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『再開』
雨上がりの街は、いつもより静かだった。ビルの谷間に溜まった水たまりが、ネオンの光を歪めて揺らしている。
中也は、濡れた石畳をブーツで踏みしめながら歩いていた。
ポートマフィアの幹部として、日々の仕事は山のようにある。
太宰がいなくなってから、随分と時間が経った。
最初は、あいつのいない執務室の空気に息が詰まった。
何をしても背後で笑っているような気がして、
苛立ちと寂しさがごちゃ混ぜになって眠れない夜もあった。
でも今はもう、慣れた。
いないのが当たり前になった。
──
そう思っていた。
ふと、路地の向こうに目をやると、見覚えのある背中が見えた。
焦げ茶色の髪。
ゆるやかに揺れる歩調。
その仕草のひとつひとつが、忘れようとしても焼き付いている。
呼吸が止まる。
「……太宰」
その名を口にした瞬間、
相手は立ち止まり、ゆっくりと振り返った。
「やあ、中也。久しぶりだね。」
変わらない笑み。
けれど、どこか優しくなった気がした。
皮肉でも挑発でもない、静かな微笑み。
「なんで此処に」
「別に、何処にいたっていいじゃないか。仕事の帰りだよ。」
そう言って肩をすくめる。
いつもの軽さ。
それが余計に腹立たしい。
「相変わらず、何考えてんのかわかんねぇな。」
「君が理解できたら、私も困る。」
軽口を交わしながらも、
空気の奥には確かに何かが流れていた。
懐かしさ、未練、そして距離。
中也は小さくため息をつく。
「……お前が抜けたあと、色々あったんだぞ。
ポートマフィアは手前の後始末でしばらく混乱だった。」
「私がいなくなってから中也が私の代わりに幹部になったんだってね。とても大変だろう?」
「別に、もう慣れた」
声が低くなる。
それでも太宰は、静かに笑うだけ。
「中也。君は変わらないね。」
「手前は変わったのかよ。」
「変わったと思うかい?」
その一言に、中也は言葉を失った。
ほんの一瞬、太宰の瞳の奥に“穏やかさ”が宿っていたからだ。
かつての虚無とは違う、何かを掴もうとする光。
「あぁ、手前は変わっちまった。似合わねぇ方向にな。」
「私もこうなるとは思ってもいなかったよ。でも、人を救う側になることに抵抗はなかった。」
「……そうかよ。」
吐き捨てるように言いながらも、
胸の奥がチリ、と焼けるように痛む。
太宰は、ポケットに手を入れたまま言った。
「中也は、私がいなくなってどう思った?」
「……ンだよ、その言い方。」
「相棒に何も言わずに辞めてしまったことが、少し心残りでね。」
その瞬間、時間が止まったようだった。
雨の匂い、街のざわめき、風の冷たさが全部遠くなる。
中也は無言のまま太宰を睨みつける。
けれど、拳を握ることはなかった。
「……今更、ンなこと言うな。」
「うん、もう言わないよ。」
短い沈黙。
どちらからともなく歩き出す。
肩がほんの少し触れた。
温度だけが、確かにそこに残った。
背中越しに、太宰の声が小さく響く。
「じゃあね、中也。またいつか。」
振り返った時には、
もう太宰の姿は消えていた。
濡れた路地の向こうで、灯りが滲んで揺れる。
中也はしばらくその場に立ち尽くし、また歩き出す。
「……変わってねぇのは俺だけか」
風が吹き抜け、コートを揺らした。