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「ユキ……ヤ?」
アミはユキヤと名乗った少年のそれを、引きつった表情でオウム返しに反芻する。
それはまるで聞き覚えがあるかの様な。しかし確信では無いし、記憶も定かでは無い事。
“ユキヤ”
しかし彼女の反応からして、その名は愉快な響きでは無さそうだ。
どちらかというと“忌み名”
禍々しき伝承。畏怖を以て伝えられた、その名を持つ者。
“いえ、きっと何かの間違い。何より――”
少女は目の前の少年を見据える。ユキヤと名乗り出たその少年を。
極めて感情を感じられないその深淵の瞳に、まるで雪の様に白い肌のこの少年は、明らかに雰囲気が一線を画してはいる。
“――まさか? でも……”
だが、この少年は余りにも幼過ぎていた。外見から判断で、まだ十を少し過ぎた位だろう。否、そうとしか見えない。
伝承とは余りにも賭け離れた、その存在を。
「どうしましたか?」
暫く立ち竦む様に思考しているアミを、少年は不思議そうに見詰めている。
“これ以上は不審に思われるかも知れない”
「ううん、何でも無いの……」
アミはこれ以上深く考えるのを辞め、呼ばれていた在る場所へと歩を進めた。
そして少年もまた、黙ってアミの後ろを着いていく。
そんな姿に彼女は、このまま連れて行くべきか、少し不安になる。
そう。これはきっと何かの間違い。
“――この子はきっと偶然、森にさ迷ってしまっただけなのだろうから……”
*
屋敷内を暫し進んでいき、アミはある部屋前で立ち、一呼吸置いて襖を開けて中に入り、少年もそれに続く。
「長老……」
そこは大広間の様で、周りには独特な白い民族衣装を纏う屈強な男達が十数名座っており、一斉に二人に目を向ける。
その視線の奥には、長老と呼ばれた人物が鎮座していた。
「連れて……参りました」
アミは皆にその主旨を伝え、広間の扉をそっと閉めた。
空気が重い。アミの表情まで沈んで見える。
大勢の視線は全てこの異質な少年に向けられており、その全てが殺気に近い敵意を込められていたからだ。
「御苦労じゃった」
長老らしき人物は奥で鎮座したままそう言い、男達は少年を囲む様に、長老の前に座らせた。
「……随分と重苦しい歓迎ですね。審議でも始まるのですか?」
このユキヤという少年は、この重苦しい雰囲気の中、少しも臆する素振りを見せない。
その表情は心無しか、クスリと笑っている様にも見える。
「まずはお主の目的を聞かせて貰おう」
長い白髭の齢七十を越えてそうな長老は、行儀良く正座している少年にそう問い掛けた。
「如何なる目的で、あの森に入ったのか?」
「目的……ね」
しかし少年はその問いに答えず、はぐらかしている。
「答えたくない……か。ならばこの刀」
長老は膝下に置いてある、一振りの刀を手に取る。
柄は黒鮫に白糸巻き。鞘は白呂鞘の金糸散らしの半太刀拵え。銅いぶし色の太刀鍔で装飾されており、全体的に白を基調とした、芸術品と云える程の美しい日本刀だった。
「ああ、そちらで預かっていたのですね。返して貰えますか? それはとても大事な物なので」
当然の様にそう主張する。
それはこの少年が所持する日本刀で間違いない事を。しかしこれ程の刀は、紛れもなく極上業物。
名門武家の御大人すら、そうそう所持出来ぬ極上業物を、一介の侍はおろか、年端も行かぬ少年が持つには余りに分不相応だ。
「そうはいかぬ。何故お主がこの刀を持っている?」
長老は拒否の構えと疑問を投げ掛けた。
「ナカゴまで調べさせてもらった。この刀は幻とも云われる名刀“雪一文字”で相違無い。そしてこの刀を所持していたのは、この世にただ一人しか居ない事を……」
名刀 雪一文字”
幻の名刀、菊一文字と双璧を成す半太刀。
後の新選組一番隊組長、沖田総司の愛刀『加州藤原清光』の波紋を思わせる、美しい造りとなっており、一説によると彼も所持していたと云われるが定かでは無い。
菊一文字と同じく、今や幻の名刀として語り継がれている。
「四死刀の一人、星霜剣のユキヤと謳われた者のな」
その瞬間、一同に緊張が走り、場の空気が一気に張り詰めていく。
それと同時にアミも、雷がその身に落ちたかの様な衝撃を受けていた。
長老の発した言葉。
そしてこの少年から聞いたその名を。
“ユキヤと呼びます”
その事実を受け止めて尚、アミには信じられなかった。目の前の少年の正体の事に。
まだその名は此処では言ってない。もし正直に明かせばその時は。
“有無を言わさず殺されかねない”
しかしながら、どうしても疑問が残る。
どう見ても幼過ぎるのだ。余りに伝承とは賭け離れている事を。
“――実は少年だった?”
「凡そ五十年前、天下分け目の関ヶ原……」
疑惑に思考するアミを尻目に、長老が口を開いていく。
かつて、この国で起こった事変。その歴史の裏の真実をーー。
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