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学園に入学してから一週間が経った。
ちなみに、今日の午前は課外活動ということで、学園が管理している森の中で写生をすることになっている。
ルシンダが大きな石を椅子がわりにして座り、草むらを凝視しながら真剣にペンを走らせていると、背後から担任のレイが話しかけてきた。
「お前が描いてるのは……芋虫か? 変わったセンスだな」
「……一応、タンポポの花を描いてるんですけど」
「……なるほど、言われてみればタンポポ……だな? まあ、こういうタッチの絵も味があっていいものだな、うん」
たしかに前世から絵心はなかったが、花の絵とすら認識してもらえないレベルとは思わなかった。レイのあからさまなフォローが逆に切ない。
(他の人たちはどんな絵を描いてるのかな。ちょっと見てみよう……)
気分転換も兼ねて、近くにいたミアのスケッチブックを覗いてみる。
「えっ! ミアってすごく絵が上手いんだね!」
「あら、ルシンダ。まあね、絵にはちょっと自信があるの」
ミアが自慢げに見せてくれた絵は、細部の描写や陰影が緻密に描き込まれていて、ルシンダと同じペンを使って描かれたとは思えないほどの出来栄えだった。
これと比べたら自分の絵なんて芋虫と言われても仕方がない、と妙に納得していると、足元に小さなスケッチブックが落ちているのが目に入った。授業用のスケッチブックとは別のもののようだ。
「あれ、このスケッチブックは?」
「あっ、それは……!」
ルシンダが拾って何気なく開いてみると、そこには艶っぽい微笑を浮かべるレイと、レイに手首を掴まれて恥じらうルシンダの絵が描かれていた。
「こ、これは一体……?」
「あ、これは趣味のやつで……。さっきいいシーンが見れたから、スチルとしてササッと描いてみちゃった」
絵は上手い。ササッと描いたとは思えないほどで素晴らしいと思う。でも描いてある内容が問題だ。こんなシーンは現実には起こっていない。捏造である。
「私、手首なんて掴まれてないし、こんな頬を赤らめた顔してないけど……」
「わたしの心眼ではこう見えたの」
まったく悪びれている様子がない。
「まさか、こんな絵が他にもあるとか……?」
ルシンダが恐ろしくなって他のページも確認してみようとすると、ミアが目にも止まらぬ速さでスケッチブックを取り返した。
「まあまあ、そこまで過激な絵は描いてないから大丈夫」
「過激ってどういう──」
「えーと、それにしてもルシンダに魔術の適性があったなんてビックリだったわ。原作ではそんな描写なかったもの」
ミアに無理やり話を逸らされてしまったが、気になる話題ではあったので、ルシンダは話に乗っかることにした。
「原作での私は魔術が得意ではなかったの?」
「そうね、原作でのルシンダは特魔クラスではなかったし。もしかしたら素質はあったのかもしれないけど、本人が興味を持っていなかったのかもしれないわね」
たしかに、ルシンダが魔術の才能を伸ばせたのは、五年前にフローラと出会って教えを受けることができたおかげだ。おそらく原作ではルシンダとフローラは出会うことなどなく、入学前に魔術を習うこともなかったのだろう。
「……そういえば、ミアの適性はどんな感じなの?」
「わたしの得意な魔術って、ヒロインだからかちょっと特殊なのよね。一般的な炎とか水の魔術じゃなくて、イメージの力が最大限に発揮される超能力みたいな」
「へえ! カッコいいね! 無属性って感じなのかな?」
「あとは、ラスボスとの戦いで覚醒して光属性の魔術が使えるようになるはずなんだけど、今はさっぱりね」
「え! 乙女ゲームってバトルなんかあるの⁉︎」
「まあ、最後の最後だけね」
てっきり学園で恋愛イベントをこなすだけのゲームかと思いきや、敵とのバトルまであるとは……。
(乙女ゲームの戦闘とか想像もつかないな……。一体どういう戦闘システムなんだろう。やっぱりターン制で物理か魔法で攻撃する感じ?)
