元貴との連絡を時々取りながら、ソワソワと大学生活を過ごしているうちに、あっという間に7月26日を迎えていた。
亮平くんと一緒に、予約していたヘアサロンへ足を運ぶ。
 亮平くんと並んで、まずは髪の毛をセットしてもらう。亮平くんは、緩く巻いて、ふわふわとした前髪をセンターで分け、爽やかな仕上がりになった。俺は、サイドの編み込みを提案されたが、少しいかつくなりそうだったので、亮平くんと同じく緩く巻いてもらって、前髪をポンパドールにして上げてもらった。すっかり色落ちした金髪だったが、雰囲気が柔らかく、可愛らしくなったので、このスタイルにして良かった、と満足していた。
 それぞれに着付けをしてもらい、お金を支払って、お店を後にする。街を歩きながら、時計を確認した。
 「良い時間だね。このまま行こうか」
「そうだね、蓮くんとは、待ち合わせしてるの?」
 亮平くんが、ずっと俺の前で『蓮』と呼ぶので、もう俺も釣られて『蓮くん』と呼んでしまってる。
 「うん。お祭り会場でね。涼架くんは?」
「俺は、ステージを見に来てって言われただけだから」
 出番の時間も送られて来ていて、多分その時間にステージ前に来いってことだと思うけど。
 「すごいよね、大森くん。自分の曲やるんでしょ?」
「多分ね。何やるかは教えられてないけど、多分カバーじゃ無いと思うよ」
「へえー、俺も蓮と聴きに行こ」
「うん、喜ぶよ」
 広大な敷地を持つ神社の入り口。蓮くんとの待ち合わせ場所に着いた亮平くんと一旦別れて、俺はブラブラと神社の中のお祭り会場を歩く。もう、人がたくさん集まっていて、ステージでは音楽フェスが始まっていた。元貴の出番まではまだ少し時間があるので、何か飲み物一つでも買おうかな、と出店を回る。
 「あ、藤澤先生…」
 後ろから声がして、振り向くと、浴衣を着た中条さんが立っていた。
 「ええ、中条さん! お久しぶり!」
「お久しぶりです、え、先生、お祭りですか?」
「え、お祭り以外、無いよね?」
「あ、ですね」
 意外と抜けてる発言におかしくなって、ふふ、と笑い合う。中条さんは、薄い青を基調とした生地に、白く細い線で大きく描かれた金魚がいくつも泳ぐ、爽やかで可憐な浴衣を纏っていた。髪は下の方で緩いお団子にして、シャラシャラと揺れるビーズの髪飾りをつけている。
 「中条さんは? お友達と?」
「あ…そ、そうです、友達、です」
 頬が紅くなり、俺は、あ、と気付いた。
 「あ、ごめん、待ち合わせ? とか、大丈夫?」
「あ、全然、あ、もうすぐ、ですけど」
 2人して焦って、うまく会話が出来ない。この頬の紅らみの相手が、どうか若井であって欲しいと願いながら、ステージの方へ歩みを進めた。すると、中条さんも、俺に並んでついてくる。
 「あれ? こっちなの?」
「はい、そう、言われてます、ので…」
 亮平くん達は、入口の方で待ち合わせてたけど、中の方で待ち合わせるのか、珍しい気がするな。そう思いながら、俺がステージの方まで行くと、中条さんもそこで止まる。
 「…え? ここ?」
「…はい。え、先生は?」
「え、俺も、ここに来てって…言われ…て」
「そう…ですか」
 中条さんは、誰に、とは訊かなかった。『他人の事情に首を突っ込むな』という部の教えは、ちゃんと息づいているんだな、と妙に感心してしまう。俺がきっかけなのに。
ステージの転換が始まり、それまでのお客さんがパラパラと場所を空け始めた。
 「前、行く?」
「あ、はい」
 中条さんと2人で、ロープが張られている最前まで、人混みを軽く縫って歩いていく。時間で言えば、次は元貴の番のはずだけど、ステージ上では沢山のものが忙しなく準備されている。
 「涼架くん」
 後ろから、亮平くんと、蓮くんが連れ立って歩いて来た。蓮くんは、黒いシンプルな浴衣を着ている。2人が、俺の隣に立った。
