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萩原なちち
「その『かっこいい』は、口癖ですか?」
斜めにグラスを傾け、頬杖をつきながら、いつきさんが楽しげに聞いてくる。
これは……絶対に確信犯だ。僕が彼に好意を抱いていることを、本当は見抜いた上で楽しんでいるんじゃないだろうか。
「あ、いや、その……すみません。以前、お友達といらした時に女性のお名前が出ていたので。てっきり、彼女さんかと」
「んー……詳しくは言えないけど、俺、『人の好きな人を見抜くのが得意』って言ったでしょ? 分かっちゃうんだよなぁ。だから、ちょっといいなと思っても、そこからは踏み込まない。結果、ずっと一人なんだけどね?」
よかった。彼女の件は、なんとか誤魔化せたみたいだ。
それに、お酒が進んだせいかいつきさんの口調がタメ口に変わってきた。その少し崩れた距離感が、たまらなく嬉しい。
「……いつきさんなら、誰だって絶対振り向いてくれるのに」
「付き合えたとしてもさ、心残りとか……そういうのに気づいちゃうんだよ。その子の好きな人が、もし俺の友達だったりしたら余計にね」
喋りすぎた、と苦笑して、いつきさんは最後に残ったシャンディガフを一気に飲み干した。
完璧に見えるこの人にも、そんな葛藤があるんだ。無敵だと思っていた彼の、人間らしい「弱さ」に触れた気がした。
「……今度、」
「ん?」
待って、僕は何を言おうとしているんだ。
でも、場を和ませるなら今しかない。出会ってから一度も、僕はいつきさんの前で面白いことなんて言えていないんだから。
「今度……もし、何か、いつきさんの心が折れるようなことがあったら。僕が、慰めてあげます。いつきさんは一人じゃないって……抱きしめてあげますから」
……あれ? これ、全然面白くない。
冗談にもなっていない。ただの僕の、剥き出しの願望じゃないか。
「……あはは。かぁわいいね、ゆうたくん」
「……もう。いつきさん、酔ってるでしょう?」
いつきさんはテーブルに突っ伏して、クスクスと笑い続けている。
よかった……。こんな台詞、いつきさんが素面の時に言っていたら、また空気を凍らせてしまうところだった。
「ん。ゆうた……手、出して」
「手……ですか?」
それより。さらりと呼び捨てにされたことに、心臓が跳ねる。
促されるままゆっくりと出した僕の手に、いつきさんの小指が絡まった。
……なに、この、熱くてエロい儀式。指先が触れ合っているだけなのに、全身の熱がそこに集まっていくみたいだ。
「……俺、今、迷子なの。だから、『そっち側』にいかせて?」
絡められた小指に、ぐっと力がこもる。
「本当は甘えん坊で、ビビりで、一人じゃ何もできない。……だから、俺のこと、側で見てて」
これって、告白……?
どのタイミングで、どうしてそうなったの?
こんなに難解で、こんなに甘い言葉。一体どうやって理解すればいいんだ……!
「……『そっち側』って」
ゆっくりと、震える息を飲み込む。
いいの……? 寂しいから、僕の側にいたい。そう受け取っていいんだよね?
「……僕も、いつきさんの側にいたいです。きっと二人なら、なんだって乗り越えられますから」
ぎゅっと、絡まった小指ごと手を握り返す。そのまま、いつきさんの大きな手を自分の頬に当てて、じっと見つめ合った。
あぁ……もう、めちゃくちゃにかっこいい。今すぐキスしたい。その切れ長の瞳に、僕の隅々まで映して、めちゃくちゃにしてほしいのに。
「……ゆうた」
「はい……」
とうとう、いつきさんからの決定的な言葉がくる。
さっきみたいな難解な比喩じゃなくて、ちゃんと僕に届く言葉を……。そうしたら、僕も精一杯の想いを込めて返事をするから。
「……眠い。おやすみ」
「えっ!?」
パタッ、と。
いつきさんはテーブルに突っ伏したかと思うと、一瞬で健やかな寝息を立て始めた。
……なにこれ。今、世界で一番いい雰囲気だったよね!?
「……寝顔、可愛すぎんだろ」
透き通るような白い肌、意外とぷにぷにした頬。
ここぞとばかりに、いつきさんの顔に指を滑らせる。
焦っちゃダメだ。さっきの言葉だって、酔った勢いでつい出ただけかもしれない。たまたま側にいたのが僕だっただけで、本当は忘れられない誰かがいるのかも……。
「……いつきさん、お家帰りましょう? 僕、送っていきますから」
「……ん。財布の中……免許、入ってる……」
「はい、お借りしますね」
酔っているとはいえ、個人情報の塊を預けてくれるなんて。信頼されているのが伝わって、少しだけ胸が温かくなる。
タクシーを呼んでもらい、店を出る。シャンディガフ二杯でこうなってしまうなんて、よっぽど疲れていたんだろうな。明日も仕事だろうし、早くベッドに寝かせてあげなきゃ。
「いつきさん、暗証番号……お願いできますか?」
「ん……はい……」
僕より一回り大きないつきさんに肩を貸すのは、正直、体力的にはかなりきつい。
「抱きしめてあげる」なんて豪語したけれど、線の細い僕ではまだまだ頼りないかもしれない。いつきさんに相応しくなれるよう、もっと努力しなきゃな。
オートロックはなんとか突破。次はエレベーターに乗って……って、あれ。
部屋、何号室だったっけ? さっきお財布に免許証を戻しちゃったから、また確認しなきゃ。
「ふふっ……くすぐったい……」
「ごめんなさい、いつきさん。僕、お財布どこにしまいましたっけ?」
エレベーターの床にぺたんと座り込んでしまったいつきさんのスーツを探る。
落とさないように内ポケットに戻したんだっけ? 焦っていて記憶が曖昧だ。
それにしても、本当によく眠る。
こんなに声をかけて、体をペタペタ触っているのに、全然目が開かない。
……これ、もし悪い奴だったら、いつきさん丸裸にされてるよ?
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