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呑み処ビバーク。元の世界で言うところの大衆居酒屋である。バイスが貸し切りにした二階建ての飲み屋だ。
広さはコット村のギルドとほぼ同じ。一階には四人が座れる丸いテーブルが二十弱と気持ち程度のカウンター席。二階は踊り場になっていて、そこにも五つほどテーブルが並んでいる。
そこでは、料理や酒を大量に持った給仕が忙しそうに右往左往し、多くの冒険者やギルド職員が思い思いに飲んだり食ったりと大宴会が開かれていた。
バイスは公平にとロイドとマルコも呼んだらしいが、その姿はない。
俺は一度断った手前、参加するつもりはなかったのだが、「九条の祝勝会なのに本人がいないのはおかしい」と半ば強引に連れて来られ、小さな樽のようなジョッキを片手に、チビチビと酒を煽っていた。
「いいじゃねえか! 少なくとも結果が出るまでの一週間は冒険者なんだ、そんなに気にすんなよ!」
「はあ……」
「くじょーがおうけんひゃつづけられりゅように、わらひがあちゅりょくかけりゅかららいじょ~ぶらよ。わらひにはひしゃくがあるんやから」
「は? 柄杓?」
ネストはすでに出来上がっていた。
二階にいるのは俺たちだけ。最初は皆自由に飲み食いしていたのだが、それにかこつけて俺やバイスに担当にしてくれとせがむギルド職員が後を絶たなかった。
正直悪い気分ではなかったが、それを見ていたミアはご立腹である。
ギルド職員が俺に近づかないようガッチリとガードしていたのだが、一人で捌き切れる人数ではなかったのだ。
最終的に、俺たちはミアの提案で二階へ移動。
階段途中の踊り場にカガリを配置することによって、事なきを得たのである。
「カガリ! 他の職員が上がってきたら威嚇して追い払って!」
効果はバツグンであった。
カガリに睨まれれば酔いも醒めるというものだ。
それ以降階段を登ろうとする者は出ていない。
「……なんで私がこんなことを……」
愚痴をこぼすカガリを横目に二階から下の様子を眺め、バイスと共に酒を交わす。
店内は活気に包まれていて、騒々しくも感じてしまう。
ゲラゲラと大声で笑う者に、酔っ払い歌いだす者。支部長が涙しているのは、娘の話をしているのだろう。
だが、その雰囲気は悪くなかった。空になった酒のジョッキを傾ける。
「俺の要望を通すのは難しいでしょうか……」
「正直半々ってところじゃねえかな。プラチナの冒険者ってのはギルドに所属するというより国に所属するって言った方がニュアンス的には近いんだよ。国同士でプラチナ冒険者の保有数を競ってる位だからな」
「国に所属?」
「ああ。ギルドはどの国にも属さない中立だ。だがプラチナだけは違う。プラチナも基本は他の冒険者と同じように好きな所へいける。国を跨いでも構わない。だが国同士が争った場合、話は別だ。プラチナは所属国に力を貸すことになる。そういう事もあってプラチナの冒険者は優遇されるんだ。もちろん戦争が起きたからといって、百パーセント駆り出されるわけじゃない。国がギルドを通して依頼をするという形になるはずだが……」
俺たちが見ていることに気づいたのか、一階にいた数人の冒険者が手を振った。
バイスはそれに笑顔で手を振り返す。
「ギルドは今日の事を王宮に報告するだろう。その上で判断するはずだ。九条が別の国でプラチナとして登録したら、それはいざという時敵になるという事だからな。慎重にもなるさ……。逆に九条がプラチナを捨て、冒険者を辞めたとしよう。そうなりゃ別の国からスカウトがわんさかやって来るぞ?」
「なんか話がデカくなってきましたね……。やっぱ辞めようかな……」
「大丈夫だって! 俺とネストが辞めさせねえから。ギルドにガチガチに圧力かけてやるから期待して待っとけよ。貴族舐めんなよ? ワハハ……」
バシバシと俺の背中を叩きながら豪快に笑うバイス。
振り返ると、ネストはミアと共に机に突っ伏して寝てしまっていた。
――――――――――
街灯の灯りも疎らな深夜。楽しかった宴会も終わりを告げ、バイスはネストを、俺はミアを背中に乗せてバイスの家へと向かった。
呑み処ビバークからネストの家までは徒歩だと四十分。
乗合馬車も出ていないこの時間ではさすがにそれは遠すぎると、徒歩十分程度で帰れるバイス邸へお世話になることになったのだ。
結局、居酒屋の貸し切りに掛かった金額は金貨八十枚。バイスはそれを嫌な顔ひとつせずに支払った。太っ腹である。
バイス邸もネスト邸に負けず劣らずの立派なお屋敷。一般人では手が届かないであろう豪邸だ。
当たり前のように執事が迎え入れ、俺たちは使用人によって客間へと案内された。
部屋にはベッドが二つ。俺の背中で起きることなく揺られていたミアをベッドに寝かせ、隣のベッドで横になる。
ミアの過去。ロイドとの模擬戦。プレートのことなど、目まぐるしい一日だった。
バイスの話を聞いて、他の国に行くという選択肢もあるのかとも思ったのだが、ダンジョンの存在がそれを許してはくれないだろう。離れすぎるのは得策ではない。
ギルドにかける圧力がどれほどのものなのかは想像もつかないが、現時点では辞める事になるだろうなと考えていた。
隣のベッドで幸せそうに寝ているミアをじっと見つめていると、そのまま自然と瞼が重くなり、長い長い一日がようやく終わりを告げたのだった。