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冷静に考えられるようになるまで、半日も使ってしまった。その後アプリのメッセージで宮本に連絡を取ってみようと、スマホを手にしたが、なかなかいい言葉が思いつかなかったため、とりあえず喜びそうなことを最初に書いてみた。
『将来的には、おまえと結婚したいと考えてる』
という自分の気持ちと一緒に、宮本の怒りを鎮める言葉を羅列したメッセージ。そのすべてが、既読スルーされたのである。
(嘘でもいいから、あのとき結婚したいと言えばよかったのかよ。だけどそれじゃあ、自分の気持ちに嘘をつくことになるんだ。アイツには嘘をつきたくなかったから、無理だと言った顛末がこれって笑うに笑えない)
1時間おきに「既読スルーすんなよ、バカ!」の文字が延々と書かれているスマホの画面を、橋本はぼんやりと眺めた。
友達になったばかりのとき、同じような状況に陥った際は、苛立った感情が先行していた。でも今は恋人としての関係を築いているせいか、苛立ちよりも不安しかなくて、泣き出したくなる。
不安なくせに、それを知られないようにするために、心にもないことをメッセージしている、自分の馬鹿さ加減にほとほと嫌気が差した。
「ああ、もう! なにもかもが嫌になる!!」
ソファにスマホを投げつけて、その場に座り込んだ。このままメッセージを既読スルーされるのなら、直接逢うしかないと考えて、次の日の仕事終わりに、宮本が住むアパートに赴いた。
ピンポーン♪
「雅輝、俺だ。話がしたい、開けてくれ」
「陽さん、すみませんが帰ってください」
何も告げずにいきなり訪問した橋本を、宮本は玄関の扉を開けずに対処する。
「嫌だ。おまえと話をするまで、ここを動かないぞ」
語気を強めて言った途端に、扉の向こう側から何かを殴るような変な音が聞こえた。
「今の音はなんだ? おい、大丈夫なのか?」
鍵がかけられているのがわかっていたが、ドアノブを激しくガチャガチャしながら、心配になって話しかけた。そんな橋本を招きいれるように、扉が静かに開く。
「つっ!」
出てきた人物を目の当たりにして、息を飲む橋本に、見たことのあるイケメンが申し訳なさげに頭を下げた。
「あの、はじめまして。友人の江藤といいます。雅輝から、これまでの経緯をうかがっています。どうぞ」
自分よりも身長が高いだけじゃなく、榊と同等レベルのイケメン具合を間近で確認したせいで、みるみるうちに橋本のテンションが下がった。
「あ、はい……」
江藤に殴られたのか、涙目で頭を抱える家主の宮本に代わり、元彼に誘われてアパートの中に入ることになった。
(あれ? なんだか家の中の広さを感じる。それに飾ってあった美少女フィギュアの数も、かなり減っているじゃねぇか)
多分、1週間ぶりぐらいにお邪魔した、恋人の室内の様子がガラッと変わっていることに、橋本は面食らった。ちょっとは片付けろよと言っても「そのうちやります」と、困った顔で誤魔化していた宮本がやったとは思えない行動に、どうしても驚きを隠せない。
「江藤ちんのお節介……」
まじまじと室内を眺めていた橋本と、居間の中央に立ちつくしている江藤に背中を向けていた宮本が、小さな声でボソッと呟いた。
それを聞いた江藤は間髪入れずに、右手の拳で宮本の後頭部を殴りつける。
ゴンッ☆
「おまえ、バカなのか。恋人がどんな気持ちでここにやって来たのかを、その頭で考えてみろよ。宮本が俺様に同じことをしたら、こんなもんじゃ済まさないんだからな!」
以前スマホ越しで一人称を聞いたときには、ものすごい違和感があったのに、本人の口からそれを聞いても『コイツが言うなら納得だな』と思わせる、説得力のある美麗な顔立ちを江藤はしていた。
「江藤さん、落ち着いてください。雅輝が俺に逢いたくない気持ちも、わかっていますので」
怒り狂った江藤に話しかけると、目元にかかる長い前髪に手をやりながら橋本を見下ろした。
「あ~、えっと……」
「橋本といいます。はじめまして」
(元彼と今彼が恋人の家で鉢合わせするなんて、普通はありえねぇことだろうよ)
自分とは逢いたくないと拒否した宮本が、自宅に元彼をあげていた事実で、橋本の心にザックリと傷がついた。
