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 それから一時間ほどで階段から聞こえてきたのは騒がしい声。

 先程のギルド職員の女性の声だ。


「いいから早く来てくださいよ! 大変なんですから!!」


「大変なのはこっちだ……減俸処分だぞ? そもそもロイドを推そうと言い出したのは本部なのに、なんで私がこんな目に……。はあ……また女房にどやされる……」


 ようやく顔を見せた支部長のおっさんは、なんというかやつれていた。

 本部でこってり絞られたのだろう。すでに満身創痍で、俯き加減に視線を落とすその様子は、やる気の欠片も感じられない。


「お待たせしました……」


 なんで呼んだんだよと言わんばかりに恨めしい目を俺に向けると、不貞腐れながらもテーブルの前へと立った。

 そこに置いてあったのは鑑定用の水晶に適性辞典。そして、薄紫色にうっすらと輝く一枚のプレート。

 それに気付いた支部長は、カッ! っと目を見開き、プレートを見ては俺の顔を見る……という動作を三度繰り返すと、先程までのやる気の無さがまるで嘘のように活気づいた。


「はじめまして九条様! わたくし当ギルドの支部長を任されているロバートと申します! それで、本日はどういったご用件でしょうかッ!?」


 あまりの豹変ぶりに唖然としつつも、本題はここからである。

 なんとしてもこちらの要望を聞いて貰わなければならない。


「見ての通り俺はプラチナのようなんだが、コット村で活動させてほしい」


「ええええ……」


 一瞬にして困った様子。なんとか表面上は笑顔を保ってはいるが、目元がピクピクと痙攣している。

 無理を言っているのは、百も承知。

 ネストとバイスはロバートの顔色がコロコロと変わるのを見て、笑いを堪えていた。


「申し訳ありませんが、それは出来かねます……」


 マニュアルではそうなのだろう。さっきも職員の女性から同じことを聞かされた。


「プラチナはスタッグの”専属”って事になるんですよね?」


「左様でございます。この国のどこの都市で登録されても、本部のある王都にホームを移していただく必要がございます」


 ホームとは”流れ”の冒険者が拠点にしている場所のことを指す。

 連絡先として宿泊先の申請をすることで、緊急の依頼など優先的に声がかかるようになるのだ。

 必須ではないが、緊急依頼の報酬は比較的高額である為、短期滞在でない限り申請を出す冒険者が殆ど。


「じゃあ、ミアをここのギルドに異動させてくれ」


「ええええ……」


「ぷぷっ……」


 なんとか笑いを堪えていたネストとバイスは、それを抑えきれておらず、それを知ってか知らずかロバートは渋い表情を隠そうともしない。

 傍から見ればクレーマーだ。きっと面倒臭い客が来たと思っていることだろう。だが、ネストとバイスには強気でいけと言われていた。


 この世界で現在プラチナプレートとして登録されている冒険者の数は十二人。

 その内、この国に在籍しているのは僅か二人だけ。そこに三人目として現れたのが、俺である。

 プラチナプレート冒険者の存在は、国力にも関わる重要なもの。故にそれだけの価値がある。

 別の国で登録されでもしたら、スタッグギルドとしては大損害。その責任問題はロバートにも及ぶだろう。


「申し訳ありませんが、それも出来かねます……」


「何故です?」


「職員の異動は人事部が管理しておりまして、すぐに異動という訳には……」


「じゃあ、出来る限り最短で異動させればいい」


「い、一応確認しますが、異動させたとしてもプラチナの担当職員はゴールド以上と決まってますので……」


「じゃあ、ミアをゴールドにすればいいじゃないですか」


「ええええええ……」


「ぶはっ……」


 ネストはギリギリ耐えていたが、バイスはついに吹き出してしまった。

 自分の膝をバシバシと叩きながらゲラゲラと笑う。

