テラーノベル
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12話目もよろしくお願いします!
今回が最終話です。
スタートヽ(*^ω^*)ノ
薄い朝の光がカーテン越しに差し込み、
レトルトはゆっくりとまぶたを開けた。
横を見ると、キヨが眠っていた。
夜の名残がまだ影のように漂っていて、
穏やかな寝息が胸元に触れるたびに
不思議な幸福がじんわり広がる。
(……本当に、セックス…したんだ…)
思い出すだけで、顔が熱くなる。
でもそれと同時に、
胸の奥がきゅっと締めつけられた。
――今日、病院に戻らなきゃいけない。
その事実が、朝の光より重かった。
ふとレトルトが起き上がろうとした気配で、
キヨが眠そうに目を開いた。
『……レトさん……おはよう……』
声が低く、寝起きで甘い。
レトルトは笑って「おはよう」と返す。
キヨは腕を伸ばして、
ふわりとレトルトを自分の胸に引き寄せた。
まるで、抱きしめるより
“離したくない” をそのまま形にしたみたいに。
レトルトはその甘え方に胸がくすぐったくなった。
『……レトさん、どう? どっか痛くない?』
心配そうに、弱く触れる指先。
「大丈夫だよ。キヨくんがいっぱい愛してくれた証だから」
そう言うと、 キヨは照れた様に俯いた。
けれど次の瞬間、
その表情が少し陰った。
『……病院、戻るんだよね』
その言い方があまりに切なくて、
レトルトはそっとキヨの頬に触れた。
「一時外泊だしね。帰らなきゃ」
『……わかってる。 わかってるけど……』
キヨは言葉を飲んで、
胸元に顔を埋める。
『……レトさん……俺、まじで楽しかった。ずっと一緒にいたいよ。 今日また離れるの、やだ……』
小さく震えた声が、
レトルトの心に深く沁みた。
「キヨくん……」
レトルトはそっと抱き返した。
「離れるんじゃないよ。
戻るだけ。また会えるから」
そう優しく言うと、
キヨはぎゅっと力をこめて抱きしめてきた。
『絶対だからな!絶対離さないからな!』
そのストレートな言葉はレトルトの 胸をあたたかく、そして少し切なく締め付けた。
レトルトが病室は歩き出した瞬間、
キヨの手が名残惜しそうに袖をつまんだ。
ほんの一秒、
ふたりの指先が触れ合って、離れた。
そのわずかな温度だけが、
余韻のようにずっと残っていた。
そんな切ない別れをした数日後の週末。
『レトさーん!!来たー!!』
キヨは病院という場所をまったく気にしていないような、
明るい声と元気な足取りでやってくる。
レトルトは呆れ半分、愛しさ100%の表情で見つめた。
「こーら!キヨくん、ここ、病院だよ?」
そう言うと、
キヨは照れくさそうに後頭部をかく。
『だって……早く会いたかったんだもん』
その素直さに、
レトルトはクスクス笑ってしまう。
「ほんとキヨくんは…かわいいなぁ」
そう言いながら、
キヨの髪をふわっと撫でてやる。
キヨはその度に、
子犬みたいに目を細めて甘える。
面会のたびに笑って、話して、時々手を繋いで、
キヨが持ってくるくだらない漫画や、
おいしい差し入れを食べるたびに笑顔になって。
二人のそんな時間は、レトルトの心だけではなく体も優しく癒していった。
そしてついに、ある日——
検査結果を見た主治医が穏やかに頷いた。
「レトルトくん、この結果なら退院して大丈夫ですよ」
その一言が落ちた瞬間、
キヨが息を呑む音が聞こえた。
レトルトは一瞬言葉を失い、
次の瞬間、信じられないようにキヨの方へ顔を向けた。
「…キヨくん…帰れるの…?」
『うん!!レトさん!!一緒に帰ろう…!』
キヨの声は震えていて、
嬉しさで顔がほころぶのに、目だけが潤んでいた。
レトルトはそんなキヨの手をそっと握り締め、
かすかに笑った。
「やっと……一緒に帰れるね」
これまで週末にしか触れられなかった手。
帰るたびに切なさで離れたくなかった背中。
その全部が——ようやく終わるのだ。
キヨはたまらずレトルトを抱きしめ、
耳元で小さく囁いた。
『……もう二度と、離したくない』
その声は優しくて、それでいて必死で。
レトルトの胸にしんしんと染み込んでいく。
長い入院生活の終わり——
ふたりの新しい日々の始まりだった。
退院してからのレトルトは、まるで世界そのものが色を取り戻したみたいに表情が明るくなった。
