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《朝のニュース・テロップ》
〈オメガ落下予測、さらに絞り込み〉
〈高リスク帯から“自主避難”の動き加速〉
〈受け入れ先不足、自治体が緊急整備へ〉
画面の中の空は、
今日も驚くほど青かった。
《東日本・小学校の教室》
黒板の前に、
担任が立っている。
「今日も、
お休みの人が多いです。」
いつもなら笑いが起きる言い方なのに、
今日は誰も笑わない。
空いた席が、
机ごと“ぽっかり”空いている。
「先生、
みんな引っ越したの?」
後ろの方の男の子が
小さく聞いた。
担任は、
少し考えてから答えた。
「“引っ越した”っていうより、
“しばらく別のところに行く”っていう子が
増えてるんだと思う。」
「…でもね。」
担任は笑顔を作った。
「“いなくなった”わけじゃない。」
「また戻ってくるかもしれないし、
戻れなくても、
連絡は取れる。」
「今日の授業は、
教科書だけじゃなくて、」
「みんなが“連絡先カード”を
ちゃんと書けるようにする時間も取ります。」
子どもたちは
黙ってうなずいた。
(休むのは、悪いことじゃない。)
(でも、休むためにも
準備がいるんだ。)
その事実が、
小学生にも分かる形で
教室に落ちていた。
《東日本・ハローワーク前》
張り紙が、
いつもより多い。
『避難に伴う退職・休職の相談窓口』
『住居移転に伴う雇用継続支援』
窓口には、
スーツ姿の男性と
作業服の女性が並んでいた。
「すみません。
会社、辞めるって決めたんですけど——」
「次、どこで働けばいいか分からなくて。」
担当者は
いつもより柔らかい声で言った。
「…今は、
“辞めること自体”よりも、」
「“辞めたあとに生活が続く形”を
一緒に考えましょう。」
男性は
目を赤くして笑った。
「…笑える話じゃないですよね。」
「でも、
“笑わないとやってられない”んです。」
《西日本・体育館(臨時受け入れ拠点)》
床には
青いマットがずらりと敷かれ、
段ボールの仕切りが立てられている。
市の職員が
メガホンを握って案内する。
「こちらは“短期受け入れ”です!
まず受付で名前と連絡先を記入してください!」
「食事と入浴の案内は
掲示板にあります!」
ボランティアが
水のケースを運びながら呟く。
「こんなに早く
人が来ると思ってなかった…」
別のボランティアが
肩をすくめる。
「受け入れ先、
正直まだ整ってないよね。」
「でも、
人はもう動き始めてる。」
体育館の隅では、
小さな子どもが
布団の上で泣いている。
母親が
必死に抱きしめていた。
「大丈夫。
すぐ戻れる。
きっと、すぐ——」
その“すぐ”が、
何を意味するのか。
母親自身もまだ分かっていない。
《総理官邸・大会議室(避難受け入れ緊急調整)》
全国の自治体の名前が
スクリーンに並ぶ。
「受け入れ先、
まだ足りません。」
総務省の担当が
はっきり言った。
「自主避難の動きが
予想を上回っています。」
「ホテル・旅館も
すでに埋まり始めている。」
国交省が
次の資料を出す。
「空き公共施設のリスト化、
民間施設の借り上げ、
仮設住宅の前倒し建設——」
「全部同時にやらないと
追いつきません。」
厚労省が補足する。
「問題は“箱”だけじゃなく、
医療と介護です。」
「要支援者・透析患者の移送、
受け入れ先の病床確保が
間に合っていない。」
サクラは、
机の上の資料を見つめながら言った。
「“逃げるな”と言わない代わりに、
“逃げても生活が続く形”を作る。」
「それが国の責任です。」
藤原が頷く。
「ですが、
自治体側にも限界があります。」
「受け入れた側の住民の反発も
すでに一部で出始めています。」
「“うちの街が混む”
“治安が悪くなる”
“物価が上がる”——」
中園がタブレットを見せる。
「SNSでは、
“避難者叩き”の芽も出ています。」
サクラは
短く息を吐いた。
「…じゃあ、
毎晩会見で
そこも言います。」
「避難してきた人を
敵にしないでください、って。」
「そして受け入れる側にも、
国として支援を厚くするって。」
「“線の外”の人たちに
負担を押し付けるだけの避難は
破綻します。」
《総理官邸・屋上テラス》
会議の合間。
サクラは一人で
空を見上げていた。
雲一つない。
眩しいくらいに、
ただの晴天。
