テラーノベル
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衝撃的な若井からの告白は、僕の答えを待つことなく、あっさりと再開されたビジュアル会議によってかき消されてしまった。
あの後、元貴から何か言われることもなく、会議も終わった頃、解散の段となった。
「涼ちゃん、帰ろ。」
若井が、僕に笑いかける。僕は、ドキマギとしたが、もちろん同居しているので一緒に帰らない理由がない。静かに頷いて、荷物を持った。スル、と若井が僕の手を握る。
「じゃあ、お疲れ様でーす。」
若井が元気よく言った。僕たちを見て、マネージャーが元貴に、ホントに仲良くなったねあの2人、と言ったのが聞こえた。ドアが閉まり、元貴がなんと応えたのかは、僕の知るところではなかった。
帰りの車の中で、若井とスタッフさんは他愛もない話を続け、僕はそれに曖昧な返事ばかりで応えていた。だって、ずっと手を握られているんだもの。僕の意識は全部そこに集中してしまって、申し訳ないが話どころではなくなっていたのだ。
「お疲れ様でした。」
「ありがとうございました〜。」
「ありがとうございました、また明日。」
スタッフさんと挨拶を交わして、僕たちは自宅へと入っていく。ドアが閉まった途端、若井が後ろから抱きついてきた。
「涼ちゃん〜。」
「…はい。」
「怒ってる?」
「え?なんで?」
「だって、元貴の前で、いきなりあんなこと…。」
「…やっぱり、あれは恋人ごっこだったの?」
「ちがう!」
若井が慌てて、僕の身体を自分の方へ向ける。
「あれは!…マジです。」
「マジって…。」
僕は、顔が熱くなる。
「俺、マジで、涼ちゃんのこと、好きになっちゃったの。」
「ちょ、ちょっと待ってよ、だって若井、女の子が好きなんでしょ?」
「そうだけど…。」
若井が俯いたかと思うと、上目遣いで僕を見てきた。若井の顔も、赤くなっている。
「なんか…涼ちゃんは好きになっちゃったの。」
僕は、若井の揺れる瞳から目が離せない。
若井は僕の、メイク会議からそのままにしてあるふわふわの髪に、そっと手を触れる。
そしてそのまま、僕の頬に手を添えた。
「…できればこのままキスしたい。」
「な゛…!」
なんて事を!もうパニックを通り越して、笑いすら出てきそうだった。
「ちょ、ちょっと待って、一旦落ち着こう。とりあえず、中に入ろう。ね。」
僕が慌てて若井を引き剥がすと、若井は口を尖らせて拗ねた表情で従った。
僕たちはソファーに座って、膝を突き合わせる。
「えっと、若井は、僕のことを、その…そーいう意味で、す、す、…。」
「キスしたい好きです。」
「んだっ!」
変な声が出た。
「んだっ!あはは。」
若井が真似をして、笑う。
「…からかってるわけじゃないんだよね?」
「違います。大好きです。」
「若井って…そんなキャラだっけ?」
「俺、恋人の前では割とこんなんよ。甘えんボーイ。」
「甘えんボーイ…。」
僕はなんだか頭が痛くなってきて、片手でこめかみを押さえる。どうすんだ、これ…。どうしたらいいんだ、これ…。
「…あのね。若井は恋愛上級者かも知れないけど、僕は、恋愛初心者、いや、恋愛赤ちゃんなの。」
「赤ちゃん。えへ、かわい。」
「聞いて。だから、いきなりこんなことになって、正直全く頭も心もついて行ってない、大混乱。」
「うん。」
「だから…うーん…だから…?えー…と、どうしたらいいんだ?これ。」
「何も考えず、俺に身を任せればいいのサ。」
若井が肩に手を置いて、キリッとした顔で言う。
「そんなわけにいかないでしょ。若井だって僕にとって大切な仲間なんだから。ちゃんと考えるよ。」
「考えたら、涼ちゃん俺のこと振るでしょ〜。」
「え…。」
若井は僕のことを好きと言ってくれて、でも僕は元貴が好きで…元貴は別に僕のことは好きじゃない。だから、僕は若井を…振る?
