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そんなこんなで十七時過ぎ、そろそろ帰ろうかということで僕らは部室をあとにした。
鐘撞さんや肥田木さんとは学校前の坂道を降りきったところで別れ、僕はひとり、とぼとぼと帰路についていた。
空はすでに橙色から濃い藤色へと変わっており、ぽつぽつと並ぶ街灯が歩道を薄ぼんやりと照らし出している。
道路に視線を向ければ帰宅ラッシュが始まっており、自動車の明るいライトがどこまでも連なって見えた。
今頃真帆はどうしているのだろうか。おばあさんに怒られながら、嫌々ながら認定試験の勉強をしているのだろうか。
認定試験がいったいどんな内容なのか知らないけれど、やはり筆記試験や実地試験のようなことをするのだろうか。
……ちょっと気になる。興味深い。いったいどんな試験をするのだろう。
もし見学として立ち会えるのなら、乙守先生に明日頼んでみようかな、なんてことをぼんやりと考えている時だった。
「――シモハライくん!」
急に後ろから声がして驚き半分で振り向けば、こちらに小走りで駆けてくる榎先輩の姿があった。
ニットの長袖に黒の短いスカートを穿き、網タイツに厚底ブーツという、いつぞや全魔協で偶然会ったときみたいな服装だ。
「あぁ、榎先輩。どうしたんです? 今日も全魔協に?」
すると榎先輩は笑みを浮かべながら、
「違う違う、大学の帰り」
「へぇ、にしては珍しい服装ですね。やっぱり普段の印象と違って見えます」
「なにさ、似合わないってこと?」
不満げに口を尖らせる榎先輩に、もちろん僕は両手を振って否定する。
「いやいやいや! むしろ逆に似合い過ぎてて違和感ないです! すっごく綺麗です!」
「そ? まあ、ありがとさん」
と榎先輩はニヤリと笑みを浮かべてから、
「でも、そんなこと言ってたら、また真帆が嫉妬して暴れちゃうかもよ、去年みたいに」
それに対して、僕は首を横に振って、
「大丈夫ですよ、今日はいませんから」
確かに、と榎先輩は辺りを見回す。
「なに? 今日はどうしたの? 真帆と喧嘩でもした?」
「いえ、全魔協の認定試験が近いので、おばあさんに呼ばれてさっさと帰りました」
「あぁ、なんかそんなこと言ってたね」
「でも、その試験がハロウィンの日らしくて。真帆はみんなでハロウィン・パーティをやるつもりなんですけど、もしかしたら最悪、認定試験に落ちた状態でやることになるんじゃないかなって、ちょっと心配しているところです」
「なにそれ! あたし聞いてないんだけど。ハロウィン・パーティやるの? あたしは? 呼ばれてないんだけど!」
「今朝、真帆が突然言い出したことですから」
と僕はちゃんとフォローしつつ、
「榎先輩もぜひ参加してください。真帆も喜びますよ」
「もちろん参加するけどさ。でも、そっか。真帆の認定試験とかぶっちゃってるのか」
「しかもそのこと、真帆も知らないんですよね」
「どういうこと、それ」
「僕もよく知りませんけど、伝統的に試験日は直前になって急に知らされるらしいです」
「へぇ、そうなんだ。じゃあ、あたしの時もきっと――って、んん? じゃぁ、なんで下拂くんはその試験日を知ってるわけ?」
「肥田木さんが乙守先生――乙守会長から話の流れでなんか聞いちゃったらしくて。一応、真帆には秘密にしておいてくれって言われてます」
なんだそりゃ、と榎先輩は苦笑する。
「まぁ、そういうことなら、うん、わかったよ、真帆には黙っとく」
「よろしくお願いします」
「で、パーティっていうくらいだから、やっぱりお化けのコスプレとかするの?」
「はい、みんなで魔女のコスプレしようって盛りあがってます」
「魔女の? あたしたち本物の魔女なのに、あえて魔女? とんがり帽子とかかぶるわけ?」
「そうですよ。真帆曰く、とんがり帽子は異端の象徴だから、あえてかぶることで協会に喧嘩を売る気みたいです」
「うわぁ、真帆らしいわぁ」
「でしょ? しかも、図らずも認定試験の日にですよ」
「それだけで落とされちゃいそうだね」
「――あっ、確かに」
言って、僕と榎先輩は軽く笑いあう。
まぁ、実際にそれで落とされるかどうかは知らないけれど、真帆のことだから認定試験に落ちたところで落ち込んだりはしないんじゃないか、とふとそう思ったのだった。
全魔協に対してあまり良い印象のない真帆なのだから、或いは協会の試験に合格することもまた微妙な気持ちになりそうな気がしないでもない。
けれど、真帆のおばあさんがやっている魔法のお店――魔法百貨堂を継ぐには避けて通れないことではありそうだし、もし落ちた時はまた改めて試験を受けることになるのだろうか。
或いは協会無認可の魔法使い――例えば鐘撞さんのおばあさんやお母さんのような人たちも多くいるらしいから、もしかしたら真帆もそっちの道を歩まないとも限らないわけで。
「まぁ、なんにしても、真帆ならなるようになるでしょ」
あっけらかんと口にする榎先輩。
僕は「そうですね」と同意して、
「結局は真帆次第なわけですし、僕らはただ見守ることしかできませんよね」
そうそう、と榎先輩は数度頷く。
「あたしらは、普段通りで良いんだよ。合格しようが落ちようが、真帆に何があってもさ」
その瞬間、真帆の寿命の件が僕の脳裏を再びよぎった。
あの時、真帆の見せた空元気。
そんな真帆に、僕ができることと言えば、普段通りにしてあげること。
本当にその通りだと、改めて、僕は思った。
寿命にしろ試験にしろ、今の僕にしてあげられるのは、とにかく普段通りに、真帆と接するだけなのだ。
「だからさ、下拂くんもそんなに悩まなくていいと思うよ」
「――えっ」
「真帆のこと、真剣に悩んでるでしょ、色々さ」
色々って……認定試験のこと? 真帆の将来のこと? それとも、まさか真帆の寿命のこと?
榎先輩は、果たしてどこからどこまでの話をしているのだろうか。
もしかして、榎先輩は、僕よりも真帆から何か相談されていたりするんじゃないだろうか。
いや、そうかも知れない。やはり同性、同じ魔女同士ではないとできない話なんてのもあるだろう。
だとしたら、たぶん……
そんなことを考えて、どう答えたものか悩んでいる僕に、榎先輩はかまわず続けた。
「下拂くんがそんなに悩んでたら、真帆のほうが気にしちゃうでしょ? だからアンタは、ただいつも通りに真帆を受け止めてやれば良いんだよ。わかった?」
にっこりと微笑む榎先輩に、僕はただ、
「――はい。そうですよね」
小さく、頷くことしかできなかった。