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第160話:ケロリン桶のスマッシュ
俺の破天荒極まりない「地熱膨張による地下水噴出および鉱物プランクトンの乱反射説」が、広大な十勝の秋空に響き渡った直後。
古民家の裏庭に急造されたプラチナ色の天然温泉の周辺は、言葉を失った静寂に包まれていた。
湯船の中では、長年の深刻な腰痛や関節痛が一瞬で消え去った村のおばあちゃん達が、「おや、本当に腰が痛くないがね」「まるで20代に戻ったようじゃ」と、自分の肌をさすりながら歓声を上げている。
ハリウッド大女優のシャーロットも、プラチナ色のお湯に首まで浸かりながら、「信じられないわ……ハリウッドのいかなる高級エステも、このお湯の細胞修復スピードには勝てない!」と、その奇跡の効能に大興奮していた。
そして、その全てを全能の神のごとき風格で見下ろしているのが、俺の膝の上に鎮座する純白の神獣シロ様である。
彼女が細めた両目――湯煙の中で左右異なる神秘的な輝きを放つ『オッドアイ』の瞳が、朝陽を浴びてキラリと煌めいた。
左目の深いサファイアブルーは知性的な光を湛え、右目の気高き琥珀色はすべてを優しく包み込むような温もりを放っている。
シロ様は「フンス」と鼻を鳴らし、己の放った極上の神聖回復バフが完璧に機能していることに、実にご満悦の様子で尻尾を揺らしていた。
そんな、全人類が「神の奇跡」に涙し、三千万人を超えたリスナーたちが画面越しに拝み倒しているカオスな熱気のド真ん中で。
俺――アキヤは、軽トラックの荷台の上で、一切の表情を変えることなくタッパーの『冷やし玄米』と『大豆ミート』をストイックに咀嚼し終え、水筒の熱いほうじ茶をゆっくりと啜っていた。
「……よし。前線陣地における熱源流体の医療的効能(あくまで主観だが)および、国際的超重要人物の安全な保養(混浴)の継続を確認。これより指揮官は、本日の総括作業へ移行する」
俺が何事もなかったかのようにカメラに向き直り、キリッとした真顔のままで淀みのないフラットボイスを発動しようとした、まさにその瞬間だった。
小春ちゃんの堪忍袋の緒が、音を立ててブチ切れた。
「……鉱物プランクトンで、おばあちゃん達の頑固な腰痛が一瞬で完治するわけないでしょうがぁぁぁ機能性屁理屈男ぉぉぉ!!!」
小春ちゃんが完全に理性を消滅させ、物置から持ってきた黄色いプラスチック製の『ケロリンお風呂桶(永久不滅の耐衝撃仕様)』を、テニスのプロ選手さながらの完璧なバックハンドのフォームで振り抜いた。
バコォォォォォンッ!!!!!
乾いた、しかし文字通り脳髄を震わせるような凄まじい衝撃音が、十勝の静かな晩秋の山々に木霊した。
小春ちゃんの渾身の怒りが乗った黄色いケロリン桶は、俺の後頭部へと一切の狂いなくクリーンヒットした。
あまりの完璧なヒットぶりに、衝撃の余波で桶の内部から「カーン!」と甲高い残響音が鳴り響き、立ち込めていたプラチナ色の湯煙が放射状にフワッと吹き飛んだほどである。
だが、元・陸上自衛隊需品科の過酷な訓練と、ブラック企業の激務で鍛え上げられた俺の鋼の肉体(とポーカーフェイス)は、後頭部への直撃を浴びながらも、手元の水筒のカップを一ミリも揺らすことはなかった。
「……小春ちゃん。後頭部への物理的接触(ツッコミ)は、戦闘行動における不意打ちに相当する。需品科の防衛ラインとしては、次回からヘルメットの着用を検討せざるを得ないな」
俺が真顔のまま、少しだけ首の骨を鳴らして水筒のほうじ茶を啜ると、配信画面の向こうでは三千万人を超える世界中のリスナーたちが、腹を抱えて大爆笑の渦へと叩き落とされていた。
『ケロリン桶の後頭部クリーンヒットキタァァァァァ!!!(神の音)』
『今までのツッコミの中で一番いい音が鳴り響いたぞwwww』
『鉱物プランクトンでおばあちゃん達の腰痛が治るわけないwww小春ちゃん大正論すぎww』
『主の後頭部の耐久力どうなってんだよwwビクともしてねえぞww』
『(ドバイの石油王からの¥50,000MeTubeギフト)百連発』
『”An exquisite strike! Koharu, your bucket smash is worthy of a gold medal! I will buy that yellow bucket for 50 million yen as a historical monument!“(見事な一撃だ! 小春、お前の桶スマッシュは金メダルに値する! その黄色い桶を歴史的記念碑として5000万円で買い取るぞ!)』
『(ハリウッド女優シャーロットからの$5,000MeTubeギフト)』
