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「チカちゃん、ドリンク決まった?」
「はい。いつものホットコーヒーでお願いします」
ガックリと肩を落としている僕のことはお構いなしに、小出さんとメイドのメグさんは会話を進めていった。『親の心子知らず』とはよく言うけど、『園川大地の心小出さん知らず』って感じ。
「チカちゃん、いつもみたいにお砂糖もミルクもいらないんだよね?」
「はい、ブラックで」
な、何だって!? 今さらりと言ってのけたけど、小出さんってブラック派なの!? 僕なんて未だに甘いジュースしか飲めないのに。あ、なんか急に対抗心が。いや、ちょっと違うのかな。対抗心というより、小出さんに少しでもカッコいいところを見せたいだけなのかも。
と、いうわけでこんな会話に。
「ではでは、ご主人様は何にします?」
「はい、僕も同じもので。もちろん、ブ、ブラックでお願いします」
ガッカリとしていた僕はピンと背筋を伸ばし、それから胸を張ってそう注文した。どうだ小出さん! 僕だってもう子供じゃないんだぞ!
家に帰ってからよくよく思ったんだけど、『ブラックコーヒが飲める』イコール『大人の象徴』だとか考えている僕って一体……。
「はーい、かしこまりましたー。じゃあちょっと待っててねチカちゃん。あとご主人様も。すぐに持ってきまーす」
そう言い残して、メグさんは笑顔でカウンターへ。すると、先程までお喋りをしていた二人組のメイドさんに話しかけ、そして二人は奥に行ってしまった。あー、そっか。分業制なんだ。メグさんが接客して、その二人は調理だったりを担当してるんだ。僕の勝手な想像だけど。でも、たぶん当たってると思う。
そして僕はメニュー表を開く。へえー、メニューは普通の喫茶店となんら変わりがな……い? あれ? なんだろう、これ。最初の方には普通の喫茶店と同じメニュー名が並んでいたんだけど、読み進めていくとちょっと気になるというか、普通の喫茶店では見ない単語がずらりと並んでいた。
「ねえ、ちょっと訊きたいんだけど小出さ――」
僕の話を中断させるため、小出さんは「しーっ」と小さく呟いた。人差し指を口元に当てながら。そして体を前のめりにさせて、僕の耳元で囁いた。吐息が耳にかかって、胸がバクバクと大きく音を立てた。
「ごめんね園川くん。最初に言っておけばよかったんだけど、ここでは本名を隠してるの。だからここでは『小出』じゃなくて『チカ』って呼んで」
「ええー!!?」
「私もちゃんと『ダイチくん』って呼ぶから」
僕が抱いていたさっきまでのメニューに対する疑問、一気に吹き飛ぶ。い、いきなりの下の名前呼び!? 僕にとって高すぎるハードルなんですけど。
でも、確かに。ここのお店に限ったことじゃなくて、どこのお店でも本名を名乗るのはリスキーなのかもしれない。まあ僕は平気でも、小出さんは女の子だし余計に。
「わ、分かりました……」
どんどん鼓動が激しくなる。それを感じながら、僕は覚悟を決めた。いきなりこんな展開になるなんて思わなかったけど、言うしかないじゃないか。ヘタレを脱却するためにも!
「ち、チカちゃん……」
「はい、なんですかダイチくん」
僕、赤面。小出さん、平然。
こういうのって、普通は男女逆だよね? 赤面するのって。僕の方はもう恥ずかしくて、照れくさくて、まともに顔を見ることすらできなくなっちゃった。
情けなさすぎるだろーー!!