 「阿部先生、お久しぶりです」
「あ、えーと…」
「高嶺の花子さん」
 亮平くんが記憶の中を探していると、蓮くんが横から囁いた。
 「ああ! 若井くんの…」
 そう言いかけて、亮平くんは口を噤む。中条さんは、目を伏せて、小さく会釈した。亮平くんが俺に目配せをして、何故ここに?という顔をするが、俺も分からない、という顔で返しておいた。そのうちに、暗いステージに人影が出て来た。
ギターの音が鳴り響くと、一気に照明が明るくなる。
俺たちは、その光景に全員で目を丸くした。
 ステージには、中央にギターを掛けた元貴が立ち、その右側には同じくギターを抱えた若井がいる。
そして一番驚いたことに、その後ろ左側にはベースを下げた高野と、右側にはドラムセットに囲まれた綾華が座っていたのだ。
 「…え、え?!」
「高野?」
「山中先生…」
「若井も…」
 俺は驚きの声しかあげられず、亮平くんも中条さんも蓮くんも、それぞれに彼らがここにいることを驚いているように、名前を口にした。ステージ上の全員が、浴衣を着ている。
元貴は深紅、若井は藍、高野は藤、綾華は桃、と、それぞれに花や金魚など様々な柄が付いた、シンプルな浴衣だ。
 『今日は、お集まりいただき、ありがとうございます。実は俺たち、まだバンド組んだばっかで、名前も決まってません。だから、「名前だけでも覚えて帰ってください」すら、言えません』
 マイクを通して、元貴が話し始めた。客席から、わはは、と笑い声が上がる。
 『それでも、大事な曲を引っ提げて、やって参りました。聞いてください、「No.7」!』
 綾華がハイハットシンバルを力強く叩いて、曲が始まる。そのサウンドのクオリティの高さに、次々とお客さんが集まってきて、そこはすぐにライブハウスのように盛り上がり始めた。
俺たちも、最初の驚きはすぐに忘れて、ただ目の前のカッコよくも楽しげなバンド演奏に夢中になっていた。手を高く掲げて、前方へ向け音に合わせて揺らす。気付けば、「なーなな、ななななななな!」と叫び出していた。途中から少し音頭のような曲調に変わり、客席から笑顔が溢れる。大歓声の中、一曲目の演奏が終わった。
 『ありがとう』
 元貴の挨拶に、割れんばかりの拍手が贈られる。そのまま、流れるように二曲目が始まる。俺は、そのメロディーに聞き覚えがあった。
 『「パブリック」』
 俺の声と、元貴の声が、重なった。あの時、部屋で聴いた儚げな曲調ではなく、バンドサウンドでそのまま心の叫びとして耳に届く。俺は、また、元貴の言葉に涙を流してしまった。やっぱり、元貴は天才だ。俺は頬に流れる雫を手のひらで拭いながら、真っ直ぐ元貴を見つめていた。
 『最後の曲になりました、今日は本当にありがとうございます。俺たちは、まだ高校生で、これからの将来どうするのか、どうしていきたいのか、考えるべき歳です。だけど俺は、ある意味覚悟を持って、あえてこの歌を創りました。聞いてください、「アンゼンパイ」』
 色んな可能性がある、自分たち。色んなことをやってみたい、自分たち。その為には、安全牌を捨てる覚悟が必要なんだと、元貴が歌っている。だけど、最後には、「夢を追う不安はあるけれど、大丈夫、貴方のその目は輝いている」と、そっと背中を支えてくれる、すごく心に沁みる曲だった。
 
 
 演奏を全て終え、お礼を述べて深くお辞儀をする皆に、俺たちは精一杯の拍手を贈った。手が痛くなっても、彼らがステージを降り切る最後まで、惜しみなく拍手を贈り続けた。
 「行こ」
 亮平くんに誘われ、俺たちは皆でステージの傍に歩いていった。しばらくそこで待っていると、ギターやベースを抱えた元貴たちが、テントから出てきた。
 「おー、阿部ちゃん!」
