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大槻が「どうする?」とでも言いたげに俺に目で問いかけてきた。

俺は少し考える。太田が俺と会うのも、どうせ今日が最後の日になるだろう。それならば、餞別代りに教えてやるのも悪くない。

頷く俺を見て、大槻はおもむろに口を開く。


「彼はね、まぁ、事情があって一般社員として管理部で働いているけれど、常務取締役なんだよ。ついでに言うと、私の甥でもある」

「えっ……」


太田の顔から血の気が引いていく。


「別に大そうな事情でもないんだけど」


苦笑しながら誰に言うでもなく言ってから、心の中でつぶやく。


いや、俺にとっては重大な事情だった――。


俺は表情を引き締めて太田に目を向ける。


「とにかく、さっきも言ったけれど、君が碧に対してしてきたことはすでに全部聞いているし、証人もいる。もう言い逃れはできないんじゃないのか?会社は社員のプライベートにまで口出しする権利はないとはいえ、だからと言って何をやってもいいわけではないだろう」


太田は顔面蒼白だった。うな垂れて肩を震わせている。

俺は呼吸を整えてから大槻に目を移す。


「幸いにして、笹本さんの怪我はそこまでひどいものではありませんでした。ですが、同僚に対して暴力を振るったという事実は、十分に解雇事由に当たるものだと思います。その他、過去のことではあるけれど、彼はうちの取引先関係者の身内とトラブルを起こしていた。そういった問題のある人間を雇い続けるというのは、会社的にどうなんでしょうか」

「そのトラブルというのは、どういうものなんだ?」

「先ほどの話の中でも触れたDVです」

「A社の部長に、と言ったのは、あそこのお嬢さんに関係があることなのか?そう言えば何年か前に、娘さんが体調を崩しているという話を耳にしたことがあったな……」

「すみません。それ以上は私の口からは言えませんので……」

「分かった。A社の部長にはそれとなく聞いてみよう」


大槻は眉間に深いしわを刻み、太田を見た。


「理由はどうあれ暴力を振るうとは、とんでもない話だよ。そしてA社は我が社にとって重要な取引先だ。今回の件を見て見ぬふりをするわけにはいかないな」


太田はがたがたと震え出している。

その様子を横目で見て俺は大槻に告げる。


「この後専務と社長にも報告してきますが、この件は懲戒解雇の方向で進むと思います。その時は諸々よろしくお願いします」


大槻は苦笑いを浮かべる。


「どうせもう決定事項なんだろう?社長たちに否と言わせないための証拠は、全て揃っているようだしな」

「まぁ、そうですね」


俺は淡々と言い太田に目を向けた。本来はこういうのは好きではないが、俺は彼に対してあえて高圧的な態度を取る。


「念のために言っておくけれど、今回の処分に納得がいかないからと言って、会社や俺を訴えようしても無駄だよ。就業規則上にも記載されている事項だしね。でもそれよりもまずは、なぜこうなったのか、自分の行いをじっくりと省みたらいい。それでも会社の決定を不服に思い抵抗するのであれば、いつでも受けて立つよ。それともう一つ、彼女は俺の婚約者になる人だ。今後また彼女に何か仕掛けるようなことがあったら、その時は容赦なく対応するからそのつもりで」


太田は頭を下げ、弱々しい声を出す。


「笹本のことはもう諦めます。だからどうか、解雇だけは……」


しかし大槻は厳しい声で告げる。


「太田君、残念だよ。以前のトラブルについて、採用時に把握できていなかったのはこちらの落ち度だ。とは言え、前回からの反省もなく、今回のようなことを再び仕出かしてしまったのでは、何とも救いがたい。このまま帰りなさい。その後のことは追って連絡する。それまで自宅待機するように」