そしてキヨは、そんなレトルトを連れて、いろんな場所へ足を伸ばした。
旅先で見る夕焼けも、夜景も、
ただの町並みさえ、レトルトと一緒なら全部特別になった。
レトルトもまた、そんなキヨの横顔を見るたび、胸の奥が熱くなった。
病室では触れられるだけで安心していた手が、
今はどこへでも連れて行ってくれる。
そして——
レトルトの家に泊まった夜、ふたりは何度も体を重ねた。
触れ合うたび、息が混じるたび、
生きてここにいることを確かめ合うように。
「キヨくん……」
呼べばすぐに応えてくれる温もりがあって、
抱きしめれば、離したくないという想いが伝わってきて、
その全部が胸の奥で静かに積み重なっていった。
夜明け前の淡い光が、カーテンの隙間からそっと差し込んでいた。
レトルトの寝室には、昨日の名残のように温もりが残っている。
互いに求め合って、体力を使い果たして、
そのまま抱き合って眠った夜。
レトルトは先に目を覚まし、
隣にいるキヨの寝顔をじっと見つめた。
昨夜の激しさからは想像できないほど、
キヨは無防備で、子どものように寝息を立てている。
「……キヨくん、朝だよ。起きて」
指で頬をつつくと、キヨは眉をひくっと動かし、
ゆっくりとまぶたを開いた。
『ん……レトさん……?が
声がまだ眠りに溶けていて、
レトルトの胸がくすぐったくなる。
「起きて。今日は、キヨくんの入学式でしょ」
その言葉に、キヨは一瞬で目を開いた。
けれど次の瞬間、布団にもぐりこんでレトルトの腰に腕を回す。
『……もうちょっと。このままがいい……』
昨夜あれほど強引だったくせに、
朝になると甘えきった声でしがみついてくるキヨ。
レトルトは苦笑しながら、その頭をふわりと撫でた。
「ダメ。遅れるよ。ほら」
撫でられたキヨは目を細め、
猫のようにレトルトの体に頬を寄せてくる。
『今日も帰ってきたら、ギュッてして?』
その小さな願いに、レトルトの胸がキュンと温かくなる。
「ふふ、本当キヨくんは甘えんぼやなぁ」
ようやく顔を上げたキヨは、
少し照れたように笑った。
春の光が差し込む部屋で、
昨夜と今朝の優しさがまじりあって、
新しい季節の始まりを告げるようだった。
玄関でネクタイを整えながら、
キヨはまだ身体に馴染まない新品のスーツをぎこちなく引っ張った。
『…レトさぁん、これ本当に似合ってる?』
レトルトは思わず笑ってしまう。
昨夜あんなに強気だったのに、
こういう時は本当に子どもみたいに不器用で可愛い。
「うん。すごく似合ってるよ。かっこいい。
行ってらっしゃい!キヨくん」
その言葉に、キヨは照れたように頬を赤くしながらも、
嬉しそうに小さくうなずいて家を出ていった。
ドアが閉まったあと、
レトルトの表情が少し緊張で強張った。
会場は春らしい明るさとは裏腹に、退屈で無意味にすら感じる 儀式的な静けさで満ちていた。
校長の長い話。
制服姿の新入生たちのざわめき。
自分の肩に合っていないスーツのきつさ。
全部が退屈で、心ここにあらず。
『……まだ終わんないのかな……』
ぼそっと小さくつぶやく。
周りの子たちも同じ気持ちらしく、
隣の席の二人組がひそひそと話し始めた。
「次、在校生代表のスピーチだって」
「一個上の学年の成績トップの人らしいよ」
「うわ、絶対長いじゃん……」
キヨは興味なさそうにため息をつく。
(誰が喋ろうが同じだろ……)
仕方なくステージの方へ視線を向ける。
まるで眠気をこらえるみたいに、
重たげに、ゆっくりと。
そして——
壇上へ一人の在校生が歩み出てきた。
その瞬間、
キヨの表情がふっと変わった。
心臓が大きく跳ね上がる。
ライトに照らされたその横顔は、
どこかで——いいや、毎日見ていた顔に似ていて。
キヨは思わず背筋を伸ばした。
指先に微かな緊張が走る。
(……まさか、そんなこと……)
退屈していたはずの時間が、
一瞬で色を変えて動き始めた。
明るいスポットライトに照らされて歩み出てきたのは——
レトルトだった。
白い照明が髪に当たって、
いつもより少し大人びた横顔が浮かび上がる。
その姿は朝、自分を優しく送り出した人と同じはずなのに、
まるで別世界の人のように見えた。
『……は、え? レトさん……?』
キヨは何度も瞬きをした。
こすってもこすっても、視界にいるのは同じ人物。
(なんで……? なんでここに……?)