「涼ちゃんも!」
 高野と綾華が、俺たちを見つけて駆け寄ってくる。
 「来てくれたんだ、ありがと〜」
「いやいや、まずあなたたち何してんの、めちゃくちゃビックリしたからね」
 俺がそう話すと、2人は、へへ、と顔を見合わせて笑った。
 「だって元貴が内緒にしろっていうからさ」
「俺たち、実習終わってからすぐ連絡先交換して、声かけられて。『俺と若井とバンド組んでくれ』って」
「ビックリしたけどね、もっとビックリしたのは、曲を聴いた時だよね」
 綾華が、高野に言うと、高野も頷いて同意する。
 「この子すごい、ってなって、高野と相談して、よし、やってみよう! って」
「すごいね…。信じられないよ」
 俺が半ば呆れたように声を漏らすと、元貴が俺たちの後ろに向かって手を挙げた。
 「あ、こっちです」
「お疲れ様」
 振り返ると、前髪も全て後ろで一つに結び、大きな髪飾りでお団子に留めた、とても美人なミセスと呼ばれる年代の女性が近づいて来た。淡いベージュ色のパンツスーツを着ている。
 「楽器は? これだけ?」
「はい、高野も、一緒に運んどいて」
「ええ、俺?」
「綾香も、これよろしく」
「雑だなぁー」
「いーだろお前ら、向こうに人待たせてんだろ」
 随分と砕けた喋り方と態度で、元貴と若井が、それぞれ2人に楽器を預ける。高野と綾香は、その女性と一緒に人混みに消えて行った。
 「あの人は…?」
「芸能事務所の人。松嶋先生の口利きでね、ちょっと最近面倒見てもらってんの」
「え? そうなの?」
「うん。ちょっと待ってね。めめ、阿部ちゃん先生、ありがと、来てくれて」
 元貴は、俺に軽く挨拶した後、亮平くん達のところへ話に行った。若井は、向こうで中条さんと談笑しているし、俺は一人所在なさげに少し周りをキョロキョロしてから、高野達を追いかけることにした。
人混みを掻き分け、さっきの女性と高野達を見つける。
 「すみません!」
「あ、涼ちゃん」
「あの、あ、これ持ちます」
 高野が俺に声をかけたが、目配せだけ返して、俺は女性の方へ話しかけた。女性の肩からギターを受け取る。
 「ありがとう。あそこの車まで、運んでくれる?」
 神社の裏口のような石垣の向こうに、横道に駐車されている車が見えた。そこを目指して歩きながら、話を続ける。
 「はい。あの…」
「あ、申し遅れました、私、〇〇事務所の戸田菜穂と申します。…あなたが、涼架さん?」
「…え?」
「菜々子…松嶋から聞いてます、フルート奏者で素敵な子がいるって」
「あ…松嶋先生とは、どういう…」
「同級生なの。同じ音楽科を卒業して。菜々子は音楽教師になって、私は音楽事務所を経営してるのよ」
 車に着いて、中へ楽器を運び入れる。高野と綾華は、それぞれに恋人と待ち合わせているから、とここで挨拶を交わして、またお祭り会場へと消えて行った。
 「…涼架さんも、もしご興味があったら、是非。教え子へのこちらからの勧誘は、菜々子に禁止されてるんだけど。内緒ね」
 にこっと笑いながら、名刺を俺に差し出す。それを受け取る際に、その人の左手の薬指に、松嶋先生と同じ、ピンクゴールドの指輪が付けられているのを見て、俺は全てを察した。
 この人が、松嶋先生の言っていた、「元貴の曲に惚れた人」だったんだ。そしてきっと、この人は、松嶋先生の、大切な人。
よく見れば、このベージュのパンツスーツも、松嶋先生が着ていたものと同じだ。
 「あの…元貴は、プロになるんですか?」
「…それは、本人に訊いた方が良いんじゃないかしら」
 戸田さんが、俺の後ろを視線で指し示す。振り向くと、元貴が追いかけて来ていた。
 「菜穂さん、ありがとうございました。またよろしくお願いします」
「ええ。またね」
