫びが響き渡った。
「あの人はもうすぐ動き出す……。その時に全てが分かる。お前に――全ての生体がその真実に耐えきれるかな?」
「どういう事だ!? はぐらかすな勝弘!」
「俺が言えるのはここまでだ。一つだけ言えるのは――」
決して真実を明かさない錐斗が、向けた視線の先は――悠莉の姿。
「あの子はお前にとって大切な子なんだろ? ならこの先、何があってもあの子を信じ、守り抜いてみせな……」
「悠莉を? それはどう……」
「俺から言えるのはここまでだ。それにもう……終わりみたいだからな」
その瞬間、錐斗の身体がより一層の黒き炎で燃え上がる。
「――っ!!」
タイムリミット――異能の終わり。錐斗という一生体の消失の刻が訪れたのだ。
「――勝弘っ!!」
雫は手を伸ばそうとするが、吹き上がる炎の勢いに阻まれる。それにもう打つ手は無い。
それが分かっていても、それでも――
「そんな辛気くせえ面するんじゃねぇよ幸人。お前は俺達を止めると決めたんだろ? なら最後まできっちり貫きな……」
悲痛に顔を歪ませる雫に、錐斗が掛ける最期の忠告。
既に彼は顔以外は炎に包まれていた。
「言っとくがあの人はクソ強ぇぞ? お前の想像を遥かに越えてな。闘うなら心してかかるんだな」
「ああ……分かってる」
二人の間に交わされるは、いずれ訪れる避けられぬ闘いへの序曲。
これで終わりではない。
一つの闘いが終わり、また新たな闘いが始まる。
その一つの別れ――
「煙草……有るか?」
既に首から上以外が燃え尽きかけている錐斗より掛けられた、ある意味この世で最期の頼み。
自前のは既に煤となったのだろう。
「ああ……」
雫は何の疑念も無く、彼の口元へと煙草をくわえさせ、燃え上がる炎に関係無くライターで火を点けた。
錐斗はゆっくりと深く――深く吸い込み、最後まで味わうように吐き出す。
「まあ……最期にお前に会えて良かったぜ。精々頑張りな。この先どうなるのか……地獄から見といてやるよ」
「…………くっ」
「何が正しくて……何が間違っているのか――をな」
錐斗が最期に遺した言葉。それこそが――だが今はまだ雫は知るよしもない。
「じゃあな幸人。何時かまた……――」
それを最後に全てが炎に包まれた。
「ああ……何時かまた地獄で――必ず」
それは約束だった。いずれ必ず訪れる己の末路に、雫は一先ずの別れを告げた。訪れる再会を誓って――。
燃え尽くした炎が消える。まるで最初からその存在が無かったかのように、一切の痕跡すらも残さず。
その背に想うは何か?
雫は今は何も無い痕跡を前に、ただ――立ち尽くしていた。
「幸人お兄ちゃん!」
悠莉が立ち竦む雫の下へ駆け寄る。既に結界は解除されていた。
「……悠莉?」
振り返ったその胸元へと飛び込み、悠莉は顔を埋める。
それは無事を喜ぶのか、それとも――
「痛かったよね……」
不意に搾り出されるような彼女からの労い。
「ああ……いや、骨には所々ひびが入ってるだろうが、命に別状がある程じゃない。大丈夫だ……」
本当は立っているのが不思議な程の重症だが、それでも心配を掛けさせまいと気丈に振る舞う。
任務は無事完遂した。表での日常生活には、暫く支障をきたすだろうが――
「違うよ! 身体が痛いんじゃない……心が痛いって、幸人お兄ちゃん泣いてるんだもん」
「えっ?」
まるで全てを見透かされたような。
「だってお友達が……もう二度と会えないんだよ? いやだよそんな……そんなっ――」
気持ちが痛い程に伝わるのだ。だからこそ彼女は泣きじゃくる――心を隠す幸人の代わりに。
「悠莉……」
雫はがっくりと膝を着いた。彼女をその胸にしっかりと抱き締めながら。
分かっていた――自分自身が何よりも。
独りでは行き場の無いこの想いを。
――雪が降り始めた。この地方での初雪。
まるで全てを覆い隠すように、冷たい雪が無常に降り注ぐ。
それでもその小さな温もりは――暖かかった。
“今……この時だけは――”
何時までも――何時までも二人は、その場で抱き合っていたのだった。
.....
―――――???―――――
“――あの子の生体反応消失……。負けたみたいよ、あの子”
“そうだね……”
“そうだねってアンタ……。あの子の損失は私達にとって、かなりの痛手になるわよ?”
“…………”
“何といってもあの子はアナタの――『創主直属』。片腕だったんだからね……。アナタとしては『雫』と併せて両腕にしたかったんでしょうけど……当てが外れたわね?”
“……問題無いよ。確かに今回の事は遺憾だけど、計画には何ら支障は無い”
“やっぱり……ヤるのね?”
“ああ……時は既に満ちた。一つの時は終わり迎え、そして新たな時が幕を開ける。あの子の為にも此処で歩みを止める訳にはいかない。これは私から彼への鎮魂の餞――”
“先ずは『狂座』――ね。彼等が力を貸してくれるのが、本当は一番良いんだけど……”
“そうだと良いのだけどね”
“アナタの『探し人』も此処に巡ってるんでしょ?”
“フフフ……”
“さあ……そろそろ動き出そうか。我等――”
“ネオ・ジェネシス”の名の下に――”
※五の罪状 “終”
~To Be Continued
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