9月のある日、スタジオ練習に行った僕は、元貴に『今日の主役』と書かれたタスキをかけた。
「なにこれ」
「え、元貴、今日誕生日でしょ? 」
「そーだけど」
「だから、プレゼント♡」
「え、いらない」
「なんでよ、わざわざ用意したのに!」
「もっといーもんくれよ!」
「わがままだな!」
「こんなもん誰が喜ぶんだよ」
そう言って、笑いながら僕にタスキを掛けてきた。えー、喜ぶと思ったのに。
その後、みんなから、割とガチ目のプレゼントを貰っていて、あれ、本当に僕のは違う感じ? と落ち込んでしまった。
「いつでも受け付けてるからね、よろしく」
元貴が、ニヤリと笑って、僕の肩に手を置いた。元貴へのプレゼントって…難しそう。
それから数日後、僕は出かけたついでに、長野の同級生が通っている大学の近くに来たので、思い切って連絡をしてみた。すると、すぐに会いに来てくれて、久しぶりに一緒にファミレスで食事をとることになった。
「懐かしいなぁ、藤澤だいぶ変わったね」
「そう? 金髪だからじゃないの? 」
「それもだけど、なんか雰囲気柔らかくなった」
「え、そんな尖ってた?」
「尖ってたっていうか、人を信頼してないっていうか」
「ひど、そこまでじゃないよ」
「そんなことないだろ、人に興味ないって言ってたじゃん」
「それは今もそう」
「こわぁっ」
高校の頃みたいに、軽口を叩いて笑い合う。ああ、嬉しいな、こういうの。一気に気持ちがあの頃に戻される。
僕は、ちょうどいい、と、友達に相談を持ちかけた。
「あ、そうだ。誕生日プレゼントなんだけどさ」
「誕生日? 誰の?」
「こっち来て知り合った子。可愛くて、三つ年下で、頭が良くて、なんでも器用に出来るけど、ちょっと危ういというか、儚いというか、そんな感じの、感受性豊かな子なんだけど、そんな子の誕生日プレゼントって、どんなんがいいのかな?」
友達は、ジュースを飲みながら、僕を見つめた。
「…彼女?」
「へ?」
「いや、めっちゃ好きじゃん、今の言い方」
「いやいや…」
「まだ付き合ってないの?」
「いや付き合うっていうか…」
僕は、元貴を思い浮かべて話していただけなのに、どこをどうしたら、彼女とか、好きとか、付き合うとか………えぇ?
「…顔赤いけど」
「そんなことないって! 違う違う、変なこと言うから!」
「変じゃないって! 今のめっちゃ好きな人の話ししてる感じだったじゃん!」
「なん…なしなし! やっぱなんでもない!」
「なに、誕生日プレゼントで告白したいんだ?」
「だから! 違うって!」
もー、と言いながら、僕はドリンクバーのおかわりを理由に席を外した。
意味わかんない、なんでそうなるの? なんか心臓がバクバクしてるけど、急にそんな話になるから、ビックリしただけだ、きっと。
僕が元貴を好きなんて、そんなのあるわけないない。だって、僕はお兄ちゃんで、元貴は弟なんだから。
席に戻ると、友達はまだ何か言いたげだったが、僕は無理やり話題を別のことに逸らした。結局、最後まで話題を戻すことなく、友達とはまた今度集まろう、と話して別れた。
「元貴、はい、誕プレ」
次のスタジオ練習の日、僕は考えに考えたプレゼントを元貴に渡した。僕の手に握られた紙を、怪訝な顔で見ている。
「…なにこれ?」
元貴が、蛇腹に折られた紙を開いて、書かれた文字を確認する。
「”藤澤涼架お呼び出し券”………は?」
「その券は、いつでも僕を呼び出せます」
「ふーん、ありがとう」
そのままゴミ箱に入れようとするので、慌てて止めた。
「ちょっと! 大事にしてよ!」
「なんだよこれ! 小学生か!」
「しょーがないじゃん! 何がいーかわかんないし、そもそもお金ないし!」
「悲しすぎんだろ!」
ブツブツと文句を言われながらも、なんとかそれをお財布にしまわせた。
それから数週間が過ぎ、ある日メンバーで集まった時、若井がなんだか不機嫌だった。
「若井、どーしたの?」
「…みんな冷たい」
「え?」
「この前、俺の誕生日だったのに! 元貴の時はあんな盛大に祝ってたのに!」
駄々っ子のように、みんなに向かってヤイヤイ文句を言う。
「だって、ひろぱ彼女いるじゃん」
「そーだよ、俺らからとか別にいらないじゃん」
綾華とマスオが冷たく言った。
「それとこれとは別じゃん! 俺拗ねるよ!? 大きい声出すぞ?!」
「彼女に祝ってもらえなかったの?」
「盛大に祝ってもらった!」