 元貴と挨拶を交わすと、戸田さんは車に乗り込み、街の方へと車で走り去った。俺がそちらをずっと見ていると、ぐいっと腕を引っ張られて、元貴の方へ向けさせられた。
 「涼ちゃん先生、浴衣、ちゃんと着てくれたんだ」
「…うん。皆が浴衣で演奏するから、着てきてって言ったんだね」
「いや違うよ?」
「え?」
「俺が、涼ちゃん先生の浴衣見たかったから」
 引っ張った腕をするりとなぞって、そのまま左手を握られる。俺の髪の毛から、脚の先まで視線を移して、満足そうな笑顔を浮かべた。
 「うん。いーね、すごく素敵。この、車柄ってところが涼ちゃん先生らしくて、めっちゃ似合ってる」
「…ありがとう…。俺、免許ないけどね」
 予想通りに褒めてくれて、嬉しいやら、恥ずかしいやら…。運転免許をまだ持っていないことを、照れ隠しに話してみたりして。
 「…元貴、あのバンドで、プロに、なるの?」
 俺が、さっきの質問を、直接ぶつける。俺を見つめて、手を握る力を強めた。
 「…うん。その覚悟を決めた」
「そっか…」
 なんだか、元貴がすごく遠くにいったように感じて、俺は自分が恥ずかしくなった。元貴にお祭りに誘われたと期待して、浴衣を褒められたいが為に浮き足だってこの浴衣を選び、この日をずっと心待ちにして、特に何もせずにただこの日の為に日々を消費してきた。その間に、元貴は将来への覚悟を決め、高野や綾華もそれに賛同し、切磋琢磨してきた日々があったんだ。
俯いたまま黙っている俺の頬を、元貴の左手がそっと触れた。
 「…涼ちゃん先生、一つお願いがあるんだ」
「…なに?」
「10月の文化祭でさ、学校でまたバンド演奏しようと思ってるんだけど、ピアノとフルートで、入ってくれない?」
「…え?」
 思いもよらない言葉に、思考が追いつかない。俺が? あのバンドに入る?
 「あ、文化祭限定とかでも良いんだけど、もちろん。新しい曲がさ、ピアノとフルート欲しいなって思ってて、それで…」
 元貴が、俺に気を遣ってか、軽い声で誘ってくれている。しかし、手を握る強さから、緊張しているのが伝わってきた。俺は、元貴の手を強く握り返す。
 「…うん、俺で力になれるなら、もちろん」
「ほんと?!」
 元貴の顔が、パッと明るくなった。俺は、微笑んで頷く。
 「あー良かった、今日、これ言うのが一番緊張してたんだよなぁ」
「そうなの?」
「うん、あー終わった! 今日のやるべき事は全部終わり!」
 ステージに立つ緊張と、俺を誘う緊張。その二つから解き放たれて、元貴は手を繋いだまま腕を上げて伸びをした。
 「よし、じゃあ、お祭り行こっか、涼ちゃん先生」
「…え、行くの?」
「え? 行かないの?」
「バンドのお客さんとして呼ばれたのかと…」
「そんなわけないじゃん。かっこいい俺を見てもらった後に、一緒にお祭り回る為だよ」
 さらりとした顔でそう言って、俺の手を引っ張る。少し後ろから見る元貴の耳は、真っ赤に染まっていた。
 「…ねえ、元貴」
「んー?」
「…俺も、涼ちゃん、でいいよ。もう、先生じゃないんだから」
 元貴が振り向いて、少し目を丸くしていたが、ふ、とその眼を細めると、小さく頷いた。
 「じゃあ、涼ちゃん。行こ」
「うん」
 2人で手を繋いだまま、お祭り会場を歩く。
まずはお腹を満たそうと、焼きそばを買った。少し出店から外れた場所に、いい感じの岩を見つけて、そこに座って食べようと、俺は提案する。
 「飲み物どーする? それともかき氷?」
「あ、まずはかき氷がいいかもね」
「じゃあ俺買ってくるから、元貴そこで待ってて」
 かき氷屋さんを目指して歩き始めたら、すぐに後ろから手を引かれた。
 「やだよ。一緒にいたい」
「え…」
「じゃあまず、焼きそば食べちゃお」
「うん」
 大きめの岩に2人並んで腰掛け、焼きそばを頬張る。
 「あー、うまぁ〜」
