「どうだった?」
家に帰ると、母親が興味津々といった様子で結葉と福助を玄関先で待ち構えていた。
結葉はそんな母親に苦笑すると、「とりあえず福助、ケージに戻してからね」と告げてLDKを抜けた先にある部屋に向かう。
恐らくは四人家族想定で建てられた小林家には、LDKを中心に両親の寝室である六畳の主寝室と、四畳半の結葉の部屋と、同サイズの対になった空き部屋がある。
もし結葉に兄弟姉妹のうちの誰かがいたならば、空き部屋のひとつがその子の部屋になっていたんだろう。
だけど小林家には結葉しか子供は生まれてこなかったから。
結局使われずに残ってしまった部屋は、今までは何となく物置然としてしまっていた。
だけど福助をお迎えすると決まった時、家族みんなでこの空き部屋を整理して、福助のための部屋を作ったのだ。
主寝室とトイレ・廊下を挟んで壁際に連なるのが結葉の部屋で、結葉の部屋とクローゼットを挟んで廊下に面するように位置している部屋が福助の部屋になっている。
結葉の部屋同様冷暖房も完備してある4畳半の福助部屋は、本来ベッドを配置したであろう場所に大きな引き出し付きのチェストが置かれていて、福助のケージはその上に載っている。
「福ちゃん、お疲れさま」
狭い移動用キャリーから福助をそっと抱き上げると、いつも彼が過ごしているアクリル製のケージに移す。
想と芹が兄妹して「めちゃくちゃデカイ!」と驚いた大きめのそのケージは、横幅がほぼ1m、奥行が40センチちょっとある。
湿気や匂いがこもらないよう、側面上部と天井部に小さな穴が無数に開けられていて、通気がよくなっている。
天井部は、お菓子の箱みたいに嵌め込み式の蓋になっていて、持ち上げて全開にすることができるから、掃除もしやすい。
アクリル自体が重いのでロックの必要はないのだけれど、一応かんぬきのように穴にギュッとプラスティック製の杭を打って留められるようになっていた。
給水ボトルを取り付けるための穴も完備されていて、まさに至れり尽くせりの住まいだ。
このケージ、結葉が山波家からハムスターをお迎えしたいと話した時、一人娘に甘々な父親が、インターネットで探して買ってくれたものだ。
届いた時にはあまりの大きさに、結葉が「お父さん、ゴールデンハムスターの大きさ、知ってる!?」と思わず聞いてしまったくらいだ。
だけど、今こうして回し車や隠れるための小屋などを中に配置してみて思うのは、このぐらい大きなケージで良かったということ。
今日病院で、御庄先生から「出来れば飼育している環境のまま連れてきていただくのがベストなんですよ」と言われたけれど、ケージの大きさの話をしたら、「それはバスじゃ無理ですね」とすぐに納得してくださった。
少し考えた結葉が、「今度スマホに写真や動画とってきますね。先生にチェックしていただきたいです」と言ったら、何と「往診ついでに寄らせていただくことも出来ますよ?」と言われた。
結葉はその瞬間、このハンサムな先生がうちに!?とドキドキしたのだった。
***
「ゆいちゃんも飲む?」
福助をケージに入れて、結葉が母美鳥の待つLDKに戻ってくると、キッチンに立つ美鳥が花柄のマイカップを出しながら聞いてきた。
「コーヒー?」
美鳥の背後で、コーヒーメーカーがコポコポと音を立てていて、キッチン全体にコーヒーのいい香りが漂っている。
「そう」
母親が頷くのを見ながら結葉も北欧デザイン風の、猫がたくさん描かれたカラフルなマイカップを棚から取り出す。
「もらう」
言いながら、結葉は母のマグの横に自分のものも並べた。
結葉は、コーヒーならロースト深めを少し濃いめに淹れて、ブラックで飲むのが好きだ。
母親は薄めのものにミルクを落とすのを好むから、きっと今から出てくるコーヒーは、結葉の好みよりは少しライトな仕上がりだと思う。
それでも、物凄くこだわりがあるわけではないのでそんなには気にならない。
お砂糖が入っているのだけは苦手だけど、ブラックなら大抵なんでも美味しく飲める結葉だ。
「はいどうぞ」
アイランドキッチンの向かい側の片隅、窓に面したスペースに造り付けの長テーブルがあって、そこにスツールが3脚置かれている。
窓辺には美鳥が育てている観葉植物たちが太陽の光を全身に浴びてキラキラと輝いていて、窓を向いて右端のスペースには、本が20冊程度立てられる木製のブックスタンドがある。
そこには、家族みんなが好きな雑誌などを思い思いに持ち寄って置いていた。
手元を照らすための卓上スタンドライトもあって、本立て横のスペースには美鳥愛用のノートパソコンも置いてある。
基本的には、美鳥が家事の合間にホッと一息つけたらという思いで作った空間なのだと、前に父親が話していた。
専業主婦の美鳥にとって、このカフェコーナーは安らぎの空間なのだ。
そこに美鳥と横並びに座って、ほこほこと湯気の立ち上るコーヒーカップを手に、しばしブレイクタイム。
「――そういえばお父さんは?」
出掛けに、結葉の父茂雄も、今日は一日家にいると言っていた。
「貴女が帰ってくるちょっと前まではゆいちゃんのこと、ソワソワしながら待ってたんだけど……」
言って、母がチラリと向けた視線の先は主寝室で。
「お昼寝?」
聞いたら「連日遅くまでお仕事で、きっと疲れてるのね」と母が微笑んだ。
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