3話 恋愛経験させてやる
『お前が知りたいエッチなことも全部、これから俺が教えてやる』
そう言って逢坂くんに連れて来られたのはラブホテルで、言葉通りエッチなことが始まったのだった。
「んんぅっ……」
(男の人にこんなに身体を触られたことない)
ドキドキしっぱなしで、おかしくなりそう。
思ったまま声に出すと、くすくす笑われる。
「前戯の前段階だぞ? まだ、ここにも触ってないのに」
「嘘……」
(これがまだ前段階? これ以上されたら、私、どうなっちゃうの……!?)
私を翻弄する指先がスカートを捲る。太腿の付け根を撫でられるとくちゅ、と濡れた音がした。
「すごい濡れてる……。あれだけでこんなに感じるとか、宮内って意外とエッチな身体してるよな」
「あぁ……っ」
「は……撫でただけで、奥でクリトリスがひくひくしてるのわかる。ほらこれ」
「言わないで……っ、あぁん……」
ストッキングとショーツ越しに、秘部をなぞられると、切なくなって身体も吐息もこれまで以上の熱量を持つ。足元からぞくぞく震えが這い上がってきてどうしようもなくなる。
「宮内、気持ちよさそうな顔してるな」
「あっ……や」
見られたくなくて、ぱっと両手で顔を隠した。
「何で隠すんだよ」
「だって、逢坂くんばっかり余裕で、私だけこんなの…………恥ずかしい」
「これで余裕なわけないだろ」
言いながら、私の手を盛り上がるふくらみへと持っていく逢坂くん。
初めて感じる男の人の熱は、布を隔てていても硬くて大きかった。
「挿れるぞ? 俺に任せればいいから」
(……っこれがこれから私の中に入ってくるの?)
おそるおそる逢坂くんを見ると、その目に欲望の色を覗かせていてドキリとする。
(実際のモノを目にしたわけじゃないし、逢坂くんも任せろって言ってくれたし、大丈夫だよね)
そう思うのに、想像すると……どうしよう。少し怖い。
逢坂くんがストッキングに手をかける。
「……っ」
別の意味で心臓がバクバクしてきて、ぎゅっと目を閉じる。
「…………」
だけどそのまま脱がされるのを待つものの、しばらくしてもその気配がない。
(あれ……?)
どうなってるの?
そっと瞼を上げた時、逢坂くんに腕を引かれて体を起こされた。
「……今日はここまでな」
「え?」
急に逢坂くんの雰囲気が変わってきょとんとする。その間にテキパキと私の服が整えられ元通りにされた。
「ここまでってどういうこと……?」
エッチするんじゃ……と困惑する私のそばで、膝を立てた逢坂くんがはぁとため息をつく。
「……あのな。さすがに酒の勢いだとしても、気持ちが追いついてないやつとセックスはしない」
「追いついてないなんて……。そもそも言い出したのは私で……」
「でも宮内、今、びびってただろ?」
「!」
私と向かい合わせにいる逢坂くんが手を伸ばして頬に触れた。
「震えてるじゃん」
親指の腹で下唇のふちをなぞられて、自分がわずかに震えているのに気づかされた。それから、ほっとしている自分にも。
「ご、ごめん……」
俯くと気まずい空気が流れる。
(勢い任せで処女を捨てるなんて言ったけど、結局私、覚悟がなかったんだ……)
誘っておいて、大事なところでガチガチになる女なんて男の人は面倒くさいに違いない。
こんな私だからダメなんだ。
悲しくなって、さっきの熱も酔いも冷めてきてしまう。
「おい。何一人で勝手に落ち込んでんだよ」
「いたっ!」
唇を引き結んで黙っていると、いきなりデコピンをされた。
「お、逢坂くん……?」
じんじんするおでこを押さえると、逢坂くんは少し怒っているような呆れているような顔をする。
「いいか? 1回セックスして処女じゃなくなったからって、すぐに変われるわけないだろ」