「ねー、なんでこんなに美味しいんだろ。やっぱお祭りだからかな」
「んー、俺と一緒に食べてるからじゃない」
 俺が、むぐっとむせると、それを見た元貴もぐふっと吹き出した。
 「ちょっとぉ! 自分で言ってむせないでよ!」
「なにが! 涼ちゃんが吹き出すからでしょ!」
 2人で笑いながら、焼きそばを平らげて、次はかき氷を目当てに、また手を繋いで歩き出す。出店が並ぶ景色は、上に飾られた提灯も相まって、とてもキラキラと輝いて見える。
かき氷を買って、それぞれに舌を赤や青に染めながら、食べ歩きをする。
 「これさぁ、なんでこんなに食いにくいスプーンなの? そもそもなんでストローにしてんの? ストロー機能欲しい人なんている?」
「よくまあそこまでかき氷のスプーンに思い入れを…」
「みんな思ってるって。ん、これあげるから、それ一口ちょうだい」
「いいよ、はい」
 カップを渡そうとすると、元貴はそれを受け取らずに、口をぱかっと開けた。俺は、そっと少しのかき氷を掬って、元貴の口に入れる。ぱくっとストローを咥えて、ふふ、と笑った。
 「はい、じゃあ涼ちゃんも」
「え…」
 元貴が、ものすごくいっぱいのかき氷を掬って、「はやく!」と笑いながら急かす。俺は膝を少し折って、口を上に向けて開けながら、ほとんど落とされるようにして、かき氷を口に突っ込まれた。
 「んん〜! ふめはい!」
 俺が冷たさに苦しむ姿を、ケタケタ笑って喜んでいる。俺は、スプーンを持った手の甲で口を押さえながら、ふふ、と笑い返した。
 冷たくなった口の中を楽しみながら、俺たちは歩みを進める。すると、フルーツ飴のお店が眼に入った。
 「あ、フルーツ飴。俺食べたい」
「ふーん、色々あるんだ。いいね」
 いちご、ぶどう、マスカット、みかん、姫りんご、おまけに、青りんご、という珍しいものまで、種類は豊富だった。
 「へえー、青りんごのりんご飴だって、なんか可愛いね」
「うーん、でも、一個全部は食べられなくない? デカいでしょ」
「えー、珍しいから食べてみたいなぁ。半分こする?」
「いや、俺、みかんにしようかな」
「そう? まあ、お腹空いてるし、いけるか。俺、青りんごにする」
「全部食べてよ? 俺手伝えないよ?」
「大丈夫大丈夫!」
 元貴は、皮を剥かれたみかんが串に刺さったみかん飴を、俺は小ぶりの青りんごが串に刺さった青りんご飴を手に持ち、それぞれ食べ進めていく。
 「んが、落ちる、汁が!」
 みかん飴のジューシーさが仇となり、その果汁に元貴が苦戦している横で、俺は青りんご飴の硬さに苦戦していた。確かに気をつけないと、齧ったその端からポロポロと飴が落ちる。2人であわあわしながら、食べ進めていく。
 「俺ら、フルーツ飴食べんの下手くそだね」
「いやこれむず! 綺麗に食べれるやついねーだろ!」
 かき氷のスプーンに続き、元貴がまたお祭りフードに物申す。俺はなんだか可笑しくて、ずっと笑いながら、なんとか全て食べ切った。べたべたになった手と口元を、外の蛇口に行ってそれぞれ洗う。
 「次なにしよっかあー」
 ぴっぴ、と振っただけの少し湿った手で、また元貴が俺の手を握った。お店の並ぶ道を元貴がキョロキョロしながら歩いていくと、あ、と言って、俺を引っ張って射的のお店に走っていった。狙いを定めて前屈みになっている若井に、俺の手を離した元貴がいきなりのしかかる。
 「私あれが欲し〜い♡」
「おわ! あっぶねー、打つところだっただろ! やめろ!」
「お前ね、なにカッコつけてんの? あやみ嬢になに取ってあげるつもり?」
 ニヤニヤしながら、若井の斜め後ろで見守っている中条さんと若井を交互に見ている。
 「ちょ、ほんとやめて、今真剣だから!」
 腕で押して元貴を振り解き、また射的に向かって構え直す。元貴が、中条さんの肩に手を置いて、顔を近づけて話しかけた。