 支部長は笑い転げているバイスの方を見ようとはしないが、頭に血管が浮き出そうなほどには憤慨しているに違いなかった。


「も、申し訳ございません九条様。こちらにも規則というものがございます。九条様以外のプラチナの方は同じ待遇でございますので、九条様だけ特別扱いする訳には……」


「……はあ、そうですか。じゃあ仕方ないですね。無理を言ってすいませんでした」


 大きなため息をついて、説得を諦める素振りを見せる。

 それを聞いたロバートと職員の女性もホッと安堵したようで、ようやく折れてくれたと胸を撫で下ろした様子。

 しかし、それに異を唱えたのは他でもないミアである。


「やだ! 私はお兄ちゃんと一緒がいい! ずっと一緒だって言ってくれたのに!!」


 ミアは俺に抱き着き、服の裾を力強く握りしめた。

 瞳にはうっすらと浮かぶ涙。その姿に心を揺さぶられぬ者などいないだろう。


「ロバートさんにご家族は?」


「……妻と娘がおりますが……それがなにか?」


「ロバートさんは娘さんとの約束を破ったことがありますか?」


「それは……」


「お兄ちゃん行っちゃヤダ! お兄ちゃんと一緒にいたいよ!」


 ぐずるミアを見て、ロバートは酷く動揺していた。

 その姿が娘とダブって見えているなら、成功である。


「くうッ……」


 バイスもネストも、それには俯くほかなかった。

 それは、ミアの悲痛な叫びに心を打たれたように見えただろう。

 しかし、実際はその逆。先程と同様、笑いを堪えているだけである。

 それというのも、これは演技であり台本通りだからだ。


 ――これは、バイスが飲み屋で聞いた話。


 ある日、ギルドに緊急の案件が飛び込んできた。

 それにより、ロバートは急遽出勤せざるを得なくなってしまったのだ。

 しかし、その日は娘の五歳の誕生日。

 『パパ! 今日は私の誕生日だよ!? 一緒にいるって約束したのに! パパの嘘つき!!』

 妻が娘をなだめ、それでも泣きわめく娘を背に、ロバートはギルドへと出社した。

 その後、しばらく娘は口を利いてくれなくなったらしい。

 家族よりも仕事を優先した。それを毎度、美談や武勇伝のように語るロバート。

 ギルド職員たちは酒の席で耳にタコができるほど聞かされているらしく、バイスはそれを飲み屋のオーナーから聞いていた。

 それを上手く使えないかと考えた結果が、これである。


 その精神攻撃たるや凄まじい威力を見せていた。

 それ故、バイスとネストは笑いを堪えながらも、若干引いていたのだ。

 しかし、ロバートは折れなかった。それは最早プロ根性といってもいいだろう。


「くっ……。確かに約束を守れず娘を泣かせてしまった事はあります……。しかし、それとこれとは別の話。ご理解いただきたいッ!!」


 頑なに譲らない。それは、ロバートの目を見れば一目瞭然と言わんばかりの信念が込められていた。


「はあ、これでもダメなら諦めるしかないか……」


「……え? お兄ちゃん? 嘘……嘘だよね?」


 ミアの表情に不安と焦りの色が混じる。これは演技ではなく本心だろう。

 それを好機と見たロバートは、気の変わらない内にとっとと登録作業をしてしまおうと、用意した書類の束をテーブルの上に広げた。


「では、九条様。こちらの規約をお読みになり……」


「いや、必要ない」


「……は?」


「俺は、冒険者を辞めることにした」


 皆が絶句した。その意味を理解するのに時間を要したのだ。

 ギルド側が譲歩するか、俺がギルドの条件を呑むかの二択だと思っていたのだろうが、出てきた答えは第三の選択肢。


 冒険者を辞め、自由に生きるということ――


 ミアはギルドとの契約で、辞めることが出来ない。それが孤児を雇い入れることの条件だと聞いている。

 ミアが俺に合わせられないのならば、俺がミアに合わせればいいだけのこと。

 最終手段ではあるが、冒険者なんぞに未練はない。カネを稼ぐだけなら、冒険者じゃなくてもいいのだ。


 顔を上げて呆気に取られているミアを、笑顔で抱きかかえる。


