テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
#復讐
草原草原(くさはらそうげん)

1,510
木風
791
#サレ妻
都築七美
1,141
一月二日、金曜。義実家は、隣の区の、古い住宅地の中にある。電車で二駅、歩いて十分。真尋は、結衣の手を引いて、一時五分前に門の前に立った。
結衣は、赤いコートを着ている。真尋は紺のカーディガンの上にコート。手提げには、家計簿の九冊目と、調停用のファイルから外した数枚だけ。
チャイムを押すと、敏子が出た。
「遅いじゃない」
「一時に、と言われましたので」
「お正月なんだから、もっと早く来るものでしょう。結衣、おめでとう。上がって」
仏間を抜けて、座敷に通された。炅燵はなく、座卓に、おせちの残りと蜜柑が出ている。
座卓の向こうに、恭平が座っていた。
正月に家族で来ていたときと同じ場所で、同じ座り方で。十二月二十一日に家で会ってから、十二日ぶりになる。恭平は真尋を一度見て、結衣を見て、「よう」と言う。結衣は「あけましておめでとう」と言って、真尋の隣に座った。
博は、縁側に近い席で、新聞を折っている。真尋と結衣に「おめでとう」と言って、それだけだった。
敏子が、茶を出して、座った。
「真尋さん。今日は、恭平の話を聞いてもらうために呼んだの。恭平、言いなさい」
恭平は、蜜柑を一つ剥きながら、言った。
「俺から言うことはない。母さんが言えばいい」
敏子が、小さく息を吐いて、真尋に向いた。
「じゃあ、私から。恭平から聞きました。あなた、この三年、毎月八万円ずつ、家計の口座から現金を下ろしてるでしょう。八万円が、三十六か月。二百八十八万円」
真尋は、数字を聞いた。
「それと、学資保険の百三十万円。あれも、あなたが使ったんでしょう。恭平が言ってたわ。保険会社に電話したのも、あなたでしょう。あなたが解約して、あなたが使って、恭平のせいにしてる」
真尋は、恭平を見た。恭平は、蜜柑の筋を取っていた。
二百八十八万円。真尋が、毎月、食費と結衣の分で下ろしてきた現金だ。八万円。家計簿に、一円まで書いてある。その数字を、恭平は、真尋が「使い込んだ」金額にひっくり返した。内藤が言った「よくある手」が、母の口から出てきた。
百三十万円。これは、違う。これは、恭平の新しい嘘だった。
「お義母さん」
「何」
「月八万円は、食費と、結衣の分です。毎月の献立と、結衣の文房具と、靴と、病院代。全部、家計簿にあります。一円ずつ。十一月に恭平さんが『これで足りるだろ』と渡した八万円と、同じ額です。足りる額だと、恭平さんも知っていた額です」
真尋は、手提げから九冊目を出して、座卓に置いた。
「見ません」
敏子は、家計簿に手を出さなかった。
「学資保険の解約は、契約者しかできません。契約者は、恭平さんです。保険会社の人が、電話でそう言いました。十月三十一日、午前八時四十三分。担当の方の名前も、書いてあります」
真尋は、九冊目の十月のページを開いて、余白のメモを敏子のほうに向けた。『10/31 8:43 解約済み(10月)。担当○○さん。詳細は契約者のみ』。
敏子は、見なかった。
「恭平が、あなたに頼まれて解約したんでしょう。夫婦なんだから」
「頼んでいません。恭平さん、私が頼みましたか」
恭平は、蜜柑を一房、口に入れた。
「母さん。そいつは、数字で嘘をつく。細かい数字を並べて、本当っぽく見せる。親父も、それで騙された」
博は、新聞を折る手を止めなかった。
真尋は、恭平の言葉を、家計簿に書く形で頭に置いた。『1/2 恭平「数字で嘘をつく」。学資保険は私が使ったと母に言っている』。
「お義母さん。もう一つだけ。学資保険の返戻金は、恭平さんの口座に振り込まれています。家計の口座ではありません。恭平さんの口座の通帳を見れば、十月に、百三十万円前後の入金があります。見せてもらってください」
「恭平の通帳を、私が見るの?」
「見れば、分かります」
敏子は、恭平を見た。恭平は、蜜柑の皿を押しやって、「見せる必要はない。俺の金だ」と言った。
敏子は、何も言わなかった。真尋も、何も足さなかった。
誠一の言葉を思い出していた。引き算をさせるんだ。自分で引いた数字は、人は忘れない。敏子は、まだ引いていない。ただ、引く材料は、置いた。
博が、新聞を畳んで、立った。
「結衣。こっちへ来なさい」
結衣は真尋を見て、真尋がうなずくと、博のところへ行った。博は、上着の内ポケットから、小さな袋を出した。お年玉の袋。
「おめでとう」
「ありがとうございます」
結衣は袋を受け取って、両手で持った。それから、中を觗いた。
「おじいちゃん、二枚入ってる」
博は、結衣の頭に手を置いた。
「黙っとけ」
小さな声だった。結衣は、口を閉じて、袋を真尋のところへ持ってくる。敏子は、台所に湯を取りに立っていて、聞いていない。恭平は、スマホを見ている。
真尋は、結衣の手の中の袋を見た。博は、何も言わずに、縁側の席に戻って、また新聞を広げる。
二時を回ったころ、玄関のチャイムが鳴った。
敏子が、台所から出てきて、「来たわ」と言った。
来た、と真尋は思った。誰が。恭平の妹は、遠くに嫁いでいて、正月には来ない。親戚は、法事でしか集まらない。
敏子は、玄関に出ていった。
恭平が、スマホをしまって、立った。
玄関から、若い声がした。
「あけましておめでとうございます、お義母さま」
真尋は、座敷から、廊下の先の玄関を見た。
黒いコート。明るい茶色の髪。長い爪が、靴のかかとに添えられている。
瑠美が、靴を脱いでいた。
敏子が、「瑠美さん、寒かったでしょう。早く上がって」と言った。
結衣が、真尋の袖を、握った。
恭平が、座敷を出て、玄関へ歩いていった。
コメント
1件
うわああ第19話…!!!読了したよおおお😭💕💕 もうね、お義母さんが家計簿見ようとしないシーンで「見てえええ!!!」って画面に叫びかけたわ…真尋さんの冷静な証拠並べ、まじでかっこよかったよ…。そして博さん、結衣にこっそり二枚入れたのズルいよ…「黙っとけ」に全部詰まってて泣ける😢 最後の瑠美登場で一気に空気変わったの本当に怖かったし、結衣が真尋の袖ぎゅっと握ったところで私も一緒に握り締めた…次の話が待ちきれないよおおお!!