テラーノベル
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『……ぐるるる……』
健の喉から獣の低いうなりが響く。
その瞳には、もう人間としての温もりはほとんど残っていなかった。
バッ……!
爪が空を裂き、紗羅の頬すれすれを通り過ぎる。
瞬間、冷たい風が皮膚をなぞり、ぞわりと全身に鳥肌が立った。
「や、やめて……健!」
叫んでも、返ってくるのは獣の唸り声だけ。
巨大な狼の影が月明かりの下で揺れ、次の瞬間には紗羅に飛びかかってきた。
地面に押し倒され、息が詰まる。
重い前足が両肩を押さえつけ、牙が喉元に近づく。
白く光る牙先から、ぬるい息がかかった。
(ここで終わるの?)
恐怖で体が固まり、視界の端で月が滲んだ。
でも、その時……
「健……!私だよ……あなたを、一人にしないって言ったでしょ……!」
その言葉が、夜の冷たい空気を切り裂いた。
健の牙が、ほんの数ミリで止まる。
荒い息の奥に、人間の声がわずかに混じる。
『……俺……』
金色の瞳が、ほんの少しだけ震えた。
そして、押さえつける力が弱まった。
獣と人の境界が、また少しだけ戻った瞬間だった。
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