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#恋愛
#長編
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シズクが大人の姿で現れて、食事を用意してくれた。たったそれだけのことを頭が理解するまで、もの凄い時間が掛かった気がする。
一瞬、十年も眠ってしまったのかと焦ったが違ったので、心底ホッとした。彼女を失ったあと、しばらくは何もできずに五十年ほど眠っていた前例があったからだ。
シズクは今までと、どこか違った。幼かった頃と違って、しっかりと自分の意見を持った芯のある女性として、とても美しくて、その佇まいや雰囲気、声も全部愛おしくて心臓が激しく脈打つ。
大人の姿にドキリとして、見惚れてしまう。
(んっ……美味しい)
シズクの優しさが、料理を通して伝わってくる。「《片翼》だから」と、キッカケはそうだったけれど、今は全く違う。シズクを知れば知るほど愛おしくて、彼女を思う気持ちが溢れてくる。
なにより私に食事を食べさせてくる。天狐、いや天竜狐族の作法を知っていて、それでも食べさせてくれることが嬉しくて、たとえ毒が入っていても──いや、そんなことシズクはしない。だって私が泣いていたり、凹んで落ち込むと自分のことのように胸を痛めて、慰めてくれるのだ。
あんな目に合わせてしまったのに、私にその責任があるってシズクはたぶん分かっている。分かっていても、私を少し困らせようと動いて、すぐに後悔していた。
本来なら刺されて、罵倒されて、同じ目に合わされても文句も言えないのに、彼女は優しすぎる。人の痛みに敏感すぎるのだろう。
(シズクは……彼女は、生まれ変わっても、そうでなくても優しくて、温かい魂だった。傍に居るだけでホッとする、心地よい)
だからシズクが「怖いことから逃げない」と宣言した時、私にも選ぶ自由をくれた。そんな資格などないのに。
お粥を口にする度に体が温かく、魂が満ちていくのが感じられた。
古満月は片翼が居ないと、魔力操作が上手くできず体に激痛が走る。でも彼女の心の痛みに比べれば、大したことないだろう。
彼女はもっと痛かったはずだ。
逃げ道もなく、死という形でしか復讐できないと思うほど、追い詰めた。
三百六十年、この痛みがあり続ける限り、彼女のことを忘れずに、罪を償い続ける生涯だったとしても良いと覚悟していた。
でも、その痛みを、彼女自身が終わらせてくれた。
痛みが消え去った時、あまりの幸せなことに自分が潰れそうになった。
あれだけのことをしておいて、と後悔と憤りは今も心の奥底にある。
完全に許されたと思っていない。それでもシズクが傍に居て、笑って居る今を失いたくない。失いたくないから、怖くても、前に、自分と向き合う。
とても怖くて、逃げ出したくなるけれど、十分逃げてきた。先延ばしにしても崩壊すると断言したシズクの言葉に覚悟を決めて、少しずつシズクに過去のことを話そう。
そう決意した翌日。
目が覚めたら、シズクは居なかった。
出て行ったのだとしたら、きっと最大の復讐だ。二度も彼女を失うことになるのだから。
「──ッ」
昨日は無理を言って、傍に居てほしいと縋ったのだ。あまりにも情けなかったが、今離れたらシズクが消えてしまう気がして、頼んでしまった。
自分の都合で、また彼女を振り回した。
(探す? 探して独りでも生活ができるのなら──)
絶望する前に、シズクの身の安全が第一だ。そう思ってベッドから飛び起きかけた時、カチャ、とドアが開いた。
シズクだった。大人のままのシズクだ。
「あ。目が覚めましたか? 食欲は? よく眠れましたか?」
「──ッ!」
朝食を持って来たシズクの姿に、安堵して泣いてしまった。トレーをサイドテーブルに置いたのを見計らって、抱きしめる。
抵抗はされなかった。嬉しい。
(シズクはいい匂いがする)
尻尾が無意識にシズクの腰に巻き付く。撫でてくれた。傍に居る眷族──私の分身は「やれやれ」と言った呆れた顔をしていたが、心細いと甘えたくなるのは、種族的にしょうがないと思う。
孤高の存在であり誇りが高く、周囲に弱みを見せない天竜狐族は竜の特性がより強い。だから甘えられる相手には、これでもかとデレデレになるし、甘やかしたいと思うのだ。
シズクは甘い香りがして、密着するとより安心する。
「シズク、おはようございます。すごく幸せです」
「おはようございます、ルティ」
様を付けなくなったことが嬉しくて、距離が縮まった気がして気分が良い。
この日を境に、過去のことを少しずつシズクに話すことができた。
シズクは一貫して前世ではなく『悪夢』や『怖い夢』と表現しているのは、私に配慮あるいは保険、緩衝材としての意味があるのかもしれない。
お互いに全てを曝け出すには、まだ信頼も時間も足りない。けれどシズクと一緒に暮らす一瞬一瞬を大事にしたい。
相手を敬い気遣い、支え合う。些細なことが愛おしく、心が満ちていく。他種族で考え方や寿命、文化や作法が違うからこそ、より多く会話が必要だったのだと気づく。それは《片翼》だからとかではなく、他種族に対しての対話と理解こそが、上位種族にとって最も必要なことだと思った。
力が強く寿命も長く、凝り固まってしまった考えを、価値観を砕くためにも、私と同じように《片翼》を失った者たちの末路を見た神々は、最後の最後にチャンスを残してくれた。
もう一度だけ、どんな形でもいいから《片翼》に、会えるように、と。
出会うまでに、どれだけのことができるのか。海竜魚族は、他種族の特性や作法をまとめた知識を世界に広めた。あの教材がそうだ。
地竜馬族はその知識を本にまとめてより、空竜鳥は浸透しやすいように他種族が一緒に暮らせるような土地を探し当てた。私はそれらの知識が集い、本を流通させるための貿易都市を作り上げ、西の森全域の管理者となった。
それから三百年。
神々の許可が下りたのか、シズクと出会えた。他の者たちも、今まで現れなかった《片翼》が次々に見つかるだろう。それは神々がもう大丈夫だろうと思ったからで、《片翼》自身の答えとは、違うだろうけれど。
数日前に手紙が届いた。
懐かしい友人のものだ。海と街が描かれた絵はがきで、ただ一文『出会った』と。
それを見た時になんだか、自分のことのように嬉しくなり、私もまた絵はがきを送り返そうと思った。
なんて言葉を書こうか少し悩んで『私も出会えた』とだけ書いて見ることにした。
もしいつか海の都市に行くことがあったら、その時はシズクと行ってみたい。そう不思議とすぐに思ったのだった。