「……!」
……確かにそうだ。
今夜逢坂くんとエッチをしたところで、明日からの私はきっと変わらない。
一度経験ができたとしても、じゃあそれで地味じゃなくなるなんて保証もないのに、私は何を勘違いしていたんだろう。
思い上がりもいいとこだ。
「お前が本当にこの場の1回だけセックスができればいいなら、今から仕切り直ししてやるよ」
「…………」
「でも宮内がなりたいのって、ただセックスの経験がある女じゃないだろ?」
逢坂くんのひと言ひと言が胸に刺さる。
「……うん。部長に釣りあうような女になりたい」
再びはぁ……とため息をついた逢坂くんに腰を抱き寄せられた。
胸の中に飛び込むような恰好。びっくりして 瞬(まばた)いていると、顎を掴まれて上向かされる。「だろ?」と言う逢坂くんの顔が近い。
「お前は自分に自信がなさすぎ。そのくせ、さっきみたいな突拍子もないことするし、バカなのか?」
「う……」
「ほっとくと何するかわからねーから、教わる相手は俺にしろ。俺がお前を自信持てるようにしてやる」
まっすぐ真剣な目で見つめられながら「お前はどうしたい?」と尋ねられる。
「本当にそれで変われるのかな……」
「お前次第だろ。乗るか、乗らないか」
自信のない私を責めるような口調。
酔った勢い任せの決意だったのか? と怒られている気がする。
そうじゃない。私の中にある『変わりたい』って気持ちは本物だ。
「私、変わりたい……」
逢坂くんを見つめて頷く。すると私の本心を確かめるように聞き返される。
「いいんだな?」
「う、うん」
「俺の言うこと何でもきけよ」
「う……うん」
「よし、言ったな?」
「え……きゃ……!」
どさ、と再びベッドに押し倒された。
まさか今から……!?
(私、とんでもない約束をしてしまったんじゃ……!)
驚くと、本当に逢坂くんが胸元に顔を埋める。
ボタンが外される音がして、ドキドキしているとチリッと痛みが走った。
「いっ……んん」
「これ、今日、俺と宮内が約束した証な」
トン、と指差された場所を見下ろすと、赤いキスマークがくっきりついていた。
翌朝。
鳴りだした目覚ましを止めて、むくりと身体を起こした。
見慣れた自分の部屋。
カーテンの隙間から朝陽が入り込んで、狭いワンルームを明るく照らしていた。
「うぅ……ちょっとだるい……」
頭が痛い程ではないけれど、まだアルコールは残っているらしく身体がずん……と重い。
(でも私どうやって部屋に戻ったんだっけ……)
顔を洗って身支度を整えながらぼんやり考えていると、急にハッと思い出す。
(そうだ。昨日の夜、逢坂くんにタクシー乗せてもらって帰ってきたんだ……)
逢坂くんの顔が浮かぶと、昨夜彼と何をしたのか自動的に脳裏に再生される。
酔って処女を捨てたいとヤケになっていたところで、ラブホテルに連れていかれた。
ベッドの上で唇や身体中、あちこちたくさんキスをされて……触られて。
(冷静に考えると、す、すごいことしちゃったよね……)
「それにあんな約束まで……」
『俺の言うこと何でもきけよ』
あの時は必死だったけれど、今になると恥ずかしいという気持ちしか湧いてこない。
頬が火照って熱い。
とにかく出勤しなければ。着替えようと鏡の前に立つ。キャミソール姿の自分を鏡に映した時、鎖骨のそばにある赤いあざが目に入った。
「昨日の……」
触れるとまたドキドキしてしまう。
(やっぱり断ったほうが……いやいや、一度やるって言ったのに)
とにかく昨夜はちゃんと話もできずに別れたから、会社でちゃんと話そう。
存在感を放つキスマークを隠すように、慌ててブラウスに袖を通した。
つづく