「あいつとは、久我とは、大学の同窓生でな、母さんとあと君原(菜子)さんも、共に学んだ仲だったんだ」
「うん……」と短く相づちを打つ。
「同じゼミの仲間だったこともあり、よくみんなで遊びに行ったりしているうちに、母さんとは付き合いが始まったんだが、どうやら久我の方も友梨恵に気があったらしくてな」
「そう、なの?」
急な話に、やや面食らう。
「ああ、母さんとの結婚が決まって連絡をした時に、あいつは『そうか、よかったな……』と、どこか寂しげにも言っていて、だからもしやとも思ったんだ。だが披露宴では手放しに祝ってくれていたし、結局当人が本音を明かしてくれたこともなかったんで定かではないんだが、どうもそんな気がしていてな」
「そんなことが、」と口にして、ふと彼が語っていた、私と幼い頃に会っていたという話を思い出した。
「そういえば、お母さんといっしょだった子どもの私と、お父さんと二人連れの貴仁さんが、偶然会ったことがあるって聞かされてて」
「ああ、そうか。あいつは昔、おまえと母さんと会っていたのか」
そう父は返して、日本酒をぐびりと喉に流し込むと、
「あいつ、友梨恵と結婚してからは、気をつかってだったのか、あまり会うようなこともなくなっていたからな。思えば久我の奴は、そういうわけで貴仁君とおまえの結婚を望むような約束を、実際したのかもしれないよな……」
穏やかな表情を浮かべ物静かに話して、亡くなった旧友を偲ぶように小さく息を吐き出した──。
「まぁ何にせよ、おまえが幸せであればいいと、父さんは思っているから」
柔らかで優しげな笑顔に、「うん、」と再び頷く。
「乾杯をしておくか、もう一度。おまえたちの幸せな未来を願って」
言いながら父が、お猪口を軽く掲げる。
「気が早いってば、まだ付き合い始めたばっかりなのに……私たち」
恥ずかしさに、ぼそぼそと話す私に、「いいから」と、父がお猪口を押し付けてくる。
「もうー……。……だけど、ありがとう。お父さん」そう小さく口にして、グラスをコツンと合わせた。
「貴仁君は、ご両親ともに喪くされて、その上に巨大企業を背負い、プレッシャーも相当だと思うから、おまえが少しでも癒やしになってやりなさい」
「はい」と、返して、「菜子さんも、同じようなことを言っていて」と、ふと思い出したことを話した。
「そうか、彼女もか」
在りし日の学生時代を思い出したのか、父はフッと笑って、
「かつてのあいつに似て、貴仁君は本当にいい男だからな」
にっこりと笑って、そう呟いた──。
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