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「……私、瀧沢春佳と言います。瀧沢冬夜の妹です」
「ああ……」
名乗って初めて、小村は春佳が誰なのか理解したようだった。
「ごめんなさい。全然似てないから分からなかった」
加えて、彼女の率直な感想が春佳の神経を逆撫でした。
春佳はその何気ない言葉を聞いて眦をつり上げる。
尋常ではない雰囲気を感じた小村は、宥めるように口調を和らげて尋ねてきた。
「瀧沢くんの妹さん? 初めまして。私は小村沙由紀といいます。……私たちは初対面だけれど、どこかで会った事がある? いきなり『近づかないで』と言われても、何の事か分からないの。彼は会社の後輩だけど、必要以上にベタベタしているつもりはないよ」
その、やけに馴れ馴れしい話し方も癇に障り、彼女はますます険しい顔になる。
兄が被害を受けていると言ってやりたかったが、考えなしに突撃するのは良くない。
先輩である小村を怒らせたら、会社で冬夜の立場が危うくなる。
どれだけ兄が優秀でも、小村が先輩なのは事実なのだ。
下手な事を言って兄が不利な状況になれば本末転倒なので、単なるブラコン妹として接する事にした。
「先日、代々木上原にあるイタリアンバルに行きましたよね?」
「確かに行ったけど」
小村は日差しを気にするように手で庇を作り、眩しそうに少し目を細める。
そのちょっとの仕草すら、イライラする。
(私だって貴重な時間を削って話してるんだから、鬱陶しそうな態度をとらないでよ)
唇を微かに噛んだあと、春佳はジッと小村を見据えて言った。
「あの時、私も友人と同じ店にいたんです。随分親しげに話していましたけど、兄には他に大切な人がいるので、二人きりで会うとか、誤解を招く事をしないでください」
冬夜には現在彼女もいないし、好きな人すらいない。
だが〝大切な人〟とぼやけた主語の裏に、自分の存在を隠した春佳は、「どうだ」と言わんばかりに小村を見つめた。
――お兄ちゃんが私を守ってくれているなら、私だって守り返さないと。
完璧すぎる兄に憧れた妹がとっさに起こした愚かな行動であったが、義憤に駆られた春佳はこれで小村を言い負かしたつもりになっていた。
彼女は一瞬固まったあと、困惑したように眉を寄せる。
そのあとしばし間を置いて、静かに息を吐いた。
「春佳ちゃん、誤解してるようだけど、私と瀧沢くんはただの先輩と後輩なの」
「だって……」
まだ言い訳するかという顔をした春佳に、小村は静かに手を突きつけ首を左右に振る。
「確かに瀧沢くんは素敵な人だよ。妹の春佳ちゃんから見たら、理想の男性で自慢のお兄さんだと思う。あなたの目から見ると、お兄さん以上に素晴らしい男性はいないと思うの、分かるよ」
――『分かる』なんて、知ったような事を言って……。
春佳は強い苛立ちを覚えるものの、とりあえず小村の言葉を最後まで聞く事にした。
「先日は瀧沢くんに呼ばれて仕事の相談を受けていただけ。申し訳ないけど私には恋人がいるし、彼の事は素敵だと思うけど恋愛感情は抱いていないの」
「……嘘……」
怒りに水を差された春佳は、まだ小村を疑いながらも呟く。
「ちょっと待ってて」
そう言って小村はスマホを出し、少し操作したあと写真を見せてきた。
「この人が私の彼氏。瀧沢くんほどイケメンではないけど、優しくていい人で、結婚も考えてる」
写真には小村と男性が写っていて、後ろにはエメラルドグリーンの海が広がっていた。
彼氏がいる証拠を見せられ、春佳の中で荒れ狂っていた怒りが、急激に萎れていく。
(……じゃあ、なんで……? だってお兄ちゃんは『小村さんに迫られてる』って言った。お兄ちゃんが私に嘘をつくはずがないし……)
