レッスンやミセスの曲作りと並行して、俺はソロ曲への制作にも取り掛かっていた。
マネージャーは、また色々と仕事を抱え始めた俺をすごく心配してくれたが、俺は自分の決めた新しい試みがいくつも実現に向けている現状に、素直にワクワクできていた。
涼ちゃんと若井のおかげだな…と作業机に向かう俺の顔は綻んでいた。
今回、ソロ曲を作る際に、俺はより自分に深く潜る覚悟を決めていた。ミセスでやる曲と、自分1人での曲は、差別化されていないと意味がない。俺が1人であるからこそ、表現できる曲ーーーーー。
俺は深く息を吸い、目を閉じて、自分と向き合う。
俺が昔から抱えている、埋まることのない孤独、枯渇、焦燥、そして…愛情。
幼い頃から、俺は自分が周りと違うと感じていた。自分が特別、というわけでは決してない。特異、というべきだろうか。
人や物に対して、執着というものがあまりなかった。手に入るならそれでいいし、離れるならばそれを追うこともない。我ながら、全く可愛くない子どもだったろう。
そんな中で、俺は初めて『音楽』に執着し、没頭したのだ。それは余計に、俺の人生には音楽しかないと思わせたのだった。
若井と交流が深まった頃、自分への違和感がより形を持ち始めた。
若井は音楽に没頭しながらも、その年頃の男子のお手本のようなヤツで、『女の子にモテたい』『どの子が可愛い』といった事を時々口にしていた。 俺があまりにその手の話に乗らないため、いつしか俺の前では話さなくなったが。
俺には、その気持ちがわからなかった。『人』に執着する、そんなことに意味があるのだろうか。俺はそんな暇などないというように、ひたすら音楽と向き合い続けた。
ところが、若井や他のメンバー達と出会い、活動を共に続けていく中で、俺は次第に『人』 にも執着し始めた。『愛情をもった』のではなく、『執着』だと思う。だって、俺にはわからないその『愛情』って、もっと美しいもので、もっと相手に寄り添ったもので…きっともっと暖かい、そんな気がするから。
俺のこの気持ちは、残念だけれど『執着』なのだ。
俺はなんだかまた息をしにくくなった感覚がしてきて、苦しい顔をして目を開けた。
こうして、制作のために自分を顧みる時、深く潜りすぎると夜に飲みこまれそうになる。
俺は再び、自分の身体を重い鎧が覆っていく感覚に囚われた。
床に身体を投げ出して意識を沈めてしまおうか、と視線を床に落とすが、その時に彼の優しい声が心に響いた。
『うん、いつでも来るよ。』
俺は何かに突き動かされるように、縋るように、スマホを手に取る。
『起きてる?』
しばしの間を置いて、スマホが光る。
『起きてるよ』
俺の指が、次にどんな言葉を打つべきか迷っている。いろんな言葉を打っては消して、結局俺はたった一言。
『来てくれる?』
すぐに既読がついた。心臓の音が煩わしいくらいに身体の中を満たしている。
『30分でいく。待ってて』
先程まで飲み込まれそうだった夜に、涼ちゃんを待つという大きな理由ができた事が俺を安心させた。
チャイムが鳴る。俺はどう出迎えたら良いのかわからず、インターホン越しにどうぞ、とだけ告げた。
玄関が開く音と、お邪魔します、という涼ちゃんの声が廊下から聞こえた。
「元貴?」
リビングのドアを開けて、優しく声をかけてくれた。俺はソファーに腰掛け、俯いたまま「うん。」とだけ応える。
涼ちゃんは、パソコン画面がついたままの作業机に目をやり、
「曲作ってたの?」
と聞いてきた。俺は黙って頷く。涼ちゃんは「そっか。」と言って、俺のそばに歩み寄る。そして、俺の前にしゃがみ込み、顔を下から覗いてきた。
「頑張りすぎちゃった?」
「…なんか、余計な事まで考えちゃって。」
涼ちゃんが、そっと俺の頭を撫でる。俺は顔を上げて涼ちゃんと目を合わせた。
「あ、ごめん、嫌だった?」
「ううん。」
俺は、ソファーから崩れ落ちるように、目の前の涼ちゃんへと身体を預ける。おっと、と涼ちゃんは尻もちをついて、俺を抱き止めてくれた。
それからは、涼ちゃんは何も言わず、ずっと俺の背中を優しくトントンと叩いて、ただ抱きしめていた。
「…涼ちゃんは…」
「うん?」
「…涼ちゃんは………人を好きに…恋…した事ある?」
涼ちゃんはしばらく考えているような間を空けて、あるよ、と答えた。
「そっか…。」
俺はまたしばらく黙っていたが、意を決して重い口を開いた。
「俺…は、…よくわかんなくて…。恋とか愛とか、俺のはなんか違くて…。もっと、暗い、自分本位で、重くて、汚い、そんな感情で人を離したくないとしか思った事がなくて…。」
「…俺もよくわかんないけど、でも恋って少なからず自分本位なものなんじゃないかな。」
「若井みたいに、彼女を作って、長続きして、みたいなのは無いんだ。向こうから来て、俺を嫌になって離れてって、俺も別に追わないし、そんな感じのが何回かあるだけ。」
「そっか。…それが…寂しいの?」
「俺は、どうやって人を愛せば良いのかわからない。1人は嫌なのに、愛せない。ひとりは、こわい。」
涼ちゃんは、不意に俺を両手でギュッと抱きしめた。俺の身体がすっかり涼ちゃんに包まれる。
「大丈夫。俺、元貴を愛してるよ。元貴が愛せるかわからなくても、そのままでいい。ちゃんと、愛してるよ。」
ああ、そうやって貴方はまた、俺の鎧を溶かしてしまうんだ。俺が誰かを愛せるかはわからないけど、俺は俺のままで愛されてる。確かに、涼ちゃんに愛されてるんだ。
「夜は、どこかへ逃げたくなる時がある。」
「うん、夜って、なんかいろんなこと考えちゃうもんね。 」
「こうやって、捕まえててね。俺がどっか行っちゃわないように。」
「うん。そばにいるから、大丈夫だよ。」
涼ちゃんの心臓の音を身体全部で聴きながら、俺は心が温かいもので満たされていくのを感じた。
壁際で1人佇む貴方を、壁の花だと思った。人の群れから外れてる姿が、俺と似ていると思った。その瞬間、俺の目の前に火花のような、煌めきのような、何かが弾けた気がしたんだ。
その時からきっと、俺はこの人を愛している。
コメント
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コメント失礼致します。理想のBFF が言葉になっています……最高です。 可愛くて尊いです🥺