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四人でキッチンに立てば、和気藹々とした雰囲気に歓談も進む。ミモネとヒルデガルドは調理にまわり、食器の用意などはイルネスとイーリスの二人が行った。食事は納屋のほうで全員で揃うのがいいだろう、と用意が済んだら運んでいく。
「ミモネ、君はなぜイルネスと暮らしてるんだ」
「……さあ、なんでかしら」
ミモネはくすくす笑って、そう言った。本人にも、本当によく分からないのだ。ただ傷ついて倒れていたのを放っておくこともできず、手当をして回復を待っていたら、いつの間にかもう五年も経っていて、今では家族のように一緒だった。
「嫌いになれないのよ。最初は生意気で、誰にでも噛みつきそうな子だったし、魔王だなんて自分で名乗ってて、馬鹿なのかなって思ったこともあるわ。それが嘘じゃなかったって分かったのが、あいつが村に来て半年が過ぎた頃かな」
シチューの味見をして、頷きながら彼女は話を続けた。
「村にゴブリンが来たのよ。それも大きな奴が何匹かいて、アタシたちの村は結界もないから、抵抗なんて出来るわけもない。冒険者が一人でもいれば違ったんだろうけど。……そしたら、あいつ、『儂に任せろ』なんて言って飛び出してさ」
それはもう凄まじい光景だった、と思い出す。
雷鳴のような音。風のような俊敏さ。額にわずかに伸びた角と、爛々と輝く力強い瞳。口からは炎の球を吐き、指一本の動きで地面からは火柱がいくつもあがった。村に現れた屈強なホブゴブリンでさえも瞬殺だった。
それからふらっとどこかへ行ったイルネスは、夜になると村へ戻ってきて、ゴブリンの巣を焼き払ったのだと言って疲れた顔をしていたのが、鮮明に記憶に焼き付いている。彼女がいなければ、今頃はどうなっていただろうか、と。
「あの日から、アタシたちは正直、少し怖かったわ。あいつの機嫌ひとつで村がなくなるんじゃないかって、それとなく追い出そうなんて話も持ち上がったことがあるくらい。でも、そんなのあんまりでしょ。助けてもらっておいて」
ヒルデガルドが「たとえば、彼女が何千人と殺していても?」と尋ねる。魔王との戦いで、どれほどの犠牲が出たか。目の当たりにした人間として、その答えをミモネに聞いてみたかった。彼女がどんな風にイルネスを見ているのか。
「そうね、そりゃあ、酷いわよね。アタシも何を馬鹿なことしてるんだって思ってる。……でも、だからって見捨てられるわけないじゃない。あんなふうに少しでも味方でいようと、償おうとしてる。あいつが人のいないところで、どれだけ泣いてたかも知ってるもの。アタシたちもう、家族だから」
シチューの鍋を両手に運んでいく。
ヒルデガルドは少し嬉しそうな顔をした。
「……ふむ、まあ、悪くない答えだな」
結局、どこかで恨みや憎しみの連鎖は断たなければ、永遠に続いてしまう。今のイルネスがあるのも人々の支えあってのことで、彼女が人類の味方となり得るためには欠かせない──特にミモネという家族は──存在だ。
世界の誰もが後ろ指をさしたとしても、今のイルネスは決して敵には回らないだろう。そんな安心感が胸に湧く。本来なら変化するはずのないデミゴッドの思想が、その風向きを真逆にしているのだから。
「何をしておるのじゃ、ヒルデガルド。皆が待っておるぞ」
「ああ、呼びに来てくれたのか。すまない、すぐに行く」
外に出ると、ひやりとした風が頬を撫でる。寒そうなヒルデガルドとは対照的に、薄着のイルネスは涼しくて気持ち良いと言った様子だ。
「寒くないのか、君は」
「たとえ人型とてドラゴンはドラゴンじゃからのう」
「はは、それは少し羨ましい」
「そうじゃろ。さ、はやくメシにしよう!」
「だな。こうして君と食卓を囲むことになるとは」
「儂もそう思う。……すまぬの、色々と」
「私は何も思っちゃいないさ。一度は決着もついた話だ」
過ぎたこと。そう言ってしまうと短すぎるが、ヒルデガルドはまた彼女が敵に回ったとしても止められる自信がある。それどころか、今度はもっと楽に勝てるつもりだ。なにしろ彼女由来の竜翡翠の杖があるのだから、当然だった。
「ぬしも、すっかり人間をやめてしもうたな。嫌な薬のにおいもしよるし……さしずめ人間代表のデミゴッドと言ったところかのう?」
「勘弁してくれ。神に近づきたいと思ったことはない」
イルネスが、ガハハと大声で笑い飛ばす。
「それでいいんじゃ、それで。神なんぞ目指すもんではない。しかしのう、ヒルデガルド。ぬしは、嫌でも近づかねばならぬ。もしクレイが敵に回っているのなら、あれは手強いぞ。ぬしが想像しているよりもずっと厄介な男じゃ」
納屋の扉に手を掛けて、彼女は振り返らずに。
「しかしの、ひとつだけ言えることがあるとしたら、ぬしはすべてに恵まれておる。そのことを努々忘れるでないぞ。さすれば、必ず勝てるはずじゃ」
開いた扉の先では、慌ただしくも楽しそうな雰囲気の仲間たちの姿がある。何にも代えがたい大切な光景。何よりも守りたい笑顔が、そこには広がっている。ヒルデガルドは、首をぽりぽり掻きながら、フッと笑みを浮かべた。
「当たり前だ。忘れたりしないさ、絶対にな」