テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
あの夜から三日が過ぎた。 街角を彩る華やかなイルミネーションや、店頭に並ぶクリスマスケーキのパッケージ。どこもかしこも浮ついた空気に包まれ、世界が華やいでいる。
そんな中、理人は一人、セレクトショップを訪れていた。怖い顔をして唸りながら、棚の商品を覗き込んでいる。
今まで特定の相手を作ったことはなかった。クリスマスプレゼントなんて、自分には一生無関係だと思っていたのに。まさか、自分がこんなにも商品選びに頭を抱える日が来るなんて。
(瀬名に、何を贈ればいい? 正直、何も思いつかない)
別に、恋人でも何でもないのだから。そう自分に言い聞かせていたのだが、ナオミに叱られ、湊には「甲斐性なし」と罵られ、半ば強制的に買い物へ駆り出されたのだ。
「――はぁ……」
思わず溜息が漏れた。すると、全く同じタイミングで背後からも深い溜息が聞こえ、理人は驚いて顔を上げた。相手も同じだったらしく、ばっちりと目が合い、互いに目を丸くする。
「って、透……!?」
「ハハッ、誰かと思ったら……偶然だな。驚いたよ」
「お、おう……お前こそ」
「オレは、まぁ……ちょっと買いたい物があってさ」
透は言葉を濁した。プレゼントを買いに来たにしては、随分と浮かない顔だ。
しかも、ここは男性用ギフトのコーナーだ。 もしかして、クリぼっちが寂しくて自分へのご褒美でも買いに来たのだろうか?
教師という職業は年末も忙しいと言っていたし、最近は浮いた噂も聞かない。
(……透も、大変なんだな)
そう思い、理人は少しばかり同情の混じった眼差しを向けた。
「透も、苦労してるんだな」
「え? 急になんだよ」
「だって、お前……彼女いないんだろ? クリぼっちは寂しいもんな」
「…………は?」
一瞬、何を言われたのか分からないという顔をしたが、すぐに察したらしく、透は困ったように頭を掻いた。
「あー、まぁ……彼女は確かにいないんだけどさ。どうしても、クリスマスだけは空けといてくれって、うるさいのがいるんだよ」
「それって、もしかして……」
「ご、誤解するなよ? そういうんじゃない……っ」
慌てて否定する姿に、理人は内心意外だと思ったが、あえて追及はしなかった。
「理人の方こそ、こんな店で唸ってるってことは、例の『番犬君』へのプレゼントか?」
ニヤリと笑う透の指摘に、理人は心臓を跳ねさせた。
「……まぁ、そんなところだ」
嘘を吐いても仕方がない。理人が認めると、透は「やっぱりな」と納得したように微笑んだ。
「で、決まったのか?」
「いや……何が良いのかさっぱり分からん」
「ハハッ、実はオレも」
結局、不慣れな二人は揃って頭を抱えることになった。
「もう、二人で選んだ方が早いんじゃないか」
「ああ、そうかもな。……よし、そうしよう」
二人は連れ立って店内を見て回った。 財布、キーケース、下着……。様々なものが並んでいるが、今ひとつピンと来ない。再び溜息を零した理人の視界に、鮮やかなカシミアのマフラーが映り込んだ。
「これ……どうだ?」
理人が手に取ったのは、上質な赤のマフラーだった。暖かく柔らかな手触りと、瀬名の情熱的なイメージが重なる。
「うん、いいと思う。理人にしては、まともなセンスじゃないか」
「おい、一言余計だ」
透はその隣にある青灰色のチェック柄を手に取り、まじまじと見つめている。
「こっちも捨てがたいな。なぁ理人、どっちがいいと思う?」
「うーん……どうせなら、自分用と二つ買えばいいだろ。お揃いで」
「あぁ……。そうか。それもいいな」
透は納得したように店員を呼び、ラッピングを頼んだ。理人もまた、瀬名へのプレゼントと、それに対になる自分の分のマフラーを購入した。
(あと二日……二日経てば、あいつが戻ってくる)
真っ先にこれを渡そう。果たして、喜んでくれるだろうか。 そんなことを考える自分が可笑しくて、理人はふっと小さく笑みをこぼした。
透と別れた帰路。空は今にも泣き出しそうな曇天だったが、理人の心は晴れやかだった。
――早く、あいつの顔が見たい。 胸の中で芽吹いたばかりの恋心を抱きしめ、車通りの少ない路地を軽やかな足取りで歩いていく。
その時だった。
薄暗い路地の左手から、一台の黒い影が音もなく滑り出してきた。
無灯火のまま、死神のように距離を詰めてきた真っ黒な車。理人がその異様な存在に気づき、足を止めた瞬間――。
カッ、と、爆発するような強烈な光が放たれた。
至近距離で点灯されたハイビームが、凶器となって理人の網膜を焼く。
「っ……!?」
視界が白に塗りつぶされ、足がすくむ。
逃げようにも、平衡感覚を奪われた理人の身体は金縛りにあったように動かない。巨大な鉄塊が、明確な殺意を持って理人へと加速する。
「――理人さんっ!! 危ない……!!」
聞き慣れた、愛しい声が鼓動を震わせた。 え? と思った瞬間、横から凄まじい力で突き飛ばされた。道路脇の茂みへ、受け身も取れず勢いよく転げ落ちる。
直後、鼓膜を劈くような激しいブレーキ音と、肉と鉄が激突する、鈍く、生々しい衝撃音が響き渡った。
「……っ、が……」
震える身体で、必死に顔を上げる。 そこには、二十五日に帰るはずの瀬名の姿――。
理人に渡すはずだった紙袋が散乱し、赤く染まり始めたアスファルトの上で、瀬名が力なく横たわっていた。