テラーノベル
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年末年始は長野に帰省をして、僕がミセスに加入してからの怒涛の一年が終わり、また新たな年が始まった。
僕の両親は、元貴をすっかり気に入り、また連れてきなさいとしつこかった。僕が、ライブの記録映像を見せても、元貴くんお歌上手ね〜、としか言わなかった。僕のキーボードは?
お正月休みも明け、久しぶりにスタジオ練習に入った。
「おはよう、涼ちゃん。」
「おはよう元貴、明けましておめでとう。」
「めでたくねーよ。」
「めでてーだろ。」
そんな軽口を叩いて、笑い合う。元貴が、思ったよりも元気そうで、僕はホッとした。
マスオが入ってきて、元貴と目が合うと、不安そうな顔をした。
「おはよ、マスオ。」
「おはよう元貴、明けましておめでとう…。」
「めでたくねーよ。」
元貴が言うと、マスオが泣きそうになった。
「元貴、そのボケは今マスオには良くないかも。」
「ごめん。」
僕らのやりとりで、マスオが吹き出した。元貴が、マスオの肩に手を置いて、そのまま肩を抱く。
「夏まで、手ぇ抜くなよ。」
「当たり前だろ。」
お互いに肩を抱いて、ポンポンと叩いていた。僕は、その光景を微笑ましく見ていた。
やがて、全員が集まり、マスオが改めて、この夏での脱退をみんなに話した。綾華はうんと頷くだけだった。きっと彼女も、進路選択の真っ只中にいる彼に、何も言えないと思っているのだろう。
だが、同じ高校生である若井は、周りの何も言わない様子に苛立ち、マジかよ、とだけ呟いて部屋を出て行く。
僕は、一応の年長者として、若井を追いかけた。
若井は、外の非常用階段に出て、立っていた。僕も、その少し後ろに立つ。
「…寒っ!」
あまりの寒さに、僕は身体を抱きしめて震えた。若井は、鬱陶しそうに少しこちらに目をやったが、すぐに視線を前に戻した。
「…せめて、中で黄昏れない?」
「バカにしてんの?」
「違うよ!流石に寒すぎるから、風邪ひかないか心配してんの!じゃあちょっと上着だけ取ってくるから、待っててね。」
僕はすぐにスタジオへ戻り、心配するメンバー達に、大丈夫だから、とだけ言って、若井と僕の上着を掴んでまた出て行った。
廊下に出ると、非常用出口の横にあるベンチに、若井が座っていた。なんだよ、やっぱ寒かったんじゃん。僕は、どこかへ行ってしまわなかった若井に少しホッとして、上着を差し出した。受け取ろうとしない若井の肩に、上から被せて、隣に腰掛けた。
「…涼ちゃん知ってたの?」
「…クリスマス、僕たち元貴の家で遊んだんだよ。その時に、まず元貴に話して、僕は帰り道に。」
「はぁ………そっか…。」
若井は、壁にもたれかかって、天井を仰いだ。
「元貴は?どんな感じだったの?」
「…うん、あの時は…かなりショック受けてた、かな。若井とおんなじ、わかるけど、納得できない、みたいな。」
「そう………涼ちゃんは?」
「僕も、恥ずかしいけど、いっぱい泣いちゃった。マスオもね、いっぱい泣いたよ。」
「そっか、もうひと通り済んでんだ…なら、まぁ…。」
若井は、うんうんと頷いて、なんとか自分の中に、この事実を落とし込もうとしているようだった。
「僕もさ、今回の事で、そっか、元貴も若井もマスオも、そういえばまだ高校生だったって、なんか思い出したっていうか。僕とか綾華とはまたちょっと違う、難しい立場なんだなって思ったんだよ。」
「そうね…。」
「でもさ、元貴にも言ったけど、僕は、絶対にミセスにいるから。みんながどうなったって、帰る場所はここで守ってるから。」
若井が横目で僕を見る。お前なんかいらねーよ、って言われるかな、と一瞬ドキッとした。
「…絶対だからね。」