 「なに? なんか取れたら付き合えとか言われたの?」
「大森くん、性格悪いって言われない?」
 中条さんが、元貴をまじまじと見て言い放つ。
 「俺、性格悪いよ、若井にだけね」
「なんでやねん! 」
 構えながら、若井が突っ込んで、中条さんがふふ、と笑った。
 「若井くん、頑張って」
 中条さんが、笑顔でそう言った。若井が振り返り、ホントに嬉しそうな笑顔で、うん! と頷いた。
 「岩井くん、頑張って♡」
「誰が岩井や! ちょ、ホントお前どっかいって!」
「藤澤先生、お願いします」
「はい」
 中条さんにお願いされて、俺は元貴の腕を引っ張って、射的から離れた。
 「あーおもろかった」
「もー…若井かわいそうに」
「どこが。あれぜってー今日付き合うだろ」
「ふふ、そうなったらいいね」
「あーあ、いーなあ若井は」
 俺の左手を取って、元貴が前を向きながら嘆くように言った。元貴の横顔を見つめて、俺は自分の心を覗く。
 元貴はきっと、俺に好意を持ってくれている、んだろう。これだけ態度で示してきてくれているんだ、気付かない訳がないし、多分、間違えてないと、思う。
じゃあ、俺は、元貴を好きなんだろうか。
好き…だと思う。お互いに、その気持ちの深さがどれ程かまではまだ分からないけど、少なくとも、「お互いが恋愛対象だ」と確認し合ったあの時から、少しずつこの気持ちは歯止めが効かなくなってきている気がする。
 だからといって。
 「…元貴」
「ん?」
 君が、好き。
 そう言葉を続けようとしても、勝手に喉が締まって、言葉が詰まる。心臓が早鐘を打ち、嫌な汗がじわりと出た。
元貴に重なって、あの時の将太先輩の姿が脳裏に浮かぶ。最後の表情すらも、見れていない、あの人の顔。俺の身体に纏わりついて将太先輩から引き離していく、善意の悪行たち。
 俺は、人を好きになるのも、その好意を伝えるのも、本当はまだ凄く怖いんだ。あの時の空気が、恐怖が、後悔が、どうしても俺を解放してくれない。
 なにも言葉を繋がない俺を見て、元貴は眉を下げて、少しだけ微笑んだ。ああ、俺はまた、君にそんな顔をさせてしまうのか。
 「…さ、次はどこ行く?」
「…フランクフルト、食べたい」
「じゃあ俺、チョコバナナ。後で、射的もやろ」
「あっちに輪投げもあったよ。ヨーヨー釣りも」
「お、いいね、じゃあ色々勝負しようぜ」
「いいよ、俺結構うまいよ」
 俺たちは、繋いだ手の温もりだけを頼りに、お互いの核心には触れないままで、お祭りを心ゆくまで楽しんだ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
コメント
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七瀬さ〜ん👋💕 なんなんですが、このむずキュン青春グラフティは笑 ドンドン!お願いします🥹 夏祭り、最高ですね✨めめあべと若井中条の順調に育んでる愛にキュンキュンし、バンドめちゃくちゃカッコいいし🥹そして戸田さん!!最初村上さん?ん?違うなって思ったらあんぱーん笑 美しい2人だわ、反町消えたわ🤣
いつも思う。長いけど長くないのよ! 「No.7」はいいね!まさか出るとは!!嬉しい🥰 夏祭り堪能しつつ恋の行方がねとにかく気になるのよね、なかなか踏み出せない涼ちゃん頑張れ!! もどかしさにモヤモヤしつつドキドキも混じってて勝手に好きで歓んじゃう。更新が楽しみ🫰

はぁ、両思いなのに、切ない!!🥺🥺 他のカップルはどんどん先に進めてる感じなのに、元貴君も過去のトラウマがあるし、涼ちゃんもどうしても将太先輩との過去が過ぎって最後の一言が言えないままの2人の夏祭り…🎐 もう、月曜日の朝からキュンキュンでした…。