小村は安堵した表情をし、スマホをしまいながら言う。
「男女が二人で飲食店にいたら、誤解されても仕方ないよね。私も彼氏がいる身だし、今後気をつけるね。でも仕事が絡むと『絶対会わない』とは言い切れないから、見逃してくれないかな?」
そう言われても、春佳は状況を整理できておらず、まともに返事ができずにいる。
「自慢のお兄さんを心配する気持ち、理解できるよ。私には歳の離れた妹がいて、とても可愛いからモンペみたいになっちゃうし、本当に気持ちが分かるの」
「でもね」と言い、小村は春佳に視線を合わせる。
「こうやって暴走すると、逆にお兄さんに迷惑を掛けてしまう場合があるから、もう少し考えて行動したほうがいいよ。彼は二十六歳の大人だし、妹さんのお世話にならなくても恋愛はできると思うの」
正論を言われ、春佳はサッと赤面した。
だが小村はそんな彼女を馬鹿にせず、ポンポンと肩を叩いてきた。
「私も十年ぐらい前は突っ走っていたし、色んな間違いをした。これぐらい、可愛いもんだからあまり気にしないで」
小村は軽やかに言って年上の余裕を見せつけたあと、「じゃあね」と颯爽と歩いていった。
駅前に取り残された春佳は、そのあとも混乱しながら立ち尽くしていた。
**
結局、春佳は行こうと思った喫茶店に行かず、適当に入ったファストフード店でぼんやりと昼食をとったあと、佃のマンションに戻った。
冬夜は用事があって外出していて、夜まで戻らず留守だ。
春佳は思考の迷路に嵌まったあと、頭を使いすぎて疲れを覚え、少し眠った。
二十一時過ぎに冬夜が帰宅した時、春佳はリビングのソファに座り、テレビをつけたままスマホを見ていた。
「ただいま」
「……おかえり」
春佳は一瞬兄を見てから、ボソッと返事をする。
冬夜はバッグを床に置き、スマホをダイニングテーブルの上に置いてから「あっち……」と呟き、冷蔵庫にある麦茶をグラスに注いで飲み干した。
「飯は食ったか?」
「うん、カップ麺食べた」
「まだ暑いしバテるから、もうちょっと栄養のあるもん食えよ」
そう言ったあと、冬夜はバスルームに直行した。
水音が聞こえる間、春佳はソファの上で体育座りをして、ろくに見ていないテレビの液晶画面を見つめる。
バラエティ番組でドッと笑い声が湧き起こったが、春佳はニコリともしない。
(小村さんが言っていた事を話すべき? ……そんな事をしたら、あの人に言われたみたいに『暴走』ってとられる?)
悶々としていた時、ダイニングテーブルの上にあった冬夜のスマホがピコンと鳴った。
ハッとそちらを向くと、冬夜のスマホにメールが入っていたのが見えた。
春佳は「いけない」と思いながら立ち、足音を忍ばせてテーブルに近寄った。
そして画面を覗き込み、瞠目する。
バナーに出ているメールの送り主は〝小村沙由紀〟で、文頭にはこうあった。
【今日、たまたま神保町で妹さんと会ったんだけど……】
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コメント
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みぃです🤍🥀 第17話、読み終えたよ…。 春佳ちゃん、小村さんに直接会いに行っちゃったんだね。最初は怒り心頭だったのに、小村さんの落ち着いた対応と彼氏の写真を見せられて、だんだん自分の行動が空回りしてることに気づいていく感じがすごくリアルで胸が詰まったよ…。「お兄ちゃんが嘘をつくはずがない」って信じたい気持ちと、目の前の事実のギャップに苦しむ春佳ちゃんの心情が痛いほど伝わってきた。 最後の冬夜のスマホのメールバナー…! これでまた何かが動き出しそうで続きが気になりすぎるよ。お兄ちゃん、本当に妹に隠し事してるんだろうか…。