心臓が痛いほど跳ねて、
頭がふらっと浮くような感覚が広がる。
ステージの上のレトルトは、
落ち着いた足取りで演台へ歩み、
整った姿勢でマイクの前に立った。
その横顔がこちら側へ向くたび、
キヨは息を飲んだ。
ほんの数時間前まで、
自分の胸に顔を埋めて眠っていた人。
自分に「行ってらっしゃい」と微笑んだ人。
その人が今、
全校の視線を浴びて、堂々と立っている。
隣の席の子たちがざわつく。
「え、あの人……めっちゃ頭いいって聞いたよ」
「成績トップらしい。てか顔良すぎでしょ……」
「同じ学校とか運良くね?」
そんな声すらキヨの耳には届いていなかった。
ステージの中央に堂々と立つレトルトに釘付けになっていた。
そして、スピーチが始まる。
レトルトの声は穏やかで、
どこか温かくて、
聞いているだけで安心してしまうほどだった。
キヨはその声を聞きながら、
掌をぎゅっと握りしめる。
「新入生のみなさん、ご入学おめでとうございます。
在校生代表として、心より歓迎します。
これからみなさんは、新しい仲間と出会い、
新しい環境の中でたくさんの選択をすることになります。
悩むことも、迷うことも、きっとあるでしょう。
でも、その一つ一つが、
みなさんの“未来をひらく扉”になります。
……少しだけ、個人的な話をします。
私は昔、身体が弱く、
学校に通うことすら難しい時期がありました。
夢も自信も遠いところにある気がして、
“できない自分”を受け入れてしまっていた。
そんな時、
そっと私を持ち上げてくれる人がいました。
“まだ進めるよ”と、
“君ならできる”と、
私の胸の奥の曇りを、
少しずつ晴らしてくれた人。
……」
そう言ったところで、
レトルトはほんの一瞬だけ視線を客席へ滑らせた。
誰にも気づかれないほど短く——
しかし確かに、
キヨのところでぴたりと止まる。
その瞳はたった一呼吸分だけ、
温かく揺れ、
まるで“ありがとう”と言っているようだった。
キヨは全身が熱くなるのを感じた。
レトルトの声はそこでまた、
落ち着いたトーンへ戻っていく。
⸻
「……だから今日、みなさんに伝えたいことがあります。
どうか、自分を諦めないでください。
そして、もし誰かが立ち止まっていたら、
その手をそっと支えてあげてください。
人は、誰かの言葉で光を取り戻せる。
胸の奥の暗闇すら、
ふとした優しさで紅玉のように赤く温かく染まることがあります。
その温かさは、
いつかあなた自身の吐息となって、
また誰かを照らす光に変わります。
みなさんのこれからの道が、
強く、優しく、あたたかな色に染まりますように。
ご静聴ありがとうございました。」
大きな拍手が講堂に響き渡った。
まるで天井が震えるほどの、あたたかくて長い拍手。
在校生も新入生も、みんながレトルトの言葉に心を動かされていた。
気づけばキヨは、
講堂のドアへ向かって駆け出していた。
外に出た瞬間、
冷たい春の風が頬を撫でる。
校舎裏の静かな廊下に差し込む光の中、スピーチを終え、 ひとり静かに深呼吸しているレトルト。
キヨは息を切らしながら、その姿に向かって一歩踏み出した。
『……レ、レトさん……!』
呼んだ瞬間、
胸に詰まっていたものがどっと溢れ出すようで、 声が震える。
レトルトは振り返り、
驚いたように目を見開いたあと、
すぐに表情をゆるませた。
春風が2人の間をそよぎ、
舞い上がった柔らかな光の中で——
レトルトは静かに笑った。
「キヨくん! 入学、おめでとう!」
キヨの紅玉のような熱は、
レトルトの心に生きる力を与え、
レトルトの月長石のような穏やかな光は、
キヨの心を柔らかく包んだ。
感謝と愛情、そのどちらもが、
言葉では足りないほど深くて、静かで、温かい。
ふたりが隣に立つだけで、
世界は少しだけ優しくなる。
そんな錯覚さえ、真実に思えるほどだった。
重なり合った光は消えることなく、
これからもふたりの未来を照らし続ける——
そう確信できるほどに、美しく揺れていた。
終わり
私の妄想にお付き合い頂きありがとうございました🙇♀️
月長石の方から読んで頂いていた方々も本当に長々とありがとうございました!
なかなか更新がスムーズに出来なくてすみません。
また新しい話を書きますので、よければ是非読んでくださいヽ(*^ω^*)ノ
ありがとうございました!
コメント
7件
もう…言葉遣いとか…すっっっっごくよくてぇ、甘々で、ちょっと切なくて…すっっっっっっっっっごくよかったです…ありがとうございました…!次回作も楽しみにしてます!!!!!!

初コメ失礼します! もう…天才です…

今回もすっごく面白かったです!!次の作品も楽しみにしてます!!