「俺様がここに来たのは、雅輝と連絡がとれなくなったのがきっかけなんです。事情を聞くのに渋るコイツを押しのけて、無理やり家に上がり込んだいきさつがありまして」
「そうなんですか……」
冴えない橋本の顔色で心情を察し、これまでのことを流暢に語る江藤の姿に、やるせない気持ちになっていく。察しが悪いせいで、不器用な恋愛しかできない自分が心底嫌になった。
「おい雅輝、いつまでふてくされてるんだ。こっちを向けって」
江藤は気落ちする橋本をそのままにして、自分たちに背を向けていた宮本を強引に振り向かせ、顔を突き合わせる体勢にした。
「橋本さんは、雅輝が不安になってる理由を知っていますか?」
橋本と宮本の脇に控えた江藤に訊ねられて、一瞬だけ言葉に詰まる。それは江藤が腕を組みながら自分を見下ろしていることで、躰から発せられる妙な威圧感をひしひしと感じ取ったせいでもあった。
「雅輝が不安になってる理由……。それ、は、俺がプロポーズを断ったことが原因かと――」
「違いますよ、それが理由じゃないです」
すぐに否定する返答を聞いただけで、なんだか追い詰められた気分になる。
目の前にいる宮本にチラリと視線を飛ばしたら、橋本を見ないようにするためなのか、顔を横に背けていた。
(――おいおい。元彼に口撃されてる今彼を、助ける気にもなれないっていうのか!?)
頼りない恋人を目の当たりにして、橋本の心にふたたび傷がついた。脈を打つたびに、傷口から血が溢れているような錯覚に陥る。
「俺様は、かいつまんだ状態で、おふたりの付き合いの話を聞いてました。ほとんど雅輝の惚気話が、中心だったんですけど」
「……そうですか」
乾いた声でやっと返事をした橋本に、江藤は声のトーンを落として話を続ける。
「橋本さんの態度から、雅輝にたいする気持ちはわかるって聞いてます。ですが言葉では、あまり言ってないですよね?」
「言ってません。自分なりに言うタイミングがズレてしまったり、その場の雰囲気にそぐわないと判断しているので、あえて言ってません」
どこか言いわけじみた返事になったが、橋本としては誤魔化すことなく即答した。
「でも雅輝からは、たくさん聞いてますよね? それに合わせて、言えばいいんじゃないでしょうか」
投げつけられた質問に、橋本は奥歯を噛みしめる。さきほどのように即答できない理由は、自分の考えをまとめるためだった。
躰の向きを変えて江藤と向かい合い、ひしひしと伝わってくる威圧感に負けないように、両手を握りしめた。
「江藤さんのご指摘はわかります。気持ちは見えないものだから、きちんと言葉にして相手に伝える。それによって、安心感を与えることができますから。ですが俺は不器用なんです。頭ではわかっているんですが、それが実行できません」
(元彼に晒す今彼の醜態を、どんな気持ちで聞いただろうか――)
「頭でわかってるくせに実行できないなんて、やる気がないからしないっていう、面倒くさがりな人間と同じですよね。雅輝を想ってるのなら、ちょっとずつでも努力しようとするのが、恋人なんじゃないですか」
言いわけを口にするたびに小さくなった橋本を、怒りで頬を紅潮させた江藤が眼差しを鋭くしながら、怒気を強めて糾弾した。
「それは……」
「不器用だから、なんていうくだらない理由を作って、逃げ道を作る卑怯な男に、大切な友人は任せられないです」
江藤の指摘は、もっともなことだと思った。
(不器用だからこそいい関係を保つべく、手を尽くして努力する――それを平気な顔して怠っていたのだから、非難されて当然なんだ)
てのひらに爪が食い込むまで両手を握りしめつつ、橋本は震えそうになる躰を何とか律した。
「江藤さんは親友として、雅輝を心配しているでしょうが、俺は何があっても、コイツを手放すつもりはありません。大事にします。ご指摘いただいたことについては――っ!?」
横から抱きしめられた衝撃をもろに感じて、橋本の足元がぐらりとふらついた。
「陽さん、陽…さん」
鼻をすする音と一緒に、自分の名を呼ぶ恋人の温かさを躰にじんわり感じて、拳の力が一気に抜け落ちた。絶妙といえるタイミングで抱きついてきた宮本にちょっとだけ笑いかけてから、両手で腕を振り解く。