僕が訊くと、若井は怒りながら惚気た。みんなは、その言葉を聞いて、しらーっとそれぞれの楽器の準備に取り掛かる。なんか、みんな若井に厳しいな…。
僕は、カバンから、バンドのメモに使っている音楽ノート取り出し、新しいページを破って、そこに文字を書いて、若井に渡した。
「…なに?」
「誕プレ」
「”藤澤涼架お呼び出し券”?」
「その券は、いつでも僕を呼び出せます」
「小学生か!! 肩たたき券の要領!!」
あ、やっぱり元貴と幼馴染だな、ツッコミがおんなじだ、と感心しながら、若井が捨てたゴミ箱から、お呼び出し券を救出して、若井の財布にねじ込んでおいた。
ライブに、動画配信に、生配信に、それぞれに忙しくしながら、時は瞬く間に過ぎていき、とうとうクリスマスイヴになった。
「涼ちゃん、どーせ暇でしょ、明日ウチおいでよ」
「ちょっと待って、確認するね。うん暇だわ」
僕がスマホでスケジュールを確認するボケをすると、元貴は嬉しそうに笑った。マスオも同じく声をかけられ、僕と同じようなボケをして、滑っていた。
綾華と若井は、それぞれ恋人と過ごすのだろうか、そもそも声すらかけられていなかったが、いそいそと誰かに連絡をしながら、帰って行った。二人が帰るのを見ていた元貴を、僕は心配していた。でも、僕の視線に気付くと、ニコッと笑いかけてきた。大丈夫だよ、と言っているようで、僕は少し安心した。
そう、大丈夫だよ、僕とマスオがいるよ、なんだかちょっと悲しいけど。
クリスマス当日、僕とマスオは元貴の家にお邪魔させてもらった。
「はいこれ、プレゼント」
僕がラッピングされたプレゼントの袋を渡すと、また券じゃないだろーな、と元貴が言いながら開けた。
「わ、かわいー」
元貴が、赤いマフラーを取り出して、笑顔になった。
「のど、大事にして欲しいからさ」
「なんでこれを誕生日にできなかったの」
「なんでよ、お呼び出し券だって素晴らしいじゃないの」
「なに、お呼び出し券て」
話を聞いていたマスオが、元貴に訊く。
「涼ちゃんをいつでも呼び出せる券。肩たたき券みたいなやつもらった」
「いらねー」
「おい」
「だろ? 即捨てたわ」
「ひど!」
僕が突っ込むと、元貴は、笑いながら、マスオのプレゼントを受け取る。僕も、マスオとプレゼントを交換した。
「あ、これ、パック?」
「そ、元貴スキンケアとか好きだろ? 」
「え、嬉しー、冬めっちゃ顔パサパサになるから、助かる。ありがとう」
「涼ちゃんのもおんなじやつ」
「ありがとう〜、わ、なんか良さそう」
マスオも、僕からのプレゼントを開ける。
「手袋?」
「うん、マスオはベーシストだから、手を大切にね、て事で」
「あー…ありがとう」
少し、マスオの顔が曇った気がした。手袋、あんまりだったのかな。
「俺からもありまーす」
元貴が、僕たちにプレゼントを渡す。
「ん? これ、トリートメント?」
「そ。涼ちゃん金髪のケア大変でしょ。これ、ダメージヘアに良いってやつ」
「あー、嬉しい! これ、ちょっとずつ色々試せるやつじゃん、センスいいね〜」
「肩たたき券とはレベルが違うでしょ」
「お呼び出し券だから」
マスオが取り出したのは、ハンドクリームだった。
「マスオは…ほら…ベーシストだから…」
「俺には手しかないのか!」
3人で笑って、元貴のお母さんが用意してくれたご馳走を食べながら、あーだこーだと話して、楽しいクリスマスを過ごした。
「涼くん、せっかくだからちょっとお酒飲まない?」
元貴のお兄ちゃんから誘われて、僕はダイニングで二人で晩酌を始めた。20歳を超えてる特権だ。
元貴とマスオは、二階の元貴の部屋でゲームしてくる、と上がって行った。
お兄ちゃんと、このお酒は美味しいだの、あそこの梅酒は安くてコスパがいいだの、そんな話をしながらテレビを観て笑っていると、マスオたちが降りてきた。
「そろそろ、家に帰ります、遅くなるんで」
「あ、じゃあ僕もそろそろ」
僕も立ち上がって、マスオと一緒に帰り支度をした。
「お邪魔しました」
二人で会釈をして、元貴たちに別れを告げると、元貴は黙って笑顔で手を振っていた。
外に出ると、すごく寒かった。でも、お酒で少しポカポカした顔に、ひんやりとした空気が心地良い。
「楽しかったね」
僕がマスオにそう言うと、マスオは黙って頷いた。それからも一向に話そうとしないマスオに違和感を抱いて、顔を覗き込んだ。
マスオの目からは、涙がこぼれていた。
「え! ど、どうしたの?」
マスオは、立ち止まって、袖で涙を拭った。
