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「さあて葵。覚悟はできてるかな?」
「は、はは、はい。で、できております憂くん様」
あれから。
葵は少しずつ元気を取り戻した。
竹田さんに対する想いは、きっと複雑なものがあっただろう。でも、抱き締め合う中で、葵は『私も頑張る』と言ってくれた。何をどう頑張ろうとしているのかは分からなかったけど、僕はあえて訊かなかった。
頑張れるだけ頑張ればいい。それでもし何かあったとしても、その時は僕が葵のことを支える。支え続ける。
だから、今は二人で前を見て一緒に真っ直ぐ進もう。
『その時』がやって来るまで。
* * *
「さあて葵。覚悟はできてるかな?」
「は、はは、はい。で、できております憂くん様。で、ででで、でも! な、なるべく優しくしてください……」
竹田さんとは『お見舞い』という体で葵の家を訪ねることになっていたけど、本当はこっちがメインなのだ。
「こっちが」というのは、それはもちろん学生の本文である勉強を教えるためだ。期末試験はもう目の前まで来ているし。
に、しても葵、怯えすぎじゃない? まるで僕がこれから折檻でもするみたいじゃん。僕の教え方はそこまでスパルタじゃないのにな。
うん。気になるから訊いてみよう。
「ねえ葵? なんかいつもより数段怖がってるけどどうしたの?」
「あ、やりすぎちゃった? ごめんね。心配かけちゃった?」
あれ? 普段の葵に戻ってる。さっきまでとは大違いだ。ケロッとしてる。というか、『やりすぎちゃった』って何?
「えーっとね。ちょっと怖がってる振りをしたら『今日は勉強やめておこうか』みたいなことを言ってくれないかなあ、なんて思って。演技してた」
「嘘でしょ!?」
えー……。まさか演技までするとは。というか、そこまで勉強したくないって色んな意味ですごいと思うよ。
これは逆に怯えさせた方がいい気がしてきた。
というわけで、『怯えさせタイム』開始。
さっそく、僕は葵に近付いてそっと耳元で囁いた。優しく。分かりやすく。そして怯えさせるために。
「追試(ボソッ)」
「いやあーー! やめて!!」
思っていた以上の反応だった。両耳を手で塞いで本気で怖がってる。しかしなるほど。葵には意外と効果あるんだ、これ。あとでメモしておくとしよう。
「留年(ボソッ)」
「イヤァーー!!」
「中退(ボソッ)」
「やめてぇーー!!」
「中卒で就職(ボソッ)」
「もうダメェーー!!」
なんだろう。葵の叫び声、誰かが耳にしたら僕がR18的なことをしてるみたいに勘違いされると思うんですけど。というか、葵のこの大きな叫び声って外に漏れているような……。
うん。これにて『怯えさせタイム』終了。誰かに聞かれたら恥ずかしすぎる。
「ねえ葵。なんでそこまで勉強したくないの? 怯えて叫ぶくらい赤点取るのを怖がってるのに」
「それはそうなんだけど……。なんていうか、き、緊張してきちゃって」
「緊張? 赤点を回避するだけでいいのに?」
「それが難しいから緊張してるの! 私の人生がかかってるんだよ? 彼氏なんだったらそれくらい理解してよね!」
うわあ、逆ギレですかそうですか。しかし、赤点を回避するのが難しいって……。理解してと言われても理解できないっていうの。
「緊張してる場合じゃないでしょ。それじゃ、とりあえず教科書を出して」
「そ、それはそうだけど……。そうだ! とりあえず、慣らし運転としてまずは人生のお勉強から――」
「許しません。当分の間は人生のお勉強は禁止です」
「え!? そ、それじゃ私は一体これからどうやって生きていけばいいの!? 人生のお勉強が許されないとかしたら私の人生終わっちゃうよ!」
「人生が終わっちゃうって……。赤点取っても同じようなものでしょ」
「うっ……それはそうだけど……」
まあ、気持ちは分かるけど。恐らく今の葵は『追試』や『留年』というプレッシャーから完全に思考がマイナスにベクトルが向いてしまっている。これ以上厳しいことを言っても逆効果にしかならないだろう。
でも、ひとつだけ言いたい。マイナス思考は僕のキャラだから。唯一の特徴だから。それを奪わないでほしい。
……マイナス思考が唯一の特徴か。悲しくなってきたよ。
しかし、この後の葵の一言で流れが一変する。空気の色が、一瞬にして日が沈んだ夜空の色から桃色に変わるくらいに。
「あ、あのさ。もし私が赤点を回避できたら、特別に、ご、ご褒美をくれない……かな?」
『第24話 葵のおねだり【1】』
終わり