若井は、それだけ言って、フッと笑った。そして、膝にパン、と手を置いて、立ち上がって部屋へと入って行った。僕も、その後を追う。
「若井、お前リーダーやって。」
部屋に入るなり、元貴が若井に向かってそう言った。
「俺がバンドの舵取りするけど、メンバーまとめんのはお前やって。おんなじ高校生なんだ、お前も頑張れ。」
「…わかった。」
若井が、僕たちを見回した。
「…言うこと聞けよお前ら!」
「うわ嫌なタイプのリーダー。」
綾華が突っ込むと、みんな笑った。若井はマスオの肩をポンポンと叩いて、笑顔を交わしていた。
僕は、元貴が、若井をリーダーにすることで、自分から離れていかないように保険をかけたな、と少し感じていた。でも、それも含めて、若井はきっと引き受けている。俺だって、そばを離れないぞ、と元貴に伝えているんだ。僕は、その2人の友情が、素直に素敵だな、と思った。
成人の日を近くに控えた僕は、長野に帰省していた。学生時代に元々住んでいた市からは引っ越していたので、成人式会場は縁もゆかりもない場所となってしまった。なので、式自体には元々出る気はなかった。
しかし翌日になり、同級生からの連絡で、長野では今日が成人式であることを知り、ありがたく同窓会にだけは参加させてもらった。久しぶりに会う友達は、みんな大人になっていて、大学生から、すでに就職している人、中にはもう家族ができている人なんかもいた。
会う人会う人に、今バンドをやっていることを話すと、みんなに驚かれた。そんなタイプじゃないと思ってた、と口々に言われ、改めて、今ミセスにいる自分が自分でも信じられないような、奇跡のような、そんな感覚になった。
一番ダメージを受けたのは、みんなの貯金額だった。特に就職組。みんなもうしっかりと自分の生活を立てていて、バイトとバンドでその日その日が精一杯な僕とは全く違う世界だった。
懐かしさと、ちょっとのダメージを抱いて、僕は家に帰った。
その夜、遅くに、元貴から着信が入った。
「もしもし?どうしたの?」
『涼ちゃん、今日成人式だったでしょ。長野は早いんだね。』
「そう、僕もびっくりして。成人の日にやらないんだって。」
『え?式に行くために帰ったんじゃないの?』
「ううん、別に。たまたまだよ。」
『え!じゃあ行ってないの!?』
「僕さ、学生の時の家から引っ越してんだよね。だから、式は全然違う場所になっちゃって、知り合いもいないし別にいっかなって。」
『あ…そーいうもんなんだ、へー知らなかった。』
「うん。あ、でも、同窓会には行ったよ。」
『へえ、いいじゃん。』
「ちゃんと、ミセスのこと宣伝しといたから。」
『長野でやっても意味ないだろ。』
「いいでしょ!」
『うそうそ、ありがと。』
「いーえ、こちらこそ。」
『なにが?』
「みんなにさ、藤澤がバンドとかウソだろ?!みたいに言われてさ。確かに、僕が今ミセスにいるのって、なんか奇跡みたいだなって改めて思ってさ。あの時、元貴が僕を誘ってくれたからだなぁって。だから、元貴ありがとー、って思ってたんだ。」
電話の向こうで、元貴が黙ってしまった。あれ、なんかまずい事言っちゃったかな、と僕が心配していると、元貴が小さく言った。
『…ふーん。』
「…照れてる?」
『は?』
「え?」
『おやすみ。』
ブチッと一方的に切られてしまって、僕は吹き出した。元貴のこーいうところ、ほんと可愛いなぁ。そして、誕生日や、成人式やなんか節目の日には、元貴は必ず僕に連絡してくれるな、と心が暖かくなった。
マスオの脱退が決まったからといって、僕たちに止まっている暇なんて無かった。
元貴は、単独でのライブも時々やるようになっていた。時期的に、マスオのことがあるからかな、と少し心配になったが、元貴は元貴なりに、ミセスだけではなく、自分が自分であろうと、もがいているような、そんな気がした。
