日本料理店はビルの中にあり、お店の前には家紋がついた暖簾があり、見るからに格式が高い。
中を窺う間もなく、スッと着物姿の女将さんが現れて「いらっしゃいませ」と迎えてくれた。
「予約していました、速水です」
尊さんが名乗ったあと、私たちはアウターを預けたあと、女将さんに案内されて個室に向かった。
掘りごたつの個室は一枚板のテーブルを挟んで座椅子が五つ並び、正面には水墨画の掛け軸と一輪挿しが飾られてある。
壁の隙間から間接照明の光が漏れ、壁際には玉砂利が敷き詰められていた。
女将さんが立ち去ったあと、尊さんは小さく笑って言った。
「先に言っておくけど、また今度この店に来ような」
「え? はい」
「お前の事だから、『せっかくの料理が楽しめなかった』って言いそうだから……」
「人をハラペコ大魔神みたいに言うの、やめてくれます?」
ジロリと尊さんを睨み付けると、彼は横を向いて笑った。
予約は十二時で、私たちがお店に着いたのは十一時四十分だ。
「お連れ様がお見えになりました」
女将さんがそう言ったのは、十一時五十分の事だった。
襖が開くと、尊さんに面差しが似ている……と言えるダンディな社長――篠宮|亘《わたる》さんと、長男で副社長の|風磨《ふうま》さん、先日社食で見た怜香さんが入ってくる。。
経営者一族を前に、私は「何か失言すればクビになってしまうかもしれない」と思い、ガチガチに緊張した。
私はベージュピンクのワンピースを着ていて、髪型もハーフアップにしているので、なかなかのお嬢様感がある。
多分これなら外見に文句をつけられる事はないだろう……と思っているけれど、何がきっかけで機嫌を損ねてしまうか分からない。
全員が席に着いたあと、尊さんは自分の家族だというのに他人行儀な挨拶をした。
「今日はご多忙ななか、お集まりいただきありがとうございます。本日は彼女を紹介したくて集まっていただきました」
尊さんがそう言ったあと、私はペコリと頭を下げて自己紹介した。
「初めまして。上村朱里と申します」
すると、社長は微笑んで挨拶を返してくれ、名刺を差しだしてきた。
「初めまして。私は篠宮フーズの代表取締役社長、篠宮亘だ」
「あっ、ありがとうございます……!」
私は慌ててバッグから名刺入れを出し、「商品開発部企画三課の、上村朱里です」と名刺交換をする。
自社内で名刺交換はあまりしないものだし、今はビジネスの場でもない。
けれど職業病みたいな感じで名刺交換を始めてしまった。
「僕は副社長をしている篠宮風磨だ。宜しくね」
優しげな顔立ちをしたイケメン副社長が言い、微笑みながら名刺を渡してくる。
「私は篠宮怜香。経理部で部長をしています」
ただ、スンッと澄ました怜香さんだけは、名刺交換をしてくれなかった。
一瞬どうしたらいいか分からなくなってうろたえたけれど、彼女にだけ名刺を渡さないわけにいかず、そっと名刺をテーブルの上に滑らせた。
チラッと尊さんを見たけれを、彼は動揺せず落ち着いているから、きっとこれが彼にとって〝いつもの〟母なんだろう。
飲み物をオーダーしたあと、予め頼んでいたコース料理を運んでもらう事にする。
「前もってお伝えしましたが、僕は朱里さんと結婚したいと思っています」
尊さんが切り出し、私は緊張して背筋を伸ばす。
「上村さんはどちらの大学ご出身なの?」
怜香さんはにこやかに微笑み、先制攻撃してくる。
でもその目は笑っておらず、粗探ししてやろうという気持ちが駄々漏れていた。
「……都内の××大学ですけれども……」
私が通っていた大学は難関大学ではないけれど、そこそこ頑張って勉強したので、中の上ぐらいだと思っている。
けどこの流れは……。
「そうなんですか。○○女学院ぐらいかと思っていたのですが……」
ですよねー!
こうなるとは思っていたけれど、選ばれしお嬢様しか行けない学校名を出さないでほしい。
「申し訳ございません。一般家庭の出でして、学費が掛かる学校には通えていません」
ムカッときたけど、穏便に済ませておく。
「お金がないなんて言うつもりはなかったのよ。勘違いさせたらごめんなさいね」
おわぁ……。今ハッキリ口にしましたねぇ……。
ここまでテンプレートな嫌みだと、逆に面白くなってきた。
「怜香」
見かねた社長は怜香さんを窘めたあと、尊さんに尋ねる。
「彼女のご両親には挨拶をしたのか?」
そう言われ、尊さんは首を横に振った。
コメント
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ハリセン(笑)らび隊長( •̀ •́ゞ)ビシッ!!やっちまいましょう!
ほんとにあったまにくる😤ハリセンでぶっ叩いてやりたいバッ!!!