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第6話 あいつだけが、安心できる
倉庫での一件から、数日が過ぎた。
職員が退室を求めた後も出口を塞ぎ、拒否を無視して首筋へ噛みつこうとした事実は、立ち会った者の証言とともに記録された。
迫った霊獣は運搬訓練から外れ、境界線の再確認を受けている。後方支援担当の職員と二人きりになる配置も、当面は組まれない。
職員に怪我はなく、翌日から通常業務へ戻っていた。
大型霊獣も、別に事情確認を受けた。
以前、自分が職員の好みを言い回ったこと。それを聞いた霊獣が、職員へ近づく理由にしたこと。止めるよう求められてからは話していなかったが、すでに広めた噂を訂正していなかったこと。
大型霊獣は、すべて認めた。
*
「俺が広めた、あの職員の話を聞いているなら、忘れろ」
訓練場の隅で、大型霊獣は二人の男性霊獣へ告げていた。
「お前みたいな体格が好みだという話か」
「俺が勝手に言い回っただけだ。あれを理由に近づくな。断られたら、その時点で離れろ」
「自分で広めておいて、今度は訂正するのか」
「俺のせいだから、俺が直している」
大型霊獣は言い訳をしなかった。
少し離れた回廊から、銀翼の霊獣はその様子を見ていた。
やがて二人の霊獣が立ち去ると、後方支援担当の職員が香具箱を抱えてやってきた。
「勝手に言って回らず、担当を通してくださいね」
「通している。今日で全員に訂正し終わる」
「そうですか」
「まだ怒っているか」
「怒っています」
職員は即答した。
「でも、訂正してくれたことは助かります。それは別です」
「分かった」
「任務訓練も、あと一課程なんでしょう。余計な問題を起こさず修了してください」
「知っていたか」
「記録を見れば分かります」
大型霊獣が笑う。
「修了したら、約束通りもう一度聞く」
「仕事の外で、でしょう。聞くだけなら止めません」
職員はそれ以上答えず、訓練場へ香具箱を運び入れた。
戻ってきたところで、回廊に立つ銀翼の霊獣へ気づく。
「今日は中央回廊に人が多いようです。東回廊なら空いていますよ」
「俺が通る予定を覚えていたのか」
「申し送りにありましたので」
「……東を使う」
「分かりました」
職員は翼の状態へ一度だけ目を向けた。痛みも強張りもないと確かめると、それ以上見続けず、次の仕事へ向かう。
その背が遠ざかる。
銀翼の霊獣は、いつの間にか羽根から力が抜けていることに気づいた。
「お前、あいつがいると翼が緩むな」
大型霊獣が言った。
「見るな」
「見たくなくても目に入る」
以前、自分が使った言葉を返され、銀翼の霊獣は目を細めた。
「一つ、言っておくことがある」
「何だ」
「俺にとっても、あいつだけが安心できる相手だ」
大型霊獣の笑みが消えた。
「それを、なぜ俺に言う」
「お前が、あいつを自分のもののように言うからだ」
「まだ俺のものではない」
「なら、覚えておけ」
銀翼の霊獣は、大型霊獣をまっすぐに見た。
「あいつは、お前だけの相手ではない」
しばらくの沈黙の後、大型霊獣の口元へ再び笑みが浮かんだ。
「宣戦布告か」
「そう受け取れ」
「決めるのは、あいつだぞ」
「分かっている」
銀翼の霊獣は、硬くならない翼を背に畳んだ。
「だから、あいつではなく、先にお前へ言った」
大型霊獣はとうとう声を上げて笑った。
「上等だ」
*
話を終えた二人の前を、後方支援担当の職員が再び通りかかった。
「通路の真ん中で何をしてるんですか」
「話をしていた」
「何の話です?」
「お前には関係ない」
銀翼の霊獣が答える。
「俺を見ながら言われると、かなり気になるんですけど」
「気にするな」
「二人とも、通行の妨げにならない場所へ移動してください」
職員はそれだけ告げると、記録板を抱えて立ち去った。
少し離れた記録室の窓から、記録調整担当と境界線補助担当が三人を見ていた。
「……あの人、モテますよね」
「本人だけが気づいていませんけどね」
「以前、自分はごく普通の職員だと言っていました」
「普通の職員は、大型霊獣と銀翼の霊獣から同時に見送られませんよ」
「ですよね」
二人が揃って頷いたところで、立ち去ったはずの職員が記録室の入口から顔を出した。
「誰の話ですか」
「あなたの話です」
「俺は、ただの後方支援担当ですが」
「ええ。そういうところです」
「どういうところですか」
調整担当は答えず、記録へ視線を落とした。
境界線補助担当も、何も言わずに書類を閉じる。
後方支援担当の職員だけが、最後まで納得していなかった。
コメント
1件
あああ第64話読み終えたよ!!😭💕 大型霊獣が自分の言い回った噂をちゃんと訂正して回ってるの、めっちゃ誠実でグッときた…「俺のせいだから俺が直してる」って台詞がもう良すぎる🥺 そして銀翼が「あいつだけが安心できる相手だ」って正面から宣言する場面、心臓バクバクしたよ!!「お前だけの相手ではない」って言い返す大型もカッコよすぎてどっち推せばいいか分からん…😇 最後の記録室の職員たちの「あの人、モテますよね」→本人無自覚の流れ、ギャップ萌え確定ですわ!!笑 続きが待ちきれないんだけど!!次回も楽しみにしてるね🌸