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#関西弁
萩原なちち
99
密室に、二人きり。目の前には、無防備に目を閉じている大好きな人。
部屋に着けば、流石にいつきさんも目を覚ますかもしれない。そうなったら、もう……。
「……ちょっとだけ」
まだ「好き」だと言われたわけじゃない。さっきの言葉だって、告白だったのかどうか今考えるとあやふやだ。
もし、あれが勘違いだったとしたら。もう二度と、こんなチャンスは来ないかもしれない。
ちゅっと、微かな音を立てて。
いつきさんの薄くて綺麗な唇に、自分のそれをそっと重ねた。
……やだ! 僕、意識がない相手に何してんの!? 犯罪じゃん!!
「……ん?」
「……っ! ごめんなさい! あの、部屋番号が分からなくて! あと、部屋の鍵ありますか!?」
ゆっくりと瞼を持ち上げたいつきさんから、慌てて顔を背ける。
やばい、罪悪感で直視できない。顔が火を噴きそうに熱い。
「……あ、ごめんなさい。俺、また悪酔いしちゃいました……?」
「本当に毎回、上司に怒られるんだよなぁ」とぼやきながら、いつきさんがゆっくりと立ち上がる。
よかった……! バレてない! セーフ!!
「お疲れだったんですね。僕、これで帰ります。目が覚めて安心しました」
大丈夫。何事もなかったみたいに話せてる、はずだ。
早く帰りたい。一刻も早く一人になって、この唇に残った余韻にどっぷりと浸りたい。
「本当に、ごめんなさい! あ……もしよかったら、今から部屋で飲み直しませんか? 明日、定休日ですよね?」
行きたい! 死ぬほど行きたい!!
でも、今のこの「甘いパニック」を噛み締めるために、早く帰りたい自分もいるんだ。
「……定休日といっても、家仕事が溜まっているので。いつきさん、お疲れみたいですし、お酒はまた改めて」
「……そうですか。じゃあ、またLINEします」
「はい。おやすみなさい」
「……おやすみなさい、ゆうたさん」
エレベーターの扉が閉まるまで、いつきさんはずっと手を振ってくれていた。
優しい。かっこいい。最高。
肩を貸して歩くのは大変だったはずなのに、今はもう「ラッキーだった」としか思えない自分がいる。
「……定休日に合わせて、飲む日を決めてくれてたんだ」
きゅんきゅんと胸が締め付けられて、どうにかなりそうだ。
それにしても、肩を貸した時のいつきさんの体……しっかり筋肉質で、すごく綺麗だった。あのスーツの下に、どんな裸が隠されているんだろう。
今日、誘われるがままに部屋に入っていたら。お酒に弱いいつきさんのことだから、あんなところやこんなところまで、見られたかもしれないのに。
……でも。
きっといつきさんからしたら、デザイナーである僕から聞きたい仕事の話が山ほどあったんだろうな。僕だけが、こんなに不純なことばかり考えて。
それから、一週間。
一通の連絡もなく、僕はどん底にいた。
もしかして、あの「ちゅう」が実はバレていたのか。それとも、誘いを断ったのが失礼だったのか……。
「……こんにちは、ゆうたさん! この間は、本当にすいませんでした!」
不意に店のドアが開いて、聞き慣れた明るい声が響く。
一週間の悩みなんて一瞬で吹き飛ばすような、眩しい笑顔がそこにあった。
モヤモヤしていたところに、スーツの上着を腕に引っ掛けたいつきさんがお店に突撃してきた。
よかった……。僕、嫌われてたわけじゃなかったんだ。
「いや、全然! 僕は楽しかったです。いつきさんをお部屋まで送り届けるミッションは、完遂できませんでしたけど」
「……本当に、記憶がなくて。俺、失礼なことしませんでしたか? 自分で誘っておいて、飲み代もタクシー代も払ってもらっちゃって……。なんて謝ったらいいか迷ってたら、こんなに時間が経っちゃって。本当に、ごめんなさい!」
深く頭を下げるいつきさんに、なんだか気まずい空気が流れる。
……っていうか。いつきさん、シャツが汗で少し透けてる。
そんなの目のやり場に困るし、不謹慎だけどめちゃくちゃエロい。
「ほんま、この人お酒入るとヤバいでしょ? 僕と初めて飲んだ時も家までついてこられて、シャワーも一緒に入ろうって突撃してくるし、ちんこ丸出しで部屋の中歩き回るし。もう大変やったんですから!」
え……。
いつきさんの後ろから、関西弁の「可愛いの」がひょこっと顔を出した。
なに、今の……。めちゃくちゃマウント取られてる?
「こら、しゅうと。うるせぇ、黙ってろ」
「……この人、僕の妹の婚約者なんです。婿養子に入ってもらって、僕の代わりに将来社長になる人なんです。だから、これ以上関わるのやめてもらっていいですか?」
「……え?」
いつきさん、恋人はいないって言ったじゃん。
なんで僕に嘘をついたの? 僕を可哀想だと思ったから合わせてくれただけ? それとも、婚約者は「恋人」にはカウントされないっていう考えなの……?
「何言ってんだよ。しゅうと、その話はこないだしただろ?」
うわ、いつきさん、めちゃくちゃ焦ってる。
もしかして、あれって全部「酔ったフリ」だったの? 僕をたぶらかして、仕事のノウハウをタダで聞き出して、利用するだけしたら捨てるつもりだった?
でも、社長になるような人が、僕みたいな小さいお店のことなんて知って何の得があるんだ……?
「……なぁんて、まぁ全部嘘ですけど! 僕、しゅうとです。いっちゃんが『ゆうたさんにどうしても会いたい!』って言うから、無理やり一緒に連れてこられました」
「いや、お前が勝手についてきたんだろ。こっちはどう謝ろうか、緊張でそれどころじゃないのに!」
「はぁ!? 一人で会うの怖いって、俺の前でメソメソ言ってたじゃないですか! あれは絶対に『ママ、一緒についてきて!』っていう意思表示でしょ?」
「誰がママだよ。こんなお喋りなママこっちが願い下げだわ」
「……ふふっ。お二人は、仲良しなんですね」
なんだろう。二人の空気感に、全然入っていけない。
こないだは人数も多かったし、みんな仲が良さそうだったから気にならなかったけど。
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