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ちろりーぬ
164
なーさん。です
200
うたた寝
咲茉は学校に部活にドラマの撮影…、と毎日大忙しだ。学校では未だに彼女を見ようという生徒たちが休み時間の度にB組の周りをうろうろする。教室では気が休まらない中、保育ルームで過ごす時間が咲茉にとって何よりの癒やしだった。
そろそろ中間テストの時期だ。部活があるからといって成績を落とすことのないようにと理事長から釘を刺された竜一は、母から前回の定期テストより順位が落ちたら大事なDVDを叩き割るという物騒な脅迫を受けた隼と一緒に、森ノ宮邸で試験勉強をすることになった。学校では、分からない箇所をA組の根津中吉や山羊朋也に教わり、部活を終えてから隼のみ、竜一と虎太郎と森ノ宮邸に帰ってくる。そして夕食と入浴を済ませてから寝る前まで勉強、というスケジュールだ。
咲茉もまりあや雪と勉強したかったが、撮影があるので放課後は彼女たちとゆっくり会えない。
『ただいま帰りました…』
「おかえりなさいませ、咲茉様」
「結城さん、おかえり」
「おねちゃ!おかーり」
『ただいま』
「よお。お疲れ。邪魔してる」
『あっ、狼谷くん。今日からお泊まりなんだっけ?』
「ああ。世話になるな」
撮影の為にメイクされたまま帰ってきた咲茉は、普段より少し大人びて見えた。
「咲茉様。お夕飯はいかがされますか?予め咲茉様の分は取り分けておりますが」
『いただきます。お腹空いちゃった』
「夕方からこの時間まで大変だね…。お弁当とか出ないの?」
『出るよ。食べはしたけど、撮影時間長いし結構エネルギー使うから。…それに、当たり前だけど犀川さんが作ってくれるごはんのほうが美味しいもん』
咲茉の言葉に犀川が眼鏡を外し、顔を背けて目頭をきゅっと押さえた。
『犀川さん?』
「…申し訳ありません。うっかり感動いたしました」
眼鏡を掛け直してこちらに向き直る。
「それでは、咲茉様はお夕飯をどうぞ。特別に抹茶を使ったデザートもご用意いたします」
『わっ、嬉しい!…じゃあ、私お夕飯いただいてくるね』
「うん。ゆっくり食べておいでね」
竜一、虎太郎、隼と別れ、咲茉はルンルンでダイニングへと消えていった。
「…遅くまで大変だな」
隼がボソリと呟く。
「うん。俺たちの前では元気に振る舞ってるけど、実際かなりきついと思う。学校の課題もあるし台本覚えないといけないし。虎太郎が寝た後で台詞の確認に付き合ったことあるけど、エキストラで出た時とは比べ物にならないくらい台詞が多くてさ」
竜一も心配そうに咲茉が消えていった方向を見つめている。
「う。にちゃ。おねえちゃ、いーこいこ。ぎゅする」
2人の会話を聞いていた虎太郎が、竜一の腕の中で何かを抱き締めるポーズをとった。
「え?…あ、そうだな。結城さん頑張ってて偉いよな。ぎゅーは…、できないかもだけど…」
兄の返事に、しょも…、とあからさまに落ち込む虎太郎。
「ぎゅーしてやるならお前がしてやれよ。あいつ喜ぶぞ」
「あっ、うんうん、そうだな!虎太郎がぎゅってしてあげたら結城さん嬉しいと思うぞ!」
「!…う!」
虎太郎がぱっと笑顔になった。
「…それじゃ、俺たちはお風呂入って試験勉強するか」
「そうだな」
そう言って、竜一と隼は一旦それぞれの部屋に戻ったのだった。
2日後。竜一、虎太郎、隼が森ノ宮邸に帰ってくると、玄関扉を開けたところに咲茉がいた。
『あ、みんなおかえり』
「結城さん。ただいま。今帰り?」
『うん。今日は少し早く終わったの』
「お疲れ」
『ありがとう』
「おねえちゃ」
『ん?虎太郎くんどうしたの?』
靴を脱いだ虎太郎が、とてとてと駆け寄り咲茉にぎゅっと抱き着いた。
「おねえちゃ、いこ。ばんがってう」
『虎太郎くん…!』
先程までの少し疲れた様子はどこへやら。咲茉がぱっと顔を輝かせて虎太郎を抱き締め返した。
「おねちゃ、げーきでた?」
『うん、元気100倍だよー!虎太郎くんありがとう!』
「う!」
虎太郎も満足気だ。
「皆様、おかえりなさいませ。お夕飯のご用意が整いました」
「犀川さん。ただいま帰りました」
『ありがとうございます。すぐ行きます』
それぞれ一旦部屋に行き、私服に着替えてダイニングに集まった。
「…………」
