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俺とテオは資金稼ぎ目的で、スライム族の魔物の狩場として有名なスラニ湿原にやって来た。
スライムには魔術が有効だ。
だが俺達が訪れた際には、既に多数の冒険者パーティが湿原で狩りをしていた。
【光魔術】を見られるわけにはいかないため、基本的に魔術はテオが、それ以外を俺が担当することに決めたのだった。
半径50m以内に生き物や魔物がいるかどうか何となく知ることができるスキル【気配察知】を俺が常時展開した状態で、戦闘中の冒険者パーティの邪魔にならないように気を付けながら、しばらく湿原を歩き回る。
なるべく他の冒険者達が少なそうなエリアを選んで移動していると、数十m先にキラキラッと粒子が集まり始めるのが見えた。
戦闘態勢を整えつつ、足早に粒子へと近づいていく。
粒子が小さなスライムへと姿を変え終わったところで、俺が素早く【鑑定】スキルを使った。
タイニィスライムは、通常時の体長が20cmほど――スライムは伸び縮みしながらグニャグニャ動くため、丸っこくひと固まりになった状態を『通常時』と呼ぶ――で、確認されているスライム族の中で最小かつ最弱な魔物だ。
テオは「OK!」と短く受け、右手の指先に【土魔術】を発動する。
「……ランドフォッグ」
指先に渦巻くように現れたのは、直径10cm程の砂の球。
テオはすぐさま指先をバッとタイニィスライムに向け、同時に短く指示する。
彼の合図にこたえるように、凄い勢いで一直線に発射された砂の球は、標的のスライムにぶつかりパンッとはじける。
球の中に閉じ込められていた非常に細かい砂が、即座にブワッとスライムの体を覆いつくし、その体内に吸い込まれたかと思うと……スライムは粒子となって消え、後にはドロップ品の透明魔石だけが残った。
テオが使った『ランドフォッグ/土霧包』は、『フォッグ系』と呼ばれる魔術術式を使っている。
スライムを倒すためには、その体のどこかにある『核』を破壊すればよい。
だが普通に攻撃しても、スライムは攻撃された部分を切り離してしまうため、核へとダメージが伝わらない。
よって昔はスライムを魔術で倒す場合、対象の体よりも広範囲を覆える強力魔術でないと倒せず、討伐の効率が悪かった。
そこで消費魔力を抑え、効率よくスライムを倒すべく編み出された“対スライム特化の魔術”がフォッグ系なのである。
フォッグ系は、それぞれの属性魔力を濃い霧のように細かく具現化し、特定の空間や対象を包むように覆う術式だ。
霧状に具現化することで、広範囲に広がる割には消費MPは低めとなる。
ただ覆うだけのため通常の魔物への攻撃に使っても威力はほぼ無い。
しかし魔力を非常に通しやすい体を持つスライムをフォッグ系で覆うと、自動的に核部分へと魔術が伝わり効果抜群となるのだ。
スライムが多いトヴェッテを訪れるにあたり、俺も一応『ライトフォッグ/光霧包』は習得済み。
またエイバスからトヴェッテへの道中にて、ライトフォッグでのスライム討伐も数回経験している。
さて、1体目のタイニィスライムを難なく倒した俺とテオ。
ドロップ品の透明魔石を【鑑定】した俺が、少しがっかりしながら言う。
スライムを倒すともれなく貴重なアイテム『透明魔石――魔術を閉じ込める事ができる特殊な石――』を手に入れられるのだが……たった今、俺が手に入れたのは、透明魔石の中で最も価値が低い『低級透明魔石』。
ちなみに透明魔石および魔石のランクは、上から『最高級』『高級』『上級』『中級』『低級』で、ランクにより、閉じ込められる魔力量と取引価格が大幅に変わる。
スラニ湿原に出現する魔物の大半はタイニィスライムか、スモールスライム――タイニィスライムの倍くらいの大きさのスライム――である。
それらを倒した際の基本ドロップ品は共に低級透明魔石。
運が良ければランクが高い透明魔石が手に入ることもあるのだが、確率は非常に低い。
俺を励ますように、テオが明るく言う。
「まぁ、低級でもそこそこの値段で売れるわけだし、がんばって集めようぜ!」
「……そうだな! あ、あそこ……次が生まれるかも!」
「おっし!」
気合いを入れ直した俺達は早速、次の獲物へと向かって駆け出していくのだった。
その後も俺とテオは、スラニ湿原にてスライム族の魔物をひたすら狩った。
タイニィスライムやスモールスライムを見つけてはすぐ、テオが魔術で瞬殺。見つけては瞬殺。見つけては…………流れ作業のように何度も何度も同じことを繰り返し続け、そろそろ飽き飽きしてきた昼下がり。
またもや数m先に、魔物出現の兆候であるキラキラ粒子が現れた。
気だるい溜息をつきつつも戦闘態勢に入る。
だが、数秒後。
俺達は目を見開いた。
現れたスライムは、タイニィスライムなどよりも明らかに大きく強そうで、その体長は1m強もあったのだ。
すぐに俺が鑑定結果を伝える。
「おっ! レアもんじゃん!」
「じゃあしばらくは、スライムの欠片を回収するぞ!」
「はいよー!」
