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「ヨーラン殿下に拝謁いたします」
そんな言葉とともに高位貴族らしい数名の男性がヨーランとルツィエのもとにやって来た。
そうして、ヨーランがいかに優れているかのお世辞をいくつか述べたあと、彼らはルツィエに好奇の視線を向けた。
「……して、こちらの美しいご婦人がフローレンシアの王女殿下でいらっしゃいますか?」
「ああ、僕の婚約者のルツィエだ。君たちが僕らのことを興味津々で噂していたようだったから、この機会にお披露目するのもいいと思ってな」
「噂だなんて……。ただ、ヨーラン殿下のお眼鏡にかなった女性はどれほど素晴らしい方かと話していただけです」
「それで実物を見てどうだ? 美しいだろう?」
「ええ、本当に驚くほど美しいですね。帝国でもこれほどの美女にはなかなかお目にかかれません」
貴族たちはルツィエを舐めるように見回して嫌な笑みを浮かべた。
「まさしく今回の戦争で最も価値ある戦利品でしょう」
「殿下の秀でた武勇によって手に入れた最上の宝ですね」
「たしかにこれは国を滅ぼした甲斐がありましたよ」
「もともと有って無いような小国でしたし、帝国に併合されたのはかえって幸運だったのでは」
「殿下とは結ばれるべくして結ばれたのです」
貴族たちから次々に賞賛の言葉を浴びせられたヨーランは、自尊心が満たされたのか金色の目を悠然と細めてルツィエを見た。そして信じられない言葉を吐いた。
「聞いたか、ルツィエ。お前は僕に相応しい女だ。あの出会いすら必然だったと、お前も今はそう思っているんじゃないか?」
──あの出会いが必然?
ルツィエもそう思っている?
到底あり得ない幻想だ。
貴族たちの侮辱的な発言にも耐えていたルツィエだったが、ヨーランの言葉はどうしたって許せるはずがない。
怒りと悔しさで涙が出てきそうだったが、ここで泣くわけにはいかない。
ルツィエはどす黒い気持ちを胸にしまったまま、ヨーランに向かって空虚な微笑みを見せた。
「殿下は私にとってかけがえのない方です」
「……そうか」
ヨーランの瞳に歓喜の色が浮かぶ。
きっと今のルツィエの言葉を都合よく受け取ってくれたのだろう。
この男──ヨーランにだけは必ず復讐を果たさなければならないという意味だとも知らずに。
◇◇◇
ホールの中央でルツィエとダンスを踊りながら、ヨーランは悦に入っていた。
帝国一美しい婚約者を貴族たちに披露し、ルツィエがヨーランを愛していることを知らしめた。
そして今、ヨーランの色で着飾った彼女とダンスを踊っている。
ルツィエの手も肩も腰も折れそうなほどに細くて華奢で、まるでガラス細工のようだ。ヨーランが守ってやらなければ儚く壊れてしまうかもしれない。
すぐ目の前にある水色の瞳は、清らかで神秘的な妖精の泉。それを縁取る薄桃色の長い睫毛は繊細な花びらのようだ。
これほど特別な女が自分を愛しているのだと思うと、気分が良くて仕方なかった。
(さっきルツィエは祖国を侮辱されても平然としていた。そして僕との出会いが運命だったと受け入れていた。つまり、僕が彼女の家族を殺したことはもう許されているんだ)
喪が明けたら、すぐにルツィエと結婚しよう。
きっと彼女もそれを待ちわびているはず。
ダンスの曲が終わり、ステップを踏んでいた足を止めると、ルツィエがさっとヨーランから顔を背けた。
「ダンスで汗をかいてお化粧が崩れてしまったようです。直してきてもよろしいですか?」
化粧が崩れているなんて全く感じなかったが、愛する婚約者の前では常に綺麗にしていたいのだろう。恥じらうように顔を逸らした仕草が愛らしい。
「分かった。行ってこい」
ヨーランが許可すると、ルツィエは優雅に一礼してホールから出ていった。
◇◇◇
ホールを抜け出したルツィエは、化粧室を通り過ぎ、庭園へとやって来た。そうして人気のない木陰の下で立ち止まると、口もとを押さえて深い溜め息をついた。
泣いてはいけない、あんな男の言葉に傷ついてはいけないと涙は我慢した。しかし、あの男と仲睦まじそうにダンスを踊らなければならないのは、それがたとえ復讐の一部だとしても苦痛で堪らなかった。
(早く心を落ち着けてホールに戻らないと……)
人知れず二回目の溜め息をついたとき、木陰の向こうに人影が見えてルツィエはどきりとした。
「ルツィエ王女?」
「アンドレアス殿下……」