手を顎に当てて目線を下ろし、うーん…と考え込む僕を、若井は優しい顔で見ていた。
「いやホントにさ、試しに付き合ってみる、とかでもいいんじゃない?恋愛赤ちゃんが経験積むつもりでさ。」
「でも僕、そんな事に若井を使いたくないんだよ…すごく失礼な感じするじゃん。」
「え、真面目。」
「若井だって、多分僕に気を遣ってそんな軽い感じで言ってくれてるけど、ほんとは恋愛に対してすごく真面目でしょ?前の彼女とだってあんなに永く続いたんだもん。真面目じゃなきゃあんなに続かないよ。」
若井が、困ったように笑う。
「参ったなぁ。真面目にいったら、涼ちゃん困っちゃうでしょ?」
「え?」
若井が、僕の頬に手を添える。
顔から、笑顔が消えて、真剣な眼差しを向けてきた。
「涼ちゃん…。ホントに好き。俺と、付き合ってください。」
僕の心臓が、破れそうなくらいに強く打っている。
「元貴のことは、まだ好きでもいい。そんな涼ちゃんだから、俺は好きになったんだし。でも、少しずつでいいから、俺のことも、いつか、好きになって。」
僕は、若井が指で拭いてくれるまで、涙が零れている事に気付かなかった。
こんなにも、僕のことを好きになってくれる人がいるなんて。応えたい。真っ直ぐに愛を伝えてくれる、この大切な人に、応えてあげたい。だけど。
「…若井。ご」
「ストップ!」
口を押さえられて、それ以上話せない。
「っぶねー。ほら真面目にしたらこーなるでしょ?ダメよ涼ちゃん、そんないきなり答え出したら。」
「んん?」
「どうせ俺たち、これからもずっと一緒なんだから、ゆっくりでいいよ。今答え出したら100パーダメに決まってんじゃん。」
「んん。」
「だから、待つから、俺。涼ちゃんが俺に振り向いてくれるまで。 」
「んん…。」
「…でも、もうフェーズ2も始まるし、同居は、解消しようね。」
「んん?」
「だって、俺、このまま一緒に住んでたら、涼ちゃんのこと襲っちゃいそう。」
口を押さえられたまま、僕は顔が真っ赤になった。若井は、困った顔で笑い、僕をゆっくり抱きしめた。
「涼ちゃん、大好きだよ…。」
「…若井………ありがとう…。」
僕も、背中に手を回して、若井を抱きしめる。
ありがとう、こんな僕に、自信をくれる愛をたくさん与えてくれて。僕は、若井に応えたい。応えられる人になりたい、と、確かにそう思った。
その為には、まず自分の気持ちにケリを付けないと。
元貴への恋に、きちんと終止符を打つんだ。
若井との同居が終わって、それぞれの部屋で再び一人暮らしが始まった頃、レッスン終わりに元貴から声をかけられた。
「涼ちゃん、今日空いてる?」
「え、う、うん。」
若井の視線が、刺さる。
「…ちょっと、今日、制作する時、家にいて欲しいんだけど。」
元貴は時々、制作の締め切りに追われる時など、誰かに同じ屋根の下にいてもらった方が集中できるから、と僕たちやスタッフを家に呼ぶことがあった。
「えっ…と…。」
僕は、視界の端で若井のことを気にしながら、どう答えるべきか困っていた。いつもなら、何も気にせず二つ返事で、行く、と言っていたところだが、今は、元貴との事も、若井との事も、とにかくややこしすぎる…。
「…じゃあ、これ、使うわ。」
元貴が、僕の前に紙を差し出した。
『藤澤涼架お呼び出し券』
元貴の手にある紙には、そう書かれてあった。
「…え…こ、これって…え?」
「有効期限、書かれてないから。使えるでしょ。」
「…まだ、持ってたの…。」
「じゃ、あとでね。」
元貴が先に帰ると、若井が僕の元へ寄ってきた。
「何これ?『藤澤涼架お呼び出し券』…?…何これ?」
「…昔、元貴の誕生日に、僕があげたプレゼント…。」
「…あ〜…なんか、あったな、そんなの。」
「まさか、まだ持ってたなんて…。」
「………行くの?」
「…有効期限、書いてないからね。」
僕が困った顔で笑うと、若井は少し悲しそうな表情で僕を見た。
「…そんな顔しないでよ、多分、振られてくるだけだから…。」
「…どうだか。」
「え?」
「だって、こんなもんいつまでも持ってたって事だよ?」
「こんなもんって…僕、若井にもちゃんとあげたからね?」
「うん、即捨てた。」
「もう!」
若井は、ハハッと笑って、僕を抱きしめた。
ごめんね、若井。でも僕、ちゃんとケリをつけてくるから。そう心で呟いて、若井の背中をトントンと優しく叩いた。
