音楽が、静かに切り替わった。
弦の調べは、先ほどよりもゆるやかで、
それでいて――深い。
「……次の曲は」
司会役の貴族が声を張る。
「パートナーダンスです」
その瞬間。
会場の空気が、目に見えて変わった。
* * *
セラフィナは、息をひとつ整えた。
(……また、踊るのね)
ドレスの感触を確かめるように、指先を軽く握る。
深い紫紺のドレスは、
魔界の夜をそのまま写したようで、
胸元には淡く輝く魔石の装飾。
歩くたび、裾が星のように瞬いた。
(……視線、増えてる)
自覚はある。
だが、もう俯かない。
――魔界の姫として、ここに立っている。
* * *
「セラフィナ姫」
名を呼んだのは、ノエルだった。
「この曲……よろしければ」
差し出される手。
人間界の王子としての礼節と、
幼い頃から知る優しさ。
(……ノエル)
一瞬だけ、胸があたたかくなる。
「……はい、喜んで」
指先が、触れ合う。
その瞬間。
ノエルの心臓が、はっきりと跳ねた。
(……近い)
(こんなにも)
音楽に合わせて、静かに一歩。
ノエルの動きは、慎重で、
セラフィナの歩幅を何より優先していた。
「緊張は……」
「もう、大丈夫です」
セラフィナは、少し微笑む。
「楽しい、ですから」
その一言で、
ノエルの表情が、柔らいだ。
* * *
曲の後半。
視線の先で、アルトが立っている。
腕を組み、壁にもたれながら――
だが、目はずっとこちらを追っていた。
(……見てる)
(真剣な顔)
音楽が終わり、拍手。
ノエルが一礼する。
「ありがとうございました」
「こちらこそ」
一歩離れた、その瞬間。
「次は、俺だな」
アルトが、迷いなく前に出た。
「セラフィナ」
その声は、低く、はっきりしている。
「一曲、付き合え」
(……命令みたい)
(でも)
不思議と、嫌じゃない。
「……お願いします」
アルトの手は、温かく、力強い。
導き方は少し不器用だが、
迷いがない。
「人に見られるの、慣れたか」
「……まだ、少し」
「そうか」
アルトは、短く笑う。
「なら、俺だけ見ていろ」
(……え)
心臓が、跳ねた。
(それ、ずるい)
リズムに乗りながら、
セラフィナは必死に平静を保つ。
* * *
曲が終わる頃。
拍手は、先ほどよりも大きかった。
「……さすがだな」
どこからか、感嘆の声。
「魔界の姫……」
「まるで、花だ」
セラフィナは、一歩下がり、深く礼をする。
その仕草一つで、
また視線が集まった。
* * *
クロウ・フェルゼンは、少し離れた場所で見ていた。
(……成長された)
もう、庇うだけの存在ではない。
それでも。
(守らねばならない)
その想いだけは、変わらない。
* * *
セラフィナは、静かに息を吐く。
(……疲れた)
(でも)
胸の奥が、少し誇らしい。
人間界でも。
魔界でも。
自分は、ここに立てている。
社交界に舞った魔界の姫は、
ただ「守られる存在」ではなく――
選ばれ、見つめられ、
未来を動かす存在へと、確かに変わり始めていた。
この夜。
恋も、想いも、運命も。
音楽とともに、
静かに――加速していった。