『”Wow! What a beautiful sound! Akiya, your head is like an iron shield! Next time, let me try that smash!“(ワオ! なんて素晴らしい音なの! アキヤ、あなたの頭はまるで鉄の盾ね! 今度、私にもそのスマッシュをやらせて!)』
画面の向こうで世界中の大富豪たちが大熱狂し、オークションの金額がカオスな領域へと跳ね上がり、極彩色のスパチャが秋の夜空の星々のように乱舞する。
「シャーロットさんまで面白がらないでください! もう、お兄さんがどこまでもオカルトを自然科学で言い張ろうとするから、手が勝手にケロリンを振り抜いちゃったじゃないですか!」
小春ちゃんが顔を真っ赤にして息を切らしながら、手にした黄色い桶を抱きしめて凄まじいジト目を向けてくる。
だが、俺は静かに首を振り、膝の上のシロ様の純白の背中をそっと撫でた。
「小春ちゃん、取り乱すな。どれほどオカルト的な奇跡に見えようとも、我々は地に足をつけた現実のスローライフ(防衛戦)を営んでいるのだ。いかなる時も現象を合理的に分析する。これが我が陣地のロジスティクスだ」
「その分析が、世界中のどの科学者も呆れるレベルの無理矢理屁理屈だから怒ってるんですぅぅぅ!!」
小春ちゃんのキレキレの叫び声に、温泉でとろけていた村のおばあちゃん達や村長は、「アッハッハ! アキヤ君と小春ちゃんは今日も仲が良いのう!」「お湯も良いが、二人の掛け合いが一番の薬じゃわい」と、涙を流して大笑いしていた。
『ミャウ(ほんと、相変わらず桶で叩かれても治らない頑固な下僕ね)』
シロ様が呆れたようにその美しいオッドアイの瞳を細め、サファイアブルーと琥珀色の輝きを和らげながら、俺の頬にフサフサの尻尾をパタパタと当ててきた。
キタキツネのコン吉とコン次郎も、極上のシルク毛並みを誇らしげに揺らしながら、ヒグマの頭の上で「キュイン!」と楽しそうに鳴いている。
巨大ヒグマも「グルォォ……」と満足げに鼻息を漏らし、自分が掘り当てたこの極上の温泉が、人間たちをこれほどまでに笑顔にしていることを理解しているかのように、優しく目を細めていた。
やがて半日が過ぎ、大騒ぎの混浴パーティーが一段落し、大女優シャーロットが「また週末にヘリで来るわね!」と爽やかに去っていった頃には、十勝の限界集落に静かで平和な夜が訪れていた。
古民家の裏庭では、新しく誕生したクレーター状の湯だまりから、今もコンコンとプラチナ色の源泉が湧き出し、真っ白な湯煙が夜の冷たい空気の中に溶け込んでいく。
夜の闇の中で、温泉の液体そのものが、まるで星屑を溶かし込んだかのように優しくプラチナ色に自発光し、古民家の壁を幻想的に照らし出していた。
村長からは、すぐさま「この温泉を村の新しい公式名所『神獣もふもふの湯』として登録する!」と興奮気味の電話があり、村の再生に向けた確固たる一歩が刻まれることとなった。
俺は縁側に腰掛け、静かに夜風を浴びながら、新しく完成した温泉陣地を見つめていた。
俺の膝の上では、シロ様が丸くなって静かに寝息を立てており、その美しいオッドアイの瞳は穏やかに閉じられている。
「……まぁ、理由はどうあれ。これだけ広大で高熱の熱源が確保されたなら、これからの十勝の厳しい冬における、村全体の暖房コストおよび燃料問題(ロジスティクス)は永久に完全解決したな。費用対効果(コストパフォーマンス)としては最高だ」
俺はケロリン桶を食らった後頭部の鈍い痛みを少しだけさすりながら苦笑し、湯呑みの熱いほうじ茶をゆっくりと胃の腑へと流し込んだ。
激務に潰されて逃げ込んできた、この何もないはずだった限界集落。
最初は一人で静かに隠居するつもりだったが、今では世界一尊いオッドアイの神獣と、最強の土木工兵ヒグマ、世界一キレのある女子高生、そして世界中から温かい視線を送ってくれる何千万人ものリスナーたちに囲まれた、地球上で最もバグっていて、最も安全な『絶対の聖域』になってしまった。
神獣の魅せるプラチナの奇跡と、元需品科のブレない大豆ミート、そして限界突破したケロリン桶の快音。
限界集落に誕生した新たな名所(温泉)は、立ち上る真っ白な湯煙と共に、明日からのさらに賑やかで温かい日常の物語を、どこまでも力強く紡いでいくのだった。
ゆうき あきや
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#心理描写重視
コメント
1件
第160話、読み終わりました。ケロリン桶のスマッシュ、あの乾いた衝撃音が脳裏に焼き付いて離れません(笑)。小春ちゃんのツッコミが物理的に炸裂する熱量と、それでもポーカーフェイスを崩さず「後頭部への接触(ツッコミ)」と分析するアキヤさんの対比がもう、本当に絶妙でした。プラチナ温泉の奇跡ももちろん素敵なんですが、やっぱりこの「日常のカオスを真顔でロジスティクスに変換するスタイル」は唯一無二ですね。三千万人のリスナーが爆笑するのも納得です。