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フローレンシア聖花国の王宮に異国の騎士たちの怒声が響く。ノルデンフェルト帝国に攻め込まれてからわずか二日後、その圧倒的な武力によって王宮は陥落した。
季節の花々が咲き乱れる美しい庭園は無残に踏み荒らされ、王宮内の調度品や宝物も次々に略奪されている。まさに悪夢のような光景だったが、これはたしかに現実の出来事だった。
「国王と王子は死んだ! 王妃と王女を探せ! どこかに隠れているはずだ!」
「神宝花の在処を吐かせるんだ!」
騎士たちの足音が響く中、小さな隠し部屋の隅で王妃が愛娘を抱きしめていた。
「……ここが見つかるのも時間の問題ね、ルツィエ」
フローレンシア聖花国の王女ルツィエが、綺麗な水色の瞳から大粒の涙を流した。
「お父様とお兄様が殺されるなんて……」
ほんの数日前までは、二人とも元気に生きていたのに。
庭園の薔薇で作った花束を渡したら、ありがとうと言って抱きしめてくれたのに。
腕の中ですすり泣くルツィエの頭を王妃が優しく撫でる。
それから、ドレスの胸元に差していた一輪の花を抜き取った。
ひらひらとしたシルクのような花びらが幾重にも重なった乳白色の花。実はこれこそがノルデンフェルトの騎士たちが血眼になって探しているものだった。
神宝花──聖花神の加護の証であり、決して枯れることのない特別な花。薄く柔らかな花びらの1枚1枚に神聖な力が宿っている。
ノルデンフェルト帝国はこの花を手に入れるために、長年戦とは無縁だったフローレンシアに攻め込んだのだった。
「……女神様、どうか少しだけ御力をお分けください」
王妃が女神に祈りを捧げ、神宝花の花びらを1枚千切る。
すると花びらが淡く発光したのと同時に、神宝花がルツィエの額に吸い込まれるようにして消えた。
「お母様、今なにを……?」
一体何が起こったのか分からず尋ねると、王妃はルツィエの手を取り、言い聞かせるようにして答えた。
「ルツィエ、あなたの中に神宝花を封印したわ」
「え……私の中に?」
「ええ。神宝花に秘められた力は武力にはなり得ないものだけれど、戦争まで仕掛けて奪おうとしている国の手には、決して渡してはいけない。だからあなたが隠し持って、逃げのびてちょうだい」
「そんな、私ひとりで逃げるなんて無理です……!」
ルツィエがぽろりと涙を流すと、頬から落ちた涙が神宝花の花びらとなってふわりと舞った。
「あっ、花びらが……!」
床に落ちた花びらを王妃がそっと手に取る。
「……これはきっと、女神様の思し召しだわ。泣かないで。笑っていなさい、ルツィエ」
「そんなこと……」
「ほら、神宝花が見つかってしまってはいけないでしょう?」
「ですが……!」
王妃は拾った花びらを手に取ると、また女神に祈りを捧げた。
「ノルデンフェルトの者たちに殺された人々の魂を、女神様の御許にお導きください」
その切なる祈りを叶えてくれるかのように、花びらが淡く光って消える。それを見届けて安堵したように息を吐いたあと、王妃はルツィエに向き直り、タペストリーの掛かった石壁を指差した。
「さあ、行きなさい。その秘密通路から外に出られるわ。私は残って時間を稼ぐから早く──」
しかしその時、隠し部屋の扉が開き、歪んだ笑みを浮かべた男が顔を出した。
「なんだ、こんなところに隠れていたのか」