「えっ? 部長、なんで……」
神くんが呆気にとられている間、尊さんはおじさんを睨み、唇を引き結ぶ。
そしてガチガチに身を強張らせている私を――、抱き締めてきた。
「み……っ、尊さん……っ?」
神くんもいるのに!
必死に彼を制そうとしたけれど、私こそ動揺して彼を「尊さん」と言ってしまった。
神くんが見ている前だから……と必死に尊さんの胸板を押し返すけれど、彼は私を抱き締めて離さない。
やがて、絞り出すように言った。
「……すまん。……怖かっただろ。……すまなかった」
その悔恨に満ちた声を聞くと、もう何も言えなかった。
私は抵抗するのをやめると彼の背中に腕を回し、ポロッと涙を流してしまう。
周囲はしばし抱き合う私たちを見守っていたけれど、そのうち警官が声を掛けてきた。
「えーと、あなたは……、恋人ですか?」
尋ねられ、尊さんは体を離して答える。
「婚約者です。会社の上司でもあります」
そのあと、私たちは近くにある警察署に向かう事となった。
着いたのは徒歩数分の警察署で、私は女性警官に話を聞かれ、痴漢された時の事をなるべく冷静に伝えた。
別室では神くんも目撃した様子を説明し、おじさんも事情を聞かれているんだろう。
(あーあ。あと一週間で北海道なのに、なんでこうなったかな)
私は心身共に疲弊し、しょぼしょぼになりながら話し続ける。
途中で女性警官と体勢を再現する事もあり、相手が女性であっても体験がダブって本当に気が滅入る。
結局、解放されたのはお昼前で、疲れ切った私と神くん、尊さんは警察署の外に出て大きな溜め息をついた。
痴漢に遭った場合、警察官じゃない一般人でも〝逮捕〟はできるらしい。
現行で罪を犯した人を〝現行犯人〟と言い、そういう人は逮捕状がなくても誰であっても逮捕する事ができる、と決まりがあるみたいだ。
けれど一般人が逮捕した場合、すぐに駅員や警察に引き渡さないといけない決まりもある。
これからおじさんは四十八時間以内に検察庁に送られ、その後二十四時間以内に勾留か起訴、釈放いずれかとなる。
「示談って言われても、金を受け取る必要はねぇ。社会的に抹殺する」
尊さんは吐き捨てるように言い、私はしょんぼりとしたまま言う。
「……社会的に抹殺なんてしなくていいですよ。もう二度とああいう事をしないって約束して、反省してくれれば……」
自分より怒っている人を見ると、何となく冷静になってしまう。
「朱里は甘いんだよ。優しすぎる。蜜の味を知った奴は、ちょっとやそっと叱られても、思い出した頃にまた同じ事をする」
尊さんが恐い顔をして言い、私は唇を曲げる。
「……ま、まぁまぁ、お二人とも……」
そこで神くんが声をかけてきて、私たちはハッと彼の存在を思い出す。
我に返った尊さんは深呼吸し、「悪い」と言ってスマホを出すと電話をした。
「……もしもし、時沢か? すまん、上村さんの痴漢騒ぎを聞いて、心配になって警察に向かって、今終わった」
スマホのスピーカーから、係長の大きめの声が漏れてくる。
《上村、大丈夫でしたか?》
「……大丈夫、とは言い切れないが、できる限りのフォローはする」
《まぁ、もうそろそろ昼ですし、神と三人で何か食ってから戻ってきたらどうですか? 今、それほど切羽詰まってないんで、ゆっくりで大丈夫です》
「分かった。恩に着る」
尊さんは電話を切ったあと大きな溜め息をつき、腕時計を見てから「何か食うか」と歩き始めた。
「神、朱里を助けてくれて感謝する」
尊さんはもう神くんに付き合っている事を隠さずお礼を言う。
「……あの、部長と上村さんって、やっぱりそういう……」
微妙な表情をした神くんに、尊さんはまじめな顔で言う。
「結婚するつもりだ。……でもちゃんとした時期に発表するから、それまで黙ってもらえるとありがたい」
「それは……、いいですけど……」
神くんはお調子者ではないし、口も固いからきっと大丈夫だろう。
「……はぁー……。……僕、上村さんに片思いしてたんですけど、……そっかぁ……」
いきなり神くんが爆弾をぶっ込んできて、私と尊さんは目を見開いて立ち止まった。
彼は動揺した私たちを見てニコッと笑う。
「でも、想うだけ自由ですよね?」
コメント
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想い疲れる事もあるよー?😅相手がミコティだもん、ジンジン諦めたら?😅
じんじん、残念だったね....😅💦 やっぱりミコティ、じんじんに対しては ちょっと牽制してるよね....⁉️🤭💕
まあねぇ、想うのは自由だよ、じんじん😅