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#復讐
草原草原(くさはらそうげん)

1,510
木風
791
#サレ妻
都築七美
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瑠美は、黒いコートを恭平に渡して、座敷に上がった。
白いニットのワンピース。おなかのところが、十二月に喃茶店で見たときより、少し丸い。長い爪の色は、正月らしく赤かった。
「お邪魔します。真尋さんも、いらしてたんですね」
瑠美は、真尋の向かいに座った。恭平が、その隣に座る。敏子が、瑠美の前に座布団をもう一枚足して、「瑠美さん、おなか冷やさないで。これ、敷いて」と言った。
縁側の席で、博が新聞を下ろした。
「敏子。お前が、呼んだのか」
「私が呼びました。悪い?」
博は、答えずに、新聞を上げた。
「ありがとうございます、お義母さま」
お義母さま。瑠美はそう呼び、敏子はそう呼ばれて、何も言わなかった。
真尋は、座ったまま、その呼び方を頭に置いた。『1/2 瑠美「お義母さま」。敏子、訂正せず』。
敏子が、茶を注いだ。
「瑠美さん、お正月、ご実家は」
「遠いので、今年は。恭平さんが、お義母さまのところへ連れていってくれるって」
「そう。よかったわ。うちは賢やかなほうがいいから」
敏子は、瑠美のおなかに目をやった。
「男の子だったら、いいわねえ。うちは、恭平のあと、女の子だったから。孫も、女の子でしょう」
結衣が、真尋の袖を持った。
瑠美は、おなかに手を当てて笑った。
「お義母さまのおかげで、安心して過ごせてます。恭平さんも、楽しみにしてくれて」
恭平は、蜜柑を剥いていた。何も言わなかった。
瑠美が、結衣を見た。
「結衣ちゃん。おとなしいのね。パパのところに、来ないの」
結衣は、答えなかった。真尋の袖を、両手で持った。
真尋は、何も言わなかった。帰ろう、と言えば、帰れる。結衣に、この座敷を見せ続ける理由はない。
ただ、ここで帰れば、「嫁が怒って帰った」と言われる。瑠美と敏子と恭平が、残った座敷で、好きなことを言う。
真尋は、座っていた。結衣の手の上に、自分の手を置いた。
「お義母さま、見てください」
瑠美が、左手を敏子のほうに出した。
薬指に、指輪があった。細い、白い色の輪に、石が一つ。小さくはない。
「恭平さんが、買ってくれたんです」
敏子が、「まあ」と言って、瑠美の手を取った。
「きれいねえ。恭平、あなた、こんなの」
恭平が、「まあな」と言った。
真尋は、その指輪を見た。
石の大きさを、真尋は知らない。値段を、知っている。品名の欄が空いていた、小さな厚い紙。『内金 ¥450,000』。十月二十八日。
真尋は、家計簿の九冊目を開いた。余白のメモ。『内金 450,000 10/28(品名なし)』。その横に、『さくらレディースクリニック 10/28』。
数字だけでいい。感想は要らない。
「四十五万円の、内金ですね」
座敷が、止まった。
瑠美の手が、敏子の手の中で、止まった。
「十月二十八日。さくらレディースクリニックの、帰りに」
真尋は、家計簿の余白を、瑠美と敏子のほうに向けた。
「結衣の学資保険の、最後の四十五万円です」
敏子が、真尋を見た。
「十月十日、コンフォール西町三〇二の初期費用、六十一万二千円。十月十二日、家具、二十三万円。十月二十八日、指輪の内金、四十五万円。合わせて、百二十九万二千円。学資保険の返戻金が、百三十万円前後。あと八千円は、分かりません」
真尋は、言い終えて、家計簿を自分のほうに戻した。
瑠美は、手を引いた。
敏子が、言った。
「何の、話」
「失礼しました」
真尋は、敏子に頭を下げた。
「お義母さんは、ご存じなかったんですね。学資保険の百三十万円が、どこへ行ったか。結衣の進学のためのお金が、高梨さんの部屋と、家具と、指輪に」
「真尋さん」
「十二月七日に、お義父さんが聞かれました。百三十万、どこへやった、と。恭平さんは、俺の金だ、と答えました。行き先は、ここです」
恭平が、蜜柑を置いた。
「黙れ」
低い声だった。
「黙れ。結衣の前で、何を」
真尋は、恭平を見た。それから、瑠美を見た。瑠美は、左手を膝の上に置いて、右手でそれを覆っていた。
数字は、終わった。真尋は、数字ではないことを、一つだけ言った。
「結衣の前で、その指輪は、外してください」
瑠美は、左手を、膝の下に入れる。外さない。隠した。
結衣は、真尋の袖を持ったまま、瑠美の膝を見ている。
博は、縁側の席で、新聞を畳んで、何も言わない。真尋のほうを、一度だけ見た。
敏子が、茶碗を置いた。音がした。
「真尋さん」
声は、立ち直っていた。
「あなたが、何を言いたいのかは、分かりました。でも、ここで、こんな話をするものじゃないでしょう。瑠美さんは、おなかに子どもがいるの」
「お義母さんが、呼んだ席です」
「だから、言ってるの」
敏子は、恭平を見て、瑠美を見て、真尋を見た。
「二月二十二日。おばあちゃんの三回忌。親戚が、皆、集まる。孝も来る。そこで、話をつけましょう」
「法事で、ですか」
「真尋さん、あなたも来なさい。皆の前で、恭平との離婚を、納得してもらいなさい。瑠美さんのことも、私から、皆に話します。身内の中で、ちゃんと、形にする。あなたのためを思って言ってるの。親戚中で、あなたが悪者になる前に」
真尋は、敏子の言葉を、頭の中で書いた。『2/22 法事。皆の前で。瑠美のことは敏子が話す』。
「皆の前で」と、敏子はもう一度言った。
瑠美は、膝の下の左手を、そのままにしていた。
結衣が、真尋の袖を、引いた。
コメント
1件
いやあ、今週も重厚でしたね……。真尋が家計簿の数字で黙らせるシーン、ぞくっとしました。「内金四十五万円」というタイトルが、十月二十八日の一行メモからここまで重く伸びてくるとは。恭平の「黙れ」も虚しいし、何より結衣が袖を引く手の描き方が苦しいです。敏子の「法事で話をつけよう」も、逃げているようでいて一理あるのがまたもどかしい。次回の二月二十二日が怖くて仕方ないです。