(こんな空に、
本当に石が落ちてくるのか。)
(誰かが
冗談のように言っていた。)
“空は今日も
何事もない顔をしている。”
その通りだ。
サクラは、
ポケットからスマホを取り出し、
娘に電話をかけた。
数回の呼び出し音のあと、
娘の声がした。
『もしもし。ママ?』
「起こした?」
『ううん。もう起きてた。
今日はオンライン授業。』
「そっか…体調は?」
『大丈夫。
友だちもね、
半分くらい“西に行った”って。』
「……不安?」
少しの沈黙。
『不安だよ。
でも、
ママが毎晩しゃべってるの見てると、』
『“怖い”って言ってもいいんだって思える。
だから、
ちゃんと怖がれてる。』
サクラは、
思わず笑ってしまった。
「それ、
すごく大事なことだと思う。」
『ママも、寝てる?』
「寝てる。…たぶん。」
『嘘。』
「ばれた?」
娘が笑う。
『ちゃんと食べてね。
あと、変なネットのコメント見すぎないで。
傷つくから。』
「…ありがとう。」
娘は、
最後に少しだけ強い声で言った。
『ねえ。
もし“どこかに落ちる”ってなっても、』
『ママが悪いんじゃないからね。
絶対。』
サクラは
返事に詰まってしまい、
空を見上げたまま言った。
「……うん。」
「分かってる。」
(分かってる、って
言えるようになりたい。)
電話を切ると、
空は相変わらず青かった。
《SNS・世界からの声》
〈From Canada:Japan, stay strong.〉
〈From France:We are praying for you.〉
〈From Korea:Are you safe? I’m worried.〉
〈From Brazil:I drew TSUKUYOMI fanart. Hope it helps.〉
善意の言葉が
タイムラインに流れていく。
「日本、大丈夫?」
「必要なら寄付する」
「受け入れ先を用意できないか」
一方で、
別の種類の言葉も混じる。
〈Japan should accept fate.〉
〈Stop resisting “the light”.〉
〈黎明教団・公式:
オメガは浄化。
恐れではなく“受容”を。〉
天城セラの短い動画が
翻訳字幕付きで拡散されていた。
『逃げても、
魂からは逃げられません。』
『光は罰ではない。
破壊から創造へ。
新しい世界へ。』
心配の声と、
受け入れろという声。
世界は日本に向かって、
まるで二つの手を
同時に伸ばしているようだった。
《総理官邸・夜の会見》
サクラは
いつもより柔らかい声で始めた。
「本日も、
“今日分かったこと”と
“まだ分からないこと”を
分けてお話しします。」
「落下予測は
進んでいます。」
「ですが、
“県名を断定できる段階”には
まだ至っていません。」
「一方で、
自主避難で動く方が
増えています。」
「受け入れ先が
十分に整っていないことも
政府として認識しています。」
「だからこそ、
国と自治体で
急ピッチで受け入れ体制を整えます。」
「避難する方を
責めないでください。」
「受け入れる側を
責めないでください。」
「それぞれが
生きようとしているだけです。」
サクラは、
少しだけ目を伏せてから
顔を上げた。
「空は今日も晴れていました。」
「でも、
空が晴れているからといって、
危機がないわけではありません。」
「私は今日も、
できる限りの情報を
皆さんにお届けします。」
「不安をあおらないために。」
「そして、
不安から目をそらさないために。」
「国として出来ることを
全力で行うことを、
ここに誓います。」
Day12。
オメガ予測落下日まで、あと12日。
落下予測は進み、
人の足も先に動き始める。
受け入れ先が追いつかない現実と、
それでも変わらず晴れた空。
心配の声が世界から届き、
同じ世界から
“受け入れろ”という声も届く。
その全部を抱えたまま、
日本は今日も
一日を終えようとしていた。
本作はフィクションであり、実在の団体・施設名は物語上の演出として登場します。実在の団体等が本作を推奨・保証するものではありません。
This is a work of fiction. Names of real organizations and facilities are used for realism only and do not imply endorsement.