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#四季総受け
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21,509
金曜までの数日間は、心がざわついて、どうにも休まらなかった。
やらなければいけない仕事は山積みなのに、何故かあいつの動向が気になって仕方がない。見なければいい。職場での芹沢は地味で暗く、存在感なんてほとんどない男だ。頭ではわかっている。なのに気付けば目で追っていて、仕事中だというのにデスクの前で舌打ちしてしまった。
周囲から「氷の編集長、最近やけに機嫌悪いよな」と小さなざわめきが耳に届くたび、わけのわからない苛立ちが膨れ上がっていく。
別の日。山積みの決裁書類を片付けていると、その一枚に、よりによって営業部の提出物が紛れ込んでいた。承認欄の隅に、ちょこんと押された小さな丸。ただの丸だ。進捗を示すだけの、何の意味もないインクの染みでしかない。なのに、それを見た瞬間、あいつの仕業だと直感した。
普段は人畜無害な顔で社内に溶け込み、周囲を油断させることなど造作もない男。冴えない営業マンの仮面の裏で、いつだって冷徹に獲物を観察し、足元をすくう機会を窺っている――その底知れなさが、どうしようもなく気味悪かった。
あんな小さなインクの染み一つで神経を逆撫でしてくる、本性を隠したやり方が厭らしくて仕方がない。現に、あの丸を見た瞬間、あの夜に掴まれた右手首が勝手に熱を思い出し、澪は慌てて奥歯を噛んだ。
(一体、何がしたいんだあの男は……っ!)
文句の一つでも叩きつけてやりたい。だが、ここで騒げば、掌の上で転がされていると自分で認めるようなものだ。振り回されているなんて、悟られたくない。これ以上、あいつに弱みを見せるわけにはいかない。
気付けば、書類を握り潰しかけていた。慌てて指の力を緩める。紙の端が、ぐにゃりと歪んでいた。こんな小さな丸一つで動揺した自分が、情けない。
「お疲れのようですね。編集長」
「っ」
不意にかけられた低く落ち着いた声に、肩が文字通り跳ね上がった。
(っ……!)
心臓がひくりと跳ね、掌にじっとりと嫌な汗が滲む。
すぐ目の前に立っていたのは、いつもの地味なスーツに身を包んだ芹沢だった。だが、重たい前髪の隙間から覗く瞳は、、昼間の冴えない営業マンのそれではない。すべてお見通しだと言わんばかりの底知れない光を湛えて、こちらを見下ろしている。
「何か、書類に不備でもありました?」
「……いや」
息が詰まる。動揺を悟られぬよう、澪は必死に表情を作った。
だが、そのわずかな隙を逃すほど、目の前の男は甘くなかった。
芹沢はわざわざ身を傾け、周囲には絶対に聞き取れない絶妙な低さで、澪の耳元へ顔を寄せてくる。
「――そんなに意識されたら、虐めたくなっちゃいますよ? あの夜みたいに……」
耳朶を掠めるねっとりとした声に、頭の中が一瞬で真っ白に焼き切れた。
(なっ……ふざけ……!)
血の気が引いたかと思えば、次の瞬間には顔から耳たぶまでカッと熱が昇る。激高した澪は、射殺すような目つきで芹沢を睨みつけた。
だが当の芹沢は、その視線をまるで意に介さず、悪びれもしない薄ら笑いを貼り付けたまま、涼しい顔で続けた。
「……冗談です。こんなフロアじゃ、何もしませんって」
(――っ!)
からかわれているとわかっているのに、言葉のはらむ生々しい熱量に、右手首があの夜の熱を思い出して疼く。悔しさと恥ずかしさを飲み込もうと、澪は睨みつけたまま、ギリッと唇を噛みしめた。
コメント
1件
うわ、めっちゃゾクゾクした…!「小さな丸」でここまで心掻き乱されるのかってくらい、澪の焦りと苛立ちが手に取るように伝わってきた。芹沢の仮面と本性のギャップ、耳元のセリフの生々しさに「あの夜」を思い出してるのがまたニクい演出すぎる。普段は冷静なはずの編集長が翻弄される様、続きが気になりすぎるわ…!