ルシンダが「恋パラ」の戦闘についてあれこれ考えているのが分かったのか、ミアがラスボスバトルについてざっくりと教えてくれた。
「ラスボスバトルは、魔王が生徒の身体を乗っ取って、攻略対象たちが力を合わせながら魔術を駆使して戦って、最後にヒロインが浄化してエンディング……みたいな感じよ」
「なにその胸アツ展開! 私も一緒に戦いたい!」
魔王戦だなんて最高にRPGっぽいイベント、参加しないわけにいかない。
ルシンダが目をキラキラさせながら訴えると、ミアはなぜか「うーん……」と唸った。
「でも、原作どおりに魔王が復活するのか、ちょっと怪しい気がするのよね」
「どういうこと?」
魔王が復活しないかもしれないなんて、一体どういうことだろう。……いや、世間一般的には魔王なんて復活しないに越したことはないのだが、なんとなく物足りないような、残念なような気がしてしまう。
「なんかもう、今の時点でキャラクターの性格が原作と随分違ってるから、このまますんなり原作通りに進むのかなって」
「キャラクターの性格が違うって、私とミアのこと?」
「それもあるけど、攻略対象の性格もだいぶ変わってるのよね。まだ会えてないキャラもいるから全員は分からないけど、アーロンと、特にライルとレイは原作からかけ離れてる」
「え? みんなも転生者ってこと?」
「それはないと思う。たぶん、学園入学前に何かきっかけがあって変わったんだと思う。わたしはすでに全員と知り合ってたルシンダが怪しいと思うんだけど……」
ミアが疑うような目で見てくるが、まったく心当たりがない。
「みんな最初からいい人で、今みたいな感じだったよ。原作ではどんな性格だったの?」
「原作では、アーロンは一見爽やか王子だけど、他人に興味を持つなんてなかったわね。誰からも一線引くみたいな感じで。それに、実はわたしも五年前に王宮でのお茶会に参加してて、原作通りだとアーロンはわたしのことが印象に残っているはずだったのに、実際に覚えていたのはルシンダのことだった」
「あ、あれは私が常識はずれのことを言っちゃったからで……」
ルシンダの弁明を無視してミアが続ける。
「ライルはもっと冷血なキャラだった。そもそも魔術騎士なんかじゃなくて、親の言いつけで宰相を目指してたし」
「……それはたしかに私が思いつきで魔術騎士とか言ったせいかも……」
ミアが「ほらね」といった顔つきで一瞥し、さらに続ける。
「極めつきはレイね。原作では借金返済のために仕方なく先生になってて、担任じゃなくて臨時教師だった。しかも全然やる気がなくて、女子生徒に色目を使うチャラ男だったのに、真面目な担任教師になっちゃって……」
「私はレイの反抗期に困ってそうなフローラ先生を助けたかっただけで……。というか、レイの場合はまともな性格になってよかったのでは……?」
ミアがジトっとした眼差しを向けながら、はぁ、と小さく嘆息した。
「この調子だと、クリスもヤンデレではなくなってそうね」
「ヤンデレ? クリスは優しくて頼れる兄だけど」
「やっぱり……。まあ、とにかく、原作の開始早々こんな感じになっちゃってるから、魔王復活もわたしは疑ってるってわけ」
ミアは持っていたペンをくるくると回しながら、小さな切り株に腰掛け、また新しい絵を描き始めた。
たしかに、ミアの言う通りキャラクターの性格は原作と違ってしまっているのかもしれない。でも、魔王復活というストーリーのオチまで変化してしまうことなどあるだろうか。
ラスボスバトルが諦めきれないルシンダは、原作設定を熟知するミアにすがるように尋ねる。
「魔王戦はいつ発生するはずなの?」
「卒業パーティーの一ヶ月前くらいだったかな。ちなみに、魔王に乗っ取られる生徒にはもうすぐ会えるはずだから、その時になったら教えてあげる」
ミアが振り返り、ぱちんとウインクして答えた。
(そしたら、魔王に乗っ取られちゃう生徒とは関わらないでいれば、魔王戦が発生する可能性が高くなるかな?)
乗っ取られてしまう生徒には本当に申し訳ないが、結局はヒロインであるミアが魔王を浄化し、生徒には回復魔術をかけて無事元に戻る……というストーリーらしいので、できればほんの少しだけ身体を貸してやってほしい気もする。
(とりあえず、関わり合いにはならないようにしよう)
ルシンダはひとり決意して、今度はタンポポの上手な描き方をミアに教わるのだった。