仕事を終えて、その足で元貴の家に向かった。元貴は僕を部屋の中に通して、ここにいて、とソファーへ座らせた。
「もう少しで出来そうだから、ちょっと待ってて。」
「うん。」
そう言って、元貴は制作部屋へと入って行った。僕は、何もせずに待っているのは忍びなくて、のそのそと元貴の部屋の片付けを始めた。洗い物を片付けたり、洗濯物を畳んだり。涼ちゃんの畳み方雑!って怒られるかな、なんて思って、クスッと笑う。
「涼ちゃん、ちょっと。」
制作部屋から顔を出して、元貴が呼ぶ。僕は家事の手を止めて、元貴の待つ部屋へと入った。
「これ、聴いてくれる?」
「…『Part of me』…?」
僕は、音源ファイルの名前を読み上げる。元貴は頷いて、ファイルを開く。
優しいような、悲しいような元貴の声で、まるで元貴の心そのものを見せられているようだ。心に染みるような、身を引き裂かれるような、不思議な曲だった。
僕は、曲を聴きながら、涙を零していた。
「これは、涼ちゃんのピアノがすごく大事な曲なんだ。弾いてみてくれる?」
制作部屋にあるキーボードを指差す。
僕は、ヘッドホンをつけて、何度も音源を聴いては、ピアノの音を拾っていく。
元貴は、僕の横について、肩に手を置いて僕の作業を見守る。
まるで、あの時みたいだ。
初めて、君とキーボードを鳴らした、あの時。
僕の人生が、変わった瞬間。
僕の人生に、元貴が欠かせなくなった、瞬間。
僕の目から、次々と涙が溢れ、それでもキーボードを弾き続けた。
ひと通り弾き終わり、ふう、と手を止めて、キーボードを見つめたまま、しばらくじっとしていた。
元貴が、そっと僕に抱きついてきた。
「…涼ちゃん…ごめんね…。」
僕は、何も応えなかった。何に対しての謝罪なのか、確かめるのが怖かった。
僕は、元貴への恋を終わらせるつもりが、この期に及んでまだ、ハッキリと言葉にして振られる事が、何よりも怖かったんだ。
曖昧なままでいい。もう少し、このままでいさせて欲しい。僕は、心の中で、そう懇願した。
フェーズ2が開幕し、僕たちは新曲の制作に追われていた。
新しいアルバムの中に収録される曲が、次々と元貴から届けられる。
その中でも、僕が衝撃を受けたのが、『BFF』だった。
ベストフレンドフォーエバー…つまり、永遠の親友。そのタイトルは、僕の心臓を強く掴んだ。
デモを聴き込み、歌詞を咀嚼する。これは、きっと、元貴から見た若井だ。だって、あの2人は本当に素晴らしい友人だから。
ここには、きっと僕は含まれていない。『友達』だなんて、言い切られていない。大丈夫、大丈夫…。
僕は、元貴への恋に終止符を打つと言いながら、決定的な元貴からの答えに気付かないよう、ずっと目を逸らし続けていた。
「これさ、一番が俺で、二番が涼ちゃんって感じしない?歌詞。」
BFFのリハ中に、若井が屈託なく僕に言う。
「え、これ全部若井だと思ってた。」
「なんで、んなわけないじゃん。だって、元貴がこういう話するのは、涼ちゃんとでしょ。」
「いや、だって、元貴ずっと若井の心配してるよ、真面目すぎるよなーって。」
僕は、必死に、『BFF』に僕は含まれていないんだと、そう思いたかった。
でも、若井の、呆れたような、悲しむような顔を見て、僕は自分の間違いに気付かされた。誰がどう見ても、どう聴いても、これは若井と僕に向けた、元貴からのメッセージだった。そして、僕に対しての、ハッキリとした『答え』だったんだ。
やっぱり元貴は、僕のことを『友達』としか見ていない。あの『ごめんね』は、僕の告白に対しての、応えられないという意味だったんだ。
僕は、もう、自分で自分の恋に、終わりを告げるしかなかった。
『涼ちゃんちょっと来て』
ある日、たったそれだけのメッセージが元貴から届いた。
なんだろうと思いながら、僕は急いで出かける準備をして、元貴の家へと向かった。
「涼ちゃん、これ聞いて。」
いつものように、元貴の作業部屋のパソコンで、デモ音源を聴かせてくれる。
「うーん、すごいね、最後なんかまんま、ファンファーレが似合いそう。」
「そう!それ!じゃあ涼ちゃん、これに2時間で管と弦、つけてね。」
「はえ?!」
じゃ、と言って、元貴は作業部屋の扉を閉めた。
「…え…え、うそ…えホントに?」
しばし、パソコン前で呆然としていたが、元貴が初めて楽曲の管弦のフルオケアレンジを任せてくれた事が何より嬉しくて、僕は手をブラブラと揺らしながら、パソコン前に座る。