先程までと打って変わり、2人揃って嬉々としてスライムに飛び掛かった。
スライムから入手可能な素材アイテム『スライムの欠片』は、タイニィスライムから入手した場合は『タイニィスライムの欠片』、スモールスライムから入手した場合は『スモールスライムの欠片』というように、元となったスライムにより名称と価値が変わる。
ただしタイニィスライムやスモールスライムの欠片は、正直そこまで高く売れるわけではない。
そのためスライムの出現頻度が高いスラニ湿原では、これらの小型スライムが出た場合はわざわざ欠片を回収するより、速攻で倒してドロップ品の透明魔石を1つでも多く回収したほうが効率よく稼げるのである。
だが中型スライムであるミディスライムから入手できる『ミディスライムの欠片』ともなれば話は別。
魔力伝導率が高く、質の良いアイテムが作れると人気の素材のため、状況によっては透明魔石よりも高く売れることもあるのだ。
俺とテオで挟み撃ちするようにミディスライムを囲み、まずはテオが鞭でフェイントをかける。
すかさず俺が剣でスライムの体の一部を切り離し、切り離した体を【アイテムボックス】で回収。
スライムはそこそこ素早さが高く普通に武器で攻撃しても避けられがちなため、このような形をメインに攻撃パターンを使い分け、俺達は『ミディスライムの欠片』を集めていった。
15分ほど経ったところで、鞭をふるいながらテオが言う。
「ん~……そろそろ倒しちゃっていいかな?」
俺は「ああ」とうなずいた。
ミディスライムの体は当初の半分以下の大きさになっていた。
スライムの素早さは、その肉体が小さくなればなるほど早くなる。
2人の攻撃も段々当たりづらくなっていたため、とどめを刺してもいい頃合いだと俺も思っていたのだ。
テオは鞭をマジカルバッグへと片付け、魔術での攻撃体勢に切り替える。
「そんじゃいくよっ! ……ランドフォッグ、GO!」
素早く【土魔術】を発動し、具現化した砂球をミディスライムへとぶつける。
当たった砂球は綺麗に弾け、細かい砂がスライムの体を覆って吸い込まれていったのだが、スライムは痛くもかゆくも無い様子だった。
仕方ない。フォッグ系は“対スライム特化術式”とはいえ威力は非常に弱い上、術者であるテオのスキルLVは1。
あのミディスライムに通用するはずもないだろう。
「やっぱ全然効かないかー……つぎっ!」
テオは気にする様子もなく、すぐに次の魔術を準備する。
「……ロックバーストッ!」
気合いを入れるように指先に魔術を発動したところ、今度は両手で何とか掴めるサイズの岩石が現れた。
先程の魔術と同じ要領で「GO!」とテオが合図を出すと、岩石は一直線にミディスライムの元へ飛び込んでいく。
スライムに当たった途端、激しく岩石が爆発。
辺りはもうもうと砂煙に包まれた。
「……やったか?!」
「たぶんっ!」
息をのんで見守る俺とテオ。
『バースト/爆裂系』は、それぞれの属性魔力を強く圧縮して具現化し、特定の対象や空間で爆発させてダメージを与える術式だ。
テオが扱える術式の中では、攻撃力が高いほうなのだが…………砂煙が消えた後に現れたスライムは、まだまだ元気そうにしていた。
ほんの少しだけテオがくじけそうになった瞬間。
外野から聞こえてきたのは、悪意に満ちた笑い声や野次。
バッと声のほうを振り返る俺達。
すると見知らぬ5人のガラが悪い冒険者達が、少し離れた所に立って意地悪そうに笑っているのが見えた。
そのうちの1つは「魔物は、第一発見者が所属するパーティの獲物となる。そのパーティから許可をもらう、もしくはそのパーティが戦闘から離脱するか魔物にやられるかしない限り、他のパーティは手出ししてはいけない」というもの。
おそらく笑っている彼らは、あわよくば獲物を横取りしようとミディスライム――倒せば高価な戦利品が得られるレア魔物――を狙っているものの、このルールを守っているため手出しができないのだろう。
「あのな――」
ムカついた俺が言い返そうとした途端、テオが無言でサッと止める。
そして能面のような顔をしたまま、小さく強めにつぶやいた。
「……分かった」
正直なところ、納得はできない。
だがテオの静かに怒るような空気を察し、大人しくスルーしておくことにした。
嫌味な野次が続く中。
集中するように瞳を閉じたテオは、丁寧に魔術を組み上げ始める。
左手にベースとなるロックバーストを、 右手に素材のサイクロバースト――バースト系の風魔術――を発動。
注意深く威力調整してから合成すると、合成前とは比べ物にならないサイズの巨大なロックバーストが出来上がった。
テオは完成した岩石を、左手から利き手の右手に持ち替え、渾身の力をこめるように「GO!!」とミディスライムへぶつける!
辺りに響き渡る轟音。
膨大な量の砂煙。
それが全て消え去った後。
残っていたのは、魔物の残骸である僅かな粒子と、大きめの透明魔石だけ。
気付けばいつの間にか、ヤジを飛ばす冒険者達は黙り込んでいた。
そして、どちらからともなく拳をぶつけ合うのだった。