僕は、元貴の単独ライブにも必ず足を運んだ。心配だから、というのではなく、純粋に、僕は元貴のファンであった。初めてスタジオ見学に行かせてもらった時から、僕は元貴の音楽の虜になっているんだ。
「お疲れ様。すごく良かった、僕ちょっと泣いちゃった。」
「ありがと、涼ちゃん。」
毎度メンバーが来るのも鬱陶しいかな、と思い、静かに帰ろうと思った時もあったが、客席から観ていると、必ず元貴が僕に気付いて、笑顔を向けてくれる、気がする。
僕も、節目の時に元貴からの連絡をもらえると嬉しかったように、僕がそこにいることで、もしかしたら少しでも元貴の心の暖かさの一端を担えるのかもしれないと、そう思うようになった。
僕は、元貴と並んで歩き、その日の素晴らしかったところを伝えながら帰る道のりが、たまらなく好きだった。
そんな日々を過ごしていると、あっという間に春が来た。元貴たちは高校3年生になり、僕はまたひとつ歳を取ろうとしていた。
そしてとうとう、初の自主企画ライブ、そして、マスオの脱退を発表する日が来てしまった。
元貴は、暗くはしたくない、明るい門出でお祝いしよう! と、ライブでもお客さんと共に大いに盛り上げた。
僕たちは、半年かけて心の準備をしたので、最終的にはお互いにサッパリとした、いいサヨナラができたと思う。
ただ流石に、その次に集まったとき、4人しかスタジオにいない、となると、心が少し寂しさを感じた。
「さっそくだけど、ベーシストを募集します。」
元貴が、みんなに、音楽の専門学校を対象として、ベーシストのオーディションを開催することを話した。
「俺がいろんな紹介で声をかけてもいいんだけど、一回向こうからミセスに入りたい、ってのをオーディションしてみたいんだよね。」
初めから、ある程度の本気度が欲しい、そういうことだろう。僕たちは、新しい仲間への、期待と不安を抱えて、オーディションの日を迎えた。
「次の方、どうぞ。」
もう今日何度目かのその言葉を、若井が入り口から廊下に向かって投げかける。
背の高い男性が部屋に入り、弧を描いて僕たちの椅子が四つ並んでいるど真ん中に、失礼します、と座ろうとした。
「え、いやそこ俺の…。」
若井が、困惑したように言う。その男性は、周りを見渡し、明らかに一つだけ真正面に置かれた椅子があるのを見て、顔を真っ赤にした。
「あ!す、すみません!どう考えてもあっちだ!」
慌てて、座り直すが、若井も元貴もツボに入ってしまい、後ろを向いて肩を振るわせている。
「こっちは気にしないでください。あ、じゃあ、お名前から、お願いします。」
2人が使い物にならないので、僕が彼に挨拶を促した。
「はい!高野清宗です、よろしくお願いします!」
コメント
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もう一話🥹ありがとうございます! 同窓会…は聞いたことあるような… 単独ライブは…?高氏の登場シーンは?…と1人クイズしてます笑 💙さんの高校生ならではの自分と照らし合わせた葛藤とか、💛ちゃんがお兄ちゃんしてて、なんかうまく言えないんですけど、毎回このキラキラがいいなぁとほっこりしてます✨
高野きたー!!!! もときくんツンデレすぎてかわいい笑笑
あとがき あの、実は、もう既に、この話を書き終えた上に、さらに続編も書き終えて、更に更に新しい話を書き始めていて、もう頭も気持ちもそっち行っちゃって、こっちに戻ってこられません笑 高氏やっと出てきましたが、話が進みませんね、すみません🙇🏻♀️ 今日の夜、もう一話上げようかな、と思います、あまりに進まないので、申し訳なくて💦 それでも、お楽しみ頂けたら嬉しいです☺️