「よし、用事は終わりだ。帰るぞミア」


「ちょっと待って! 本気なの九条!?」


「ええ」


「プラチナだぞ!? 毎月金貨五十枚だぞ? 本当にいいのか!?」


「別にカネがほしくて冒険者をやっていた訳ではないので……」


 この世界に投げ出された時は無一文だった。生活の為にもお金が必要だったが、それだけだ。

 元の世界では、新しいパソコンやスマホ。欲を言えば車など、欲しい物はいくらでもあったが今は違う。

 車の代わりに馬でも買えと? バカを言うな。車よりも維持費がかかり、毎日世話をしなければならない。面倒臭いうえに時間まで取られる。

 現代を生きてきた俺にとって、この世界で欲しい物などなにもない。

 冒険者は自由な職業だと言われているようだが、これのどこが自由なのか……。

 今の所持金は金貨百五十枚程度だが、これだけあればしばらくは暮らしていける。

 金がなくなればダンジョンにでも住めばいい。必要なのは食費だけ。電気代もガス代もいらない。冒険者を辞めてもなんの心配もないのだ。


 俺は、首に掛けていたカッパープレートを外すと、テーブルの上にそっと置いた。

 元々俺のプレートではないようだが、仮とはいえしばらくは身につけていた物。そう思うと少しだけ感慨深い。


「では失礼します。バイスさん、ネストさん。短い間でしたが、ありがとうございました」


「九条……」


 丁寧に頭を下げる。そこに感情はなく社交辞令的な挨拶ではあったが、礼儀は大事だ。

 重苦しくなってしまった雰囲気への謝罪でもある。


「九条。ひとまず落ち着け。……そうだ。この後の打ち上げだけでも来いよ!」


「いえ、もうギルドとはなんの関係もないので、遠慮させていただきます」


 覚悟を決めたのだ。引き留められても、それに応じるつもりはない。


「あ、そうでした。カガリのプレートは街を出る時に衛兵の方に渡しておきます。今返してしまうと、街中で騒ぎになるかもしれませんので」


 最後に軽く一礼してミアの手を取ると、振り返ることなく階段を降りて行く。


「お兄ちゃん……。本当にいいの?」


「ああ」


 今日は一晩だけ宿を取ろう。カガリも一緒に泊れる所となると、すぐには見つからないかもしれないが、これだけ大きな町だ。どこかしらにあるだろう。

 空いた時間でコット村までの乗合馬車を探し、明日帰路につけばいい。


 階段を降りこれからの予定を考えながらも、ギルドの扉に手を掛ける。


「お待ちください。九条様!」


 ギルド中に響き渡るほどの大声。

 誰もがそこに視線を奪われ、それは俺自身も例外ではなかった。


「まだ、なにか?」


 汗だくで立っていたのはロバート。

 三階から一階まで駆け降りたのだろうが、それだけでその有様であるのならば、もう少しダイエットした方がいい。


「二週間……。いや、一週間だけ待っていただけないでしょうか! 私の一存では決めかねます。本部から出来るだけ譲歩を引き出して見せますので、少しだけ! 少しだけお待ちいただきたい!」


 視線を落とし、カガリに視線を向ける。


「嘘ではありません」


 静まり返るギルド内。辺りを見渡すと、全員が俺の返事を固唾を呑んで見守っていたのだ。


「はあ。ミアが担当ならカネも家もいりません。俺が言いたいのはそれだけです」


「お任せください!」


 ロバートは力強く言い切ると、手に持っていたプラチナプレートを差し出した。

 若干の戸惑いはあったものの、それを受け取りポケットへと仕舞う。


 ロバートの心境の変化はわからない。

 俺を説得するより本部を説得した方が良いと判断したのか、それともただの時間稼ぎか……。

 その真意は定かではないが、ロバートの熱意に負けた俺は、一週間だけ待つことにしたのだ。

死霊術師の生臭坊主は異世界でもスローライフを送りたい。

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