何度もメロディーを聴いて、合いそうなフレーズを打ち込んでいく。まずはバイオリン、次は、コントラバス。
これも入れてみよう、あれもやってみようと、試していると、ドアが開いた。
「涼ちゃん!」
ヘッドホンを外してそちらを向く。
「まだ?」
「まだ!」
ピシャリとドアが閉められる。僕は、ふふ、と笑って、またパソコンに向き直る。
そんなやりとりを何度も繰り返し、最後に、僕はフルートを差し込んだ。
ふー、と一息ついていると、またドアが開く。
「まだ?」
「…できた。」
「まじ?!」
元貴が嬉しそうに入り込んできて、ヘッドホンをつける。
僕が、再生ボタンを押して、元貴が目を閉じて聴いている。最後のファンファーレに差し掛かり、ドキドキしながら様子を見つめる。
曲が終わると、静かに目を開けて、僕の目を見つめてくる。どっちだろう、これ…。
「…涼ちゃん。」
「…どう?」
「やるじゃん。」
元貴が、僕の肩を抱いて、デモ音源ファイルを、『完成』フォルダにしまった。
元貴が、僕を見て微笑む。
僕は、恋としてではなく、音楽で元貴に求められている事に、心から高揚した。
これで、これだけで充分すぎるほど、幸せなのかもしれない。僕は、そう感じた。
フェーズ2に入って、また、ミセスにとって、初のドームライブを間近に控えていた僕たちは、衣装やメイクの最終チェックに入っていた。
メイクさんたちが、渾身のヘアメイクを施してくれて、僕はすごく綺麗な人魚のように仕上げてもらった。
控え室に入り、ライトのついた鏡が並んでいるところの椅子に座り、僕は、ほー、と自分でも驚いていた。
元貴に振られてから、さらにコロナに罹ってしまった事もあり、僕はあまり食事が喉を通らず、すごく痩せてしまっていた。だけど、それが逆に、メイクの儚さを増長していて、とてもしっくりきていた。
ドアが開き、若井が入ってきた。
若井は、スラッとしたキラキラのズボンに、淡い色のシャツ、そして手首にアクセサリーを付け、またアイドル顔負けのメンズメイクでとてもカッコ良く仕上がっていた。
僕が、あまりのカッコ良さにボーッと見惚れていると、若井の方も、口を開けて僕を見つめていた。
「…えヤバくない?」
「…なにが?」
「なんか、もう、美しすぎない?」
「え?」
「これヤバいって。」
若井が足早に僕に駆け寄り、いろんな方向から僕を見つめる。
「いやこれ…ダメだろ。外に出しちゃ。 」
「はい?」
「涼ちゃん、好き。」
若井が唐突に言う。僕は笑ってしまった。若井は、僕の笑顔に、うっ、と心を打ち抜かれたように胸を押さえて顔を顰めた。
「ダメよ、笑っちゃ。俺以外の前で。」
「いや、これでライブ出るんですけど。」
また、僕がハハ、と笑うと、若井が真剣な表情で僕の顔を撫でる。
「涼ちゃん、痩せたね…。」
「…うん…。…ダイエット成功…。」
俯いて、力無くそう言うと、ばか、と若井が抱きしめてきた。
「…ねえ、涼ちゃん。俺、涼ちゃんが好きだよ。」
「…うん。」
「…俺に、しときなよ。」
「………。」
やっぱり僕は、まだ応えられなかった。若井が大切だからこそ、中途半端なことは、出来なかった。若井も、それがわかっているのか、それ以上は何も言わず、ただ抱きしめてくれた。
そっと若井が離れたかと思うと、口とも頬ともわからないわずかな場所に、キスをしてきた。僕が驚いて目を丸くしていると、若井が優しく笑った。
「恋愛赤ちゃんには、まだこれくらいね。」
コメント
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このお話好き過ぎて、何回も読んでます🫶♥️💙💛 そして、私も今ものすごい💙に傾いてます!笑 包容力と恋愛赤ちゃんへの扱いが良すぎて💕 いつも更新、ありがとうございます✨ 楽しみにしてます🫶
ちょっとちょっとぉ!栗のオイル焼きがこんなになってぇ、おいおいイケメンだなぁ!もちきどうなる!!楽しみだぁっ!
ヤバイです、これちょっと語りたくなる笑 ぱ様がカッコ良すぎる!あんなイケ散らかしにあんなナチュラルに手を繋いだり、抱きしめたり髪や頬に触れたりされたら惚れてまうやろー!笑 恋愛上級者として真面目な恋愛赤ちゃんから振られないように駆け引きしてるのもカッコよくて、常に見守ってくれてるぱ様の何がダメなんですか?と聞きたい🤣 まぁ最初に好きになった人は運命の人だからなかなか忘れられないが王道ですけども🤭