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時夫を窮地へと追い込んだ1泊2日の旅行から、3カ月が過ぎた。
総合病院の出口にはシェアメイトたちが一堂に会している。
二重構造の自動ドアが開き、車椅子に乗ったひとりの男が、仲間たちのもとへと近づいてくる。
「おかえり!」
「オッソブーコ食べたいよー」
「よっ、重病人!」
「Chào mừng trở lại Chào mừng trở lại!」
シェアメイトたちが各々の口調で、空の下に現れた車椅子を出迎えた。
表現はちがえど、みんなの想いはひとつだった。
そととき、両手に余るほどの大きな花束を抱えた女の子が、車椅子へと駆け寄ってきた。
「わたしをたすけてくれて、ほんとうにありがとうございました。それと、ええと、たいいんおめでとうございます、どうじまときおさん」
「ありがとう。マリナちゃん」
車椅子に座る時夫は、花束を受け取って笑顔を浮かべた。
頭を撫でられた女の子は恥ずかしそうに両親のもとへともどった。
両親は涙を浮かべながら、何度も何度も頭を下げている。
「3日間の意識不明。脊椎骨折、左前腕部創傷。その他もろもろ。よくもまあこれだけ輝かしい勲章を並べたもんだ」
時夫の車椅子を押しながら、ツトムは言った。
「左腕の創傷は自傷だから、勲章にはならないだろ」
時夫はアザのあった前腕を見つめた。
天使のアザがあった場所は、縫合手術によって、まるで魚の骨のような傷跡ができている。
「いや、それも立派な勲章だ」
「なんだそれ。自分で剥ぎ取ったのにか?」
「そうだ」
とツトムは言った。
「よくわからんな」
首をかしげる時夫をよそに、ツトムはシェアメイトたちの輪のなかに時夫を運んだ。
「よく戻ったな。これからは通院とリハビリ生活だ。つまり、今夜は盛大に店で飲むぞ」
ヨレヨレのシャツを着た大垣オーナーが言った。
「オーナー、話の前後が合ってませんよ」
時夫は苦笑いを浮かべた。
「時夫――」
瀬戸シェフが時夫のまえにきては膝をついた。
「私の力不足で、また店から客がいなくなってしまった。早く体を治して、これからは君が正式なシェフとしてラ・コンナートを繁盛店に導いてほしい」
「……」
瀬戸シェフの言葉に込められた真意を悟ったように、時夫は静かにうなずいた。
「知ってのとおり、みんなには私のビッタを正直に公開したよ。それとこれから私もシェアハウスに住んで、みんなと交流を図りたいと思ってるんだ。それにはちょっとしたわけもあってね」
「瀬戸さん、あまりシェアハウス似合わないですね」
時夫がそう言うと、シェアメイトたちが同意するようにうなずいた。
そのときシェアメイトたちの囲いを抜けたピンクの物体が、時夫のまえに現れた。
「時夫お兄さん、退院おめでとうございます」
秋月ふみが言った。
「時夫お兄さんのおかげで、わたし瀬戸お兄さまとつき合うことになったんです。だからこれからもよろしくお願いします」
時夫は目を見開いたあと嘆息した。「3周ほど回って、ふたり似合うかもな」
「瀬戸お兄さまは、わたしの目を見ていろいろと悩みを聞いてくれましたから。それで心が揺れたのです。ごめんなさい」
「おまえ、ついにゲームをやめたんだな」
「いえ、瀬戸お兄さまもグルトローゼの世界に越してきたのです」
「……それはおめでとう」
「さて、積もる話は、夜の大宴会で語り尽くそうや」
ホベルト・ソウスケがパンパンパンと3度手を鳴らした。
「さあ、毎日顔をつき合わせる皆の衆は、ちょいと道を空けてくれ」
島田匠がみなを押し出した。
シェアメイトたちは花道を作るように、横二列に並んだ。
ツトムは時夫を乗せた車椅子を押し、前方へと進んでいく。
開かれた道のさきに、一台のマイクロバスが停まっている。
窓にはスモークフィルムが貼られ、車内は見えない。
「時夫。さっき、自ら剥ぎ取った前腕の創傷も、立派な勲章だと言っただろ」
ツトムは涙で喉を詰まらせながら言った。
「……ああ」
「幸運を呼ぶおまえのビッタは、ちゃんと光を放ったんだよ」
「……」
時夫は怪訝そうな表情のまま、バスに目をむけた。
そして目のまえに現れた光景を見ては、瞳に涙を浮かべた。
マイクロバスのドアが開き、なかから純白のウェディングドレスを着たひとりの女性が降りてくる。
女性は涙を浮かべながら時夫に近づき、その手を取った。
「おかえり、時夫くん」
白石ひよりがそう言った。
「……おかえり、ひより」