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「手が足りない」
1
津川進は、
経産省の廊下で、上司の背中を見ながら思っていた。
(この人、
誰にも甘えられないタイプだな)
小野丈志、四十九歳。
叩き上げ。
根回しも調整も全部自分でやる。
部下に振らない。
家でも職場でも、同じ調子だと津川は踏んでいた。
「小野さん」
「何だ」
「……私生活の話、
ちょっとだけしてもいいですか」
小野は、
怪訝な顔をした。
2
喫煙所のない庁舎で、
自販機の前。
「“下僕プラン”って、
知ってます?」
「……何だそれは」
津川は、
営業マン時代の口調に戻る。
「判断を肩代わりしない。
感情も預からない。
言われたことしかやらない」
「要するに?」
「失敗しないための余白です」
小野は黙った。
津川は続ける。
「小野さん、
失敗できないでしょ」
それが、
決定打だった。
3
契約は、
想像以上にあっさり進んだ。
小野は、
半信半疑で言った。
「……これで、
何が変わる」
津川は肩をすくめる。
「多分、
何も変わらないです」
「?」
「変わらないってことが、
変化です」
4
最初の問い合わせ。
> 最近、
生活が静かすぎる気がする
これは正常か?
返答は、
淡々としていた。
> 契約上、
感情的充足は
提供対象外です
ご不安がある場合、
プラン再確認をおすすめします
署名はなかった。
小野は、
なぜか安心した。
(……誰にも、
期待されてない)
5
二度目のやり取り。
> 私が
間違った判断をした場合、
指摘はされるのか
返答。
> 判断の評価は行いません
間違いかどうかは
ご自身で
定義してください
小野は、
机に肘をついた。
(……これは)
(優しさじゃない)
6
そのやり取りを、
津川は横で見ていた。
「どうです?」
小野は、
少し考えてから言った。
「……
“壊れない”な」
津川は、
それを褒め言葉だと理解した。
7
数週間後。
省内の雑談で、
名前が出た。
「最近、
妙に落ち着いてません?」
「ああ、
小野さんな」
誰かが笑う。
「人に当たらなくなった」
「怒鳴らなくなった」
「でも、
仕事は減ってない」
それは、
奇妙な変化だった。
8
夏井豊は、
資料を読みながら眉を上げた。
「……このサービス、
官僚が使ってるのか」
秘書官が言う。
「一部ですが」
夏井は、
ゆっくり息を吐いた。
「すぐ導入したいのは
山々ですが……」
苦笑。
「なにせ、
先行事例が足りなすぎて」
ページをめくる。
> 判断を奪わない
完成を目標にしない
夏井は、
小さく呟いた。
「……
任務に関する作業量はずっと多いのに、
ヤバいなぁ」
先行事例少ない。
作業量多い。
それが、
一番怖い。
9
夜。
小野は、
下僕に言った。
「今日は、
ここまででいい」
「はい」
「……ありがとう、は?」
「不要です」
小野は、
少しだけ笑った。
10|静かな接続
津川は、
スマホのメモに書く。
> 個人向けサービス
↓
“失敗できない人間”の
緩衝材
↓
制度に吸収される可能性あり
それが、
YONAOSHI初期の
一番小さな芽だった。
誰も、
革命だとは呼ばない。
ただ、
壊れなかった。
それだけだった。