咲茉の私服姿を見た隼は、また心臓が大きく脈打つのを感じた。今日の咲茉が着ているのは淡い水色のワンピース。袖がパフスリーブになっている以外、これといった特徴はないが、シンプルで涼しげな印象だった。休日に保育ルームのメンバーで出掛けたりするので私服姿なんて何度も見ている筈なのに。ここが咲茉たちの自宅だからなのか、オフの雰囲気の中で見る咲茉の私服姿に鼓動は速くなるばかりだった。しかも咲茉の席は隼の隣だったので、向かいに座る竜一や虎太郎に自分の異変を悟られないか気が気じゃない。
「ごちそうさまでした 」
『美味しかったです』
「ごちそうさまでした」
「さっちゃ、あーと」
「私のほうこそ残さず綺麗に食べていただきありがとうございます」
「食事が終わったんなら部屋に戻って勉強しな。虎太郎は兄貴たちが起きてるからって夜更かしするんじゃないよ」
「はい」
「う!」
ダイニングを後にする4人。
『ねえ、鹿島くん、狼谷くん。今夜は私も一緒に試験勉強してもいい?』
「えっ、俺は全然いいよ?狼谷は?」
「俺も構わねえけど」
『ありがとう!実はここ数日全然勉強できてなくて』
試験勉強が手につかない程、ドラマの撮影や台詞の暗記が大変なのだろうか。
「今日は台本覚えるのはいいの?」
『うん。次とその次の撮影の分の台詞はもう覚えたから。今日は試験勉強する。1人だとなかなか捗らないから一緒にできたらなーって』
もう撮影2回分の台詞を既に暗記してしまったことに2人は驚く。
「じゃあ、一緒にしよう。結城さん英語と文系の教科が得意だったよね。教えてくれると助かるな」
『ありがとう!もちろんだよ』
「…で、どこで勉強すんだ?」
『2人がよければ私のお部屋でどうかな?大きいテーブルあるから』
「分かった。じゃあ、各自お風呂済ませて9時半に集まろうか」
『うん!待ってるね』
「後でな」
『虎太郎くん、おやすみ』
「おゃしゅみ」
高校生3人は後ほど集まる約束をして一旦解散となった。
午後9時半。虎太郎を寝かしつけた竜一と、隼が咲茉の部屋を訪れた。
『どうぞー』
きちんと片付けられた部屋。余計なフレグランスはなく、無香タイプの透明の消臭ビーズが、電気の光でキラキラ輝いていた。
それよりも部屋だ。おとぎ話で見るような天蓋付きのベッドにレースのカーテン。絵本に出てくる“お姫様”のような部屋だ。
「何回かお邪魔したけど、やっぱり女の子の部屋って感じで可愛いね」
『ありがとう。私も気に入ってるの。なんか壁紙とかカーテンとか、可愛い内装のお部屋を使わせてもらうことになって』
「これ結城が揃えたんじゃねえのか」
『違うよ〜』
隼の言葉を咲茉が可笑しそうに笑って否定した。
早速テーブルに勉強道具を広げて試験勉強に取り掛かる。
「わっ、結城さんのノートすごいね!」
「めっちゃ青いな」
竜一と隼が驚いた顔をする。
『あ、これね。中学の時に、“青のペンで勉強すると頭に入りやすい”って教えてもらって。それから暗記物は青で書いて覚えるようにしてるの』
「で、ちゃんと覚えられてんのか?」
『うーん多分』
「多分かよ」
隼の突っ込みに竜一が笑った。
「でも、青は記憶力がアップするとか聞いたことあるし、ある程度効果はあるんじゃないかな?」
「赤はだめなのか?」
『赤は興奮色だからね。青はリラックス効果もあって、余計な雑念を減らして集中しやすいんだって』
「ふーん」
話しながら、咲茉がペンケースから青のボールペンを取り出した。
「俺たちも真似していい?」
「ほんとに覚えられるか検証してみる」
『いいよ』
竜一と隼も早速、英単語や漢字を青でノートに書き始めた。
分からないところを教え合いながら試験勉強が進んでいく。
隼が向かいに座った咲茉をちらりと見ると、丁寧な字でノートが青に染まっていっているのが見えた。伏せられた長い睫毛、きゅっと結んだ唇。狸塚父からドラマの件のお礼にもらったという“BAKUSUI”と胸元に書かれたピンク色のリカバリーウェアの上からは薄手のカーディガンを羽織っている。
『?』
ふと顔を上げた咲茉と目が合い、慌てて何事もなかったかのように隼は自分の手元に視線を戻した。
11時を少し過ぎた頃。 咲茉が船を漕ぎ始めた。
「…あれ?結城さん?」
『……………』
声を掛けても反応がない。咲茉のノートには文字になりきれていない青い線が不規則にふにゃふにゃと描かれていた。