「ごめん…涼ちゃん…」
「な、なに?」
「俺…バンド辞める…」
「えっ…」
言葉は聞こえているのに、理解できなかった。心臓がドキドキする。
「ど、どうして…」
「俺、来年高三になるから、進路で、親と話し合って…大学行くことにした…。だから、来年の一学期までって…」
「い、一学期? て、7月?」
マスオが頷く。そうか、僕はもうこの道で、と決めてここに来たけれど、マスオや元貴たちは、まだまだ進学の真っ只中にいる、高校生だったのだ。そんな事にも気付かないで、僕は、ずっと、みんなと、このまま、このまま…。
僕の目からも、涙があふれてきた。目の前で泣いているマスオが、急に幼い高校生らしく見えて、バンドの時の頼もしいベーシストではなく、普通の高校生に見えて…。
僕は、ゆっくりと、マスオを抱きしめた。マスオも僕に抱きついて、肩を揺らして泣いている。
「…さっき、元貴にも、伝えた…」
「…二階で?」
「うん…。元貴、なんも訊かないで、そっか、って…。寂しいな…って」
マスオが、ぎゅうっと僕にしがみついた。
「…俺、みんなとバンドするの、大好きだよ。ちゃんと、ずっとついていける自分でいたかった。でも、…ごめん…」
「謝らないで、マスオの人生だもん、誰にも謝らないでよ…」
僕も、涙でぐしゃぐしゃになりながら、マスオを力一杯抱きしめる。背中をポンポンとして、ゆっくり離れて、お互いに自分の袖で涙を拭いた。
「今度、集まった時に、ひろぱと綾華に言うから…」
「うん、わかった」
そのまま、進路はどの辺を目指しているのかとか、あとどれくらいのライブができるだろうねとか、そんな話をしながら、駅まで歩いて行った。
マスオが乗る電車を見送ってから、僕はすぐに踵を返した。
『…涼ちゃん?』
インターホン越しに、元貴の驚きの声がした。
すぐに玄関を開けて、元貴が出てくる。
「どうしたの、忘れ物?」
「…マスオのこと、聞いたよ…」
元貴が、小さく息を飲んだ。
「…外寒いから…あがって」
元貴が、二階へと昇っていく。リビングから、お母さんが心配そうな顔で出てきたが、僕が会釈をすると、ありがとう、と小さく言った。
元貴の部屋に入ると、元貴はベッドの上で膝を抱えて小さく座っていた。僕はその横に腰掛けて、元貴の肩をさする。
「…やっぱり、こうなった…」
「元貴…」
「なんで? なんでみんな俺から離れてくの?」
「………」
「なんで…プロになるって言ってたじゃん…」
「…うん、マスオも、バンドが大好きだって言ってた。ずっとついて行きたかったって」
「じゃあなんで!!」
元貴が僕を睨んだ。唇を噛み締めて、眼に涙を溜めて、自分の腕を掴んだ手が震えている。
「…マスオの人生だよ、元貴。僕たちにはどうにも出来ない」
「…なんだよ、大人ぶんなよ 」
元貴は、抱えた膝に顔を埋めた。僕は、それ以上なんて言葉をかけたらいいのかわからなくて、ひたすら肩をさすっていた。
「…涼ちゃんは、ダメだからね、絶対」
「うん」
「…許さないからね…」
涙を零しながら、元貴が僕に縋り付くように、首に腕を回して抱きついた。僕は、背中を優しくトントンと叩く。
「…中学の時に組んだバンドも、すぐダメになった…。もう、一人でいいやって、思ったの」
「そう…」
「だけど、一人だと、楽しくなくて。自分の思い通りにできるはずなのに、あんまり楽しくなかった」
「そっか…」
「それが、こうなるなんて…また、一人になるのが、怖い」
「ならない。少なくとも、僕は離れないよ。きっと、若井も綾華もそう思ってる。それにね、マスオだって、離れたくて離れるんじゃないと思うよ。すごく泣いてたもん。それだけは、知っててあげて欲しい。わからなくてもいいから」
元貴は、少し顔を動かして、小さく頷いたようだった。しばらくハグをしていると、元貴が顔の向きを僕の方に動かしたので、僕の首筋に元貴の唇が触れた。まるで、ぎこちないキスのようだった。
僕たちが、お互いの悲しさを分け合うように抱きしめ合っていると、窓の外にはチラチラと、静かに雪が降り始めていた。まるで、僕と元貴の涙のように、ゆらゆらと幾つも降り注いでいった。
コメント
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次は高野さんですな、、
こっからたかし参戦?
マスオ時代自分も好きだから嬉しぃ😘マスオさんの次のベーシストといえばあの方ですよね😏