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--『|開拓者《フロンティア》』side–
――生きていた。
あの憎きクソアマが。
モニターに映る銀髪女を見た瞬間、胃の奥がぐつりと沸騰する感覚が蘇った。
忘れもしない、五年前。
俺たちを嘲笑うかのように戦い、徹底的に叩きのめし、貶めた。
許せなかった。
あのとき心の底から誓った。
絶対に殺してやる、と。
「はっ、自分の手の内を晒すとか馬鹿じゃねぇの?」
ソファにふんぞり返って、ポテチの袋をカサつかせながら鼻で笑う。
モニターには、さっきから例の聖女の配信アーカイブが流れっぱなしだ。魔力増加法だの魔力循環だの、聞いたこともねぇ理屈を滔々と語ってやがる。
「でもぉ、これ普通にヤバい情報だよねぇ。国家機密とかに指定しても遜色ないぐらい」
テーブルに足を投げ出しているパーティの女が、ストローをいじりながら気怠そうに言う。
その目だけは笑っていない。
画面の中の聖女を、獲物を見る肉食獣みたいな目つきで睨んでいる。
「偉大なる聖女サマはこの程度屁でもねぇってことなんだろ。舐め腐りやがって」
別のメンバーが舌打ちし、空になった缶を壁際のゴミ箱へ乱暴に投げ捨てた。
カン、と乾いた音が部屋に響く。
見ているだけで腹が立つ。
息をしているだけで癪に障る。
だが――。
だが、国際交流戦。
あの舞台なら、あの日の雪辱を晴らすことができる。
建前上は「親善試合」だの「交流」だのと綺麗事を並べているが、結局は実力を見せつけ合う殴り合いだ。
殺しは無し、とかのお題目も、俺たちからすれば関係ない。
ルールなんざ、勝てばどうとでもなる。
「俺たちは強くなった。日本を捨て、大金を得て、大国の支援を受けて、今や世界でも1、2位を争うクランにまで成長した」
窓の外に広がる煌びやかな夜景を見下ろしながら、リーダー格の男がゆっくりと言葉を紡ぐ。
足元に転がるのは、かつての日本時代のハンターカード。踏みつぶされて折れ曲がり、今ではただのゴミだ。
「長い道のりだったよねぇ。日本を捨てるときに、日本に残るために抜けた子も何人か居たけどさ」
パーティメンバーの女がからからと笑う。
あのとき、情に流されて残ると決めた連中の顔が、一瞬だけ脳裏をよぎる。
結局――雑魚は淘汰されるんだ。
強くなれない奴は、そこで終わり。
生き残る資格がない。
俺たちは違う。
日本という泥舟を蹴り飛ばし、引き抜きに応じ、金と設備とチャンスを掴み取った。
その結果が、今だ。
「クソ聖女、首を洗って待ってろよ」
画面の中で笑顔を浮かべている銀髪女に向かって、男は中指を立てた。
国際交流戦。
そのリングの上で、必ず――お前を殺す。
–とある研究員side–
国際交流戦の日にちと詳細が決まった、とメールが来た。
その通知を閉じて、私はいつものように研究室の隅で一人、簡単な昼食を済ませる。
相変わらず、所長は帰ってこない。
広い室内に、カチャカチャと食器の触れ合う音だけが虚しく響いた。
「……所長」
食器を片づけたあと、デスクの端に置いてある写真立てを手に取る。
額縁の中の所長は、いつもと変わらず柔らかく笑っていた。
――あの女のどこがいいのだろう。
最近、画面越しに見るたびに、胸の奥がざわつく。
銀髪の聖女。
思慮深そうに見えて、何も考えてなさそうな顔をしている。
「顔だけじゃん……」
写真立てをそっと元の位置に戻し、椅子にもたれかかる。
銀髪――。
そういえば、とふと記憶の底が掘り起こされる。
時々見る夢がある。
そこには、いつも銀髪の剣士が一人、当たり前のように立っている。
夢の中では、銀髪の剣士と私、そしてほかに三人。
五人でパーティーを組んで、当たり前のようにダンジョンを攻略していた。
銀髪の剣士は、あまり喋らなかった。
でも、アイテム袋にちょっかいを出しても嫌な顔をしなかったり、私の描いたマークを「かわいい」と言って笑ってくれたり――妙に距離感がおかしい奴だった。
……関係ないか。
その夢の中に出てきた銀髪の剣士は、男だったし。
今、所長の隣にいるのは、あんな女だ。
「はぁ……」
小さくため息が漏れる。
所長を誑かした銀髪の女を、国際交流戦で懲らしめてやろうか――なんて、最初は本気で考えていた。
でも、今日の配信を見てわかった。
多分――いや、間違いなく、私じゃ敵わない。
魔力増加法に魔力循環。
あんなものを平然と説明して、実力まで見せつける化物。
「どうすればいいかな……あっ」
浮かんだひとつの考えに、自分で自分の口元が吊り上がるのがわかった。
ファンのふりをして近づいて、毒の入った差し入れを渡せばいいのでは?