「申し訳ありませんでした。今度こそ反省して、今後他人を傷つけるようなことは二度としません。ですからお願いです。どうかもう一度だけチャンスを……」


太田は土下座しようとした。

しかし大槻はそれを止め、憐れむような目で彼を見る。


「土下座して詫びる相手は他にいるんじゃないのか?もう一度言うからよく聞きなさい。自業自得と諦めて直ちに自宅に帰り、大人しく人事からの連絡を待ちなさい」


大槻は淡々と告げた。

その言葉を聞き分ける耳はあったらしい。太田はうな垂れたまま力なく立ち上がった。よろよろと今にも倒れそうな足取りで応接室を出て行った。

その背中を見送ってすぐに、大槻は内線電話に手をかけた。太田の上司である経理課長を呼ぶつもりだろう。


「大槻ですが、応接室まで来てもらえますか。至急話があってね」


俺は太田が座っていた場所に腰を下ろした。ひとまずは終わったと深いため息が口をついて出る。


「伯父さんがちゃんと話を聞いてくれて良かった。もし、そんな判断は早計だと反対されたらどうしようかって、内心びくびくしてたんだ」


大槻は苦笑した。


「反対も何も、話は全部本当のことなんだろう?理由が何であれ、他人に乱暴を働くような人間は、どんなに優秀であっても我が社にはいらないしな。しかし太田君は、笹本さんに対して何ら詫びる言葉を最後までまったく口にしなかったな。……ところで拓真君」


大槻は俺の顔をのぞき込む。


「さっき話の中で、笹本さんを奪ったとか返せとか、聞き捨てならないような言葉が聞こえたんだがね」

「彼女とは最近になって付き合い始めたんだけど、別にあいつから奪ったわけじゃないよ。たまたまそういうタイミングとか、流れになったってだけのことで」

「ほほぉ。ちなみに拓真君が一般社員として働きたいと言ったことと、笹本さんは、何か関係があるのかい?」

「さぁ、どうだったかな」


俺は笑って流す。信頼している伯父であっても、すべてを話そうとは思わない。


「それにしても、笹本さんは大変な目に遭ってしまったな。今回のことが彼女にとって、おかしなトラウマにならなければいいんだが……。心配だな」

「俺がいるから大丈夫だよ」


俺はきっぱりと言い切った。

そんな俺を見て、大槻は驚いたように瞬きを繰り返した。しかしすぐに笑顔を浮かべる。


「そうか、それなら心配ないな。そうだ、それからもう一つ聞きたいことがあるんだよ」

「何?」

「さっき、彼女は婚約者になる人だとか言っていたが、そろそろ身を固めるっていう意味なのか?」

「それはまぁ……」


俺は言葉を濁す。今はまだ彼女とはそんな話をする以前の状態だ。


「彼女が頷いてくれるなら、俺は彼女と結婚したいと思ってる」

「なるほど」


大槻は考え込むような顔をする。


「笹本さんには普段からよく仕事を頼むから分かるんだが、彼女は本当に優秀な社員でね。以前、秘書課にどうかって打診が来たこともあった。だけどその時彼女は、自分には荷が重すぎると言って断ってしまったんだ」

「そんなことがあったのか」


太田から守ることを決めた時、実はさっさと役員席に戻り、彼女を秘書として傍に置こうかと考えたことがあった。


「そうすると、俺の秘書になってくれと言っても、断られる確率の方が高いかもしれないな」

「さて、それはどうだろうね。つまりだ。もし結婚を考えているなら、その時はもちろん祝福するけれど、笹本さんにはできるだけ長く働いてほしいわけだ」


大槻の言いたいことがようやく分かって俺は苦笑する。


「だけどそれは彼女次第だろ」

「それはそうなんだけどね」


そんな話をしている所に控えめなノックの音が聞こえた。

太田の解雇のこと、そしてその経緯を、この後話すことになる。その過程で、実は俺が役員だということを知られてしまうだろう。しかし隠す必要はもう感じない。

俺は大槻の隣に席を移って居住まいを正し、経理課長が入ってくるのを待った。

続きは甘く優しいキスで

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