「ナメクジが這った跡みてえだな」
「なんかやだな、その喩え……」
竜一が苦笑いして、咲茉の肩をそっと叩く。
「結城さん、結城さん。大丈夫?」
「こんなとこで寝たら風邪引くぞ」
こくん、こくん。2人の呼び掛けにも反応せず、静かな寝息を立てて船を漕ぐ咲茉。
「…やっぱり相当疲れてるよな。もうこのまま寝かせてあげよう」
「そうだな」
竜一が咲茉の手に握られたボールペンをそっと外してやる。
「狼谷。悪いけど結城さんをベッドに運んであげてくれるか?俺じゃちょっと自信なくて。前に倒れた結城さんを抱っこして保健室に連れて行ってあげたことあったろ?」
余計なこと覚えてんじゃねえよ……。
「分かった。布団捲ってくれ」
「うん」
隼が咲茉を抱きかかえ、お姫様のようなベッドへ連れて行く。竜一が掛け布団を捲り、そこに咲茉を横たわらせる。そして竜一が布団を掛けてやる。
『…ぅ…ん……』
咲茉が小さく声をあげた。
「あ、起こしちゃったかな?」
『……おかあさん…』
それだけ言うと、咲茉はまたすやすやと寝息を立て始めた。
「…………」
「母ちゃんだとよ」
「嬉しくないよ!」
咲茉を起こさないように静かにテーブルのほうへ戻り、勉強を再開する2人。日付が変わるまでと決めていたので、あと30分と少しだからとそのまま咲茉の部屋で試験勉強を続けることにした。
もぞ……、もぞ………
衣擦れの音がする。しかも頻繁に。
「…めっちゃ動くな。寝返り多くね?」
隼の言葉に、竜一は少し前に咲茉が自分は寝相が悪いとカミングアウトしてきたことを思い出した。
「あはは…。そ、そうだな……」
人が気にしていることを勝手に第三者に暴露してはいけないだろうと思い、適当に誤魔化す。そしてまた勉強を再開する。
もぞ………
「あっ」
「ん?」
突然声をあげた竜一。それに反応して隼が竜一の目線の先にあるベッドのほうを振り向く。
咲茉がダブルくらいの大きさはあるベッドの端ギリギリまで移動してきていたのだ。
「…あれそのうち落ちるぞ」
「そ…、そうだな。ちょっと動かしてあげようか」
「ん」
立ち上がり、2人で咲茉のほうへ行く。
あと数歩のところまでベッドに近付いたその時。
「!!」
「危ねっ!」
間一髪。案の定ベッドから落ちた咲茉を隼が抱き止めた。
「狼谷ナイス!間に合ってよかった!」
「…ったくビビらせんなよマジで……」
2人でほっと胸を撫で下ろす 。
『…ん……。…おとうさん……』
「誰が親父だ」
「よかったじゃん。俺はお母さんだったよ」
「何もよくねえよ」
また先程のようにして咲茉を寝かせてやる。今度はなるべく壁側に。
「…あ、狼谷、見て」
「?」
ベッドの脇のサイドテーブルに置かれた写真立て。そこには上品な佇まいの老婦人と、咲茉によく似た女性、俳優顔負けの容姿の男性、小さな少女と、それよりもまた小さな少年が写った写真が入れられていた。
「…これ、結城さんの家族かな?」
「…そうだろうな」
「これが結城さんかな?小さい頃からお人形さんみたいに可愛かったんだね」
「…………」
中学卒業までは施設にいたと言っていた咲茉。家族の話はまともに聞いたことがない。触れてほしくないだろうと思って敢えて話題に出さなかったが、写真を大事に飾ってあるのだから、家族に対してマイナスな感情や思い出はないのだろう。
ボーン、ボーン、ボーン……
廊下の柱時計が12回鐘を鳴らした。
「…今夜はこのくらいにして部屋に戻ろうか」
「ああ」
竜一と隼は勉強道具を片付け、電気を消して咲茉の部屋を後にした。
「じゃあ、狼谷おやすみ」
「おやすみ」
竜一も隼も、お互いに口には出さなかったが、咲茉のベッド脇に置かれていた写真の家族と、彼女の父や母を呼ぶ切なげな声が胸に引っ掛かっていた。
つづく
コメント
1件
うわあ、今回もじんわりと沁みました……。咲茉ちゃん、めちゃくちゃ忙しいのにみんなの前では元気いっぱいで、でもうたた寝しちゃうくらい疲れてるんだなって。竜一くんと隼くんがそっと運んで寝かせてあげるシーン、すごく優しくて胸が温かくなりました。「おかあさん…」「おとうさん…」って寝言で呼ぶところ、切なくて、写真を大事に飾ってあるのもまたグッときますね。青ペン勉強法、私も真似してみようかな。続きも気になります!