致死毒なんて使うほど、私は鬼じゃない。
麻痺毒ぐらいにしておいてあげよう。
動けなくなって、所長の前で情けない姿を晒すぐらいで十分だ。
「へへっ、へへへっ」
気がつけば、喉の奥から歪んだ笑いが漏れていた。
そうと決まれば――やることは一つ。
無味無臭、血中に入れば数秒で全身の筋肉を固める。
そんな理想的な麻痺毒の開発に、全力で取り組まなければ。
モニターに映る所長の研究データファイルを開き直しながら、私はそっと呟く。
「待っててね、私の所長さま」
–ハンターランキング1位side–
「ジーザス……」
静かな書斎に、思わず漏れた感嘆が響いた。
目から鱗どころか、体の中身をひっくり返されたような衝撃だ。
それほどまでに、日本にいる“聖女”とやらが公開している技術は、|狂っていた《クレイジーだ》。
ハンターとして覚醒してから、私はひたすらダンジョンに潜り続けてきた。
命を賭けて戦い続け、ひとつずつランクを駆け上がり――気がつけば、ランキング1位。
「最強のハンター」と呼ばれて、もう数年が経つ。
富も、権力も、名声も。
欲しいと言ったものは大体手に入った。
ただ一つ――
張り合える、“対等な相手”を除いて。
そんな折に、聖女の配信が話題になった。
暇つぶしのつもりで再生してみたのだが、途中から完全に姿勢を正していた自分に苦笑する。
魔力増加法。魔力循環。
どれもこれも、直感で「正しい」と分かる理屈だった。
実際に真似をしてみると――世界が一段、変わった。
体内の魔力の質が滑らかになり、スキルのキレが増し、身体の隅々まで力が行き渡る。
聖女の公開した技術は、私を一つ上のステージに押し上げたと同時に、
他の追随を許さないほどの差を、周囲につけてしまった。
だが。
聖女本人の力量は、それでもなお底知れない。
配信の映像で確認できた範囲だけでも、常識の枠を易々と踏み越えていた。
目隠しをしたままあの量の弾幕を防げるか?
雷撃と矢と、正体不明の暗殺者の気配まで混ざった攻撃の雨を、一度も被弾せずにいなせるか?
あれを“遊び”の延長のようにやってのけていた。
しかも、隣にいた青髪の少女もそうだ。
そこら辺のトップハンターよりも、よほど洗練された動きと反応速度を持っていた。
「ははっ、楽しい戦いになりそうだ」
グラスの中で琥珀色の液体が揺れる。
窓の外には、国際交流戦の会場として使われる予定の巨大ドームが、小さく見えていた。
私はグラスを持ち上げ、まだ見ぬ“対等な相手”へと向けてそっと掲げる。
「An evenly matched battle――」
そう願いを込めて、一人きりの部屋で乾杯した。