コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
大人数の食事は騒がしく、料理が皿に少なくなってくると取り合いになって喧嘩を始める場面もあったが、それでも穏やかな気持ちで眺めて過ごすことができた。いつもより過分に酒に飲み明け暮れて、突発的ともいえた宴会は終わりを迎える。
起きていたのは、ヒルデガルドとイルネスだけだ。
「酒に弱いのう、どいつもこいつも」
「どうする、片付けでもするか?」
イルネスは首を横に振って、眉尻をさげて笑った。
「やめておこう。起こしてしまうのは酷じゃろう」
「ハハ、それもそうだ。ではもう少し飲むか」
しん、と静まり返り、グラスに酒を注ぐ音だけが響く。
「……のう。ぬしは、儂に何か話があるんじゃないのか。アッシュのことではなく、もっと大きなことじゃ。ずっと黙っておるのも耐えられん」
「ん。ああ、頼もうかと思ったが、やめた」
ぐいっとひと息に飲んで、うっすら頬を赤くする。
「戦わなければならないのは私自身だ。君じゃない」
「しかし、力を貸してやるくらいはできるぞ。今の儂ならな」
「気持ちだけ受け取っておくよ」
からん、とグラスの氷が弾けた。
「必要ない。君は、自分の家族を守ればいい」
すうすうと寝息を立てるイーリスたちを横目に、ヒルデガルドは微笑む。
「言っても聞かない連中はいる。イーリスも、プリスコット卿も……それから、アベルたちだって、いくら私が言っても、きっと同じ戦場に立つ。だが君には、私と肩を並べる道理はない。今の君が最も大事な人の傍にいてやれ」
酒のなくなったグラスには溶けた氷だけが寂し気に残った。
「私は先に寝るとする。明日にはシャロムを探さないと」
「待て。それなら、儂がしてやれることはある」
「うん? 君ができることっていうのは……」
「ぬしの仲間を鍛えてやれる。悪くない話じゃないかのう」
ぴんと立てた指先に、ロウソクのような小さい炎が灯った。
「なるほど。たしかに、今の君の魔力は正直いって既にデミゴッド級だ。まだシャブランの森の影響を受けているところを見れば、万全というわけではなさそうだが……イーリスの相手には十分すぎるだろうな」
褒められた、とイルネスは嬉しそうな顔をする。
「ようし、では、儂の部屋で話の続きをしようではないか」
「ああ、みんなを起こしちゃ悪いしな」
静かに二階へあがる。階段が一瞬軋んだのに、イルネスが「しーっ」と口もとに指を立てた。申し訳なさそうにヒルデガルドが笑みを浮かべる。
「もうちょっと静かにあがらんか」
「フ、悪い。まあ誰も気付かなくて良かったよ」
そっと、今度は軋んだりしないように、ゆっくりと部屋の扉をあける。ようやく落ち着いたら、イルネスはアッシュの寝るベッドのわきに腰掛けた。
「まだ寝ておるみたいじゃのう。上手くいってはおるはずじゃが」
「私は君を信じてるよ。色々手間を掛けさせてすまない」
「構わぬ。これくらいしか儂には出来ぬのでな」
ごろんとベッドに横たわり、イルネスはジッとヒルデガルドを見つめる。
「……ぬしに家族はおらぬのか?」
「家族、か。血の繋がっていない家族ならいたよ」
かけがえのない師であり、家族がいた。ヒルデガルドが知っているのは、実の両親には捨てられたという事実だけ。その後は大魔導師アレクシアのもとで師事を受け、着実に魔導師としての道を歩んだ。年頃の少女と変わらない日常の中に、大魔導師になる大きな夢を抱いて、憧れの師を目指した。
「私がまだ子供だった頃に、魔物に襲われて亡くなった。……今思えば、大した魔物じゃなかったかもしれない。多分、ロード級の魔物だったんだと思う。だが、幼い私には、それがとてつもなく恐ろしい怪物に見えたんだ」
手を広げ、ゆっくり拳を握り締めた。胸を打ち貫くような後悔。あのとき、もっと自分に力があればと恨まずにはいられなかった。
「すまぬ、余計なことを聞いてしもうた」
「気にしなくていい。こうして思い出すことも大切だ」
ヒルデガルドは借りた毛布にくるまって椅子に腰かける。
「君は家族を守れるだけの強さもあるんだから、私のような後悔はしないようにな。……それより、眠くなるまで今後の計画でも立てよう。あまり長く滞在も出来ないだろうし、予定は作っておくのがいちばんだ」
イルネスも、アッシュにくっつくようにベッドの中へ潜り込む。
「うむ、良かろう。こういう機会も滅多と無いゆえな!」
こんなに楽しい夜があるだろうか、とワクワクする。イルネスは確かに魔物で、ドラゴンで、魔王だが。今、この瞬間だけは、まるで年頃の人間の少女のようにあどけない雰囲気を持っていた。
「それにしてもよの。ヒルデガルド、あのイーリスという小娘は実に才能に溢れた若者じゃな。いったいどこで見つけてきたんじゃ?」
「ギルドで会ったんだよ、偶然な。あれほどの奴は珍しい」
自分には何もないと思い込んでいるイーリスだが、ヒルデガルドにしてもイルネスにしても、彼女以上に恵まれた人間を見たことが無かった。
イルネスはうんうん頷きながら。
「となれば、あの小娘が──次の大賢者というわけじゃな」