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愛の充電器がほしい

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愛の充電器がほしい

5 - 第5話 敬語からため口に

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2025年01月08日

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スマホの画面に『拓海』という文字が表示されている。

美羽は、その電話に出るかどうか考えた。

ビルの立ち並ぶ夜空を見上げて、星が輝いているのが見える。

この電話を出て良いことがあるのかと頭の中をめぐっていく。

今度はハイヒールと地面を見つめる。


靴擦れがしていたことを思い出して、ストッキングの下に絆創膏をしていた。

だんだんとはがれそうになっている。

街灯近くのベンチに座って、電話を出ることに決めた。

ハイヒールを片方脱いで、ポリポリとかいた。

絆創膏のまたずれたのが気になった。


「はい、何?」


『美羽、仕事終わったんだろ?』


「え、ああー、そうだけど。何、そっちも終わったの?」


『今、美羽いるところの向かい側、ほら、こっちいた』



拓海は、美羽の職場のビルの入口の向かい側にある歩道で小走りに手を振っていた。待ち伏せしていたらしい。歩行者用信号が青になった。美羽は、今から左側の道をまっすぐ行ったところの居酒屋に行こうと思っていた。


颯太と一緒に飲もうと思っていたのに、こちらにどんどん拓海が近づいてくる。

向こうも仕事終わりのようで、スーツ姿だった。

変に笑顔でこちらにやってくる。美羽の想いも知らずして。


「ったく、なんで、動かないんだよ。何回も手振ってるのに。こっち来いって」


美羽の前までやってきた。電話していたスマホを通話終了させて

お互いに閉まった。


「仕事終わるの待ってたの?」


「今日、定時で帰れたから。向かい側のカフェでコーヒー飲んで待ってたんだ。ラインしても既読スルーだからさ。直接来てみようと思って」


拓海は今までにない対応をしてきた。交際して3年目。大学のサークルが一緒だったときから付き合ってきたけれど、最近、電話もラインの数も少なかったのにこの間の颯太との関わりがあったせいかこのありさま。

もっと前からそういう態度取ってほしかったのに今になってそうなのか。


「電話にも出ないとかライン見ないとか。理由があって、そうしてるのに気づいてほしいよ」


美羽の言葉を聞いているのか拓海はカバンの中から髪飾りを出した。トルコ石がついているバレッタだった。


「え?」


「これ、部屋に忘れてた。美羽のものだろ?」


「あ、うん。気に入ってたものだ」


「それ、渡したかったから、連絡したんだよ」


「ありがとう」


「んじゃな。あと帰るわ」


拓海は、髪飾りを渡すと、反対方向に体を向けて手をパタパタと振っている。


「え?! 帰るの?」


「それ、俺が美羽の誕生日に買ったバレッタだから」


指をさしては立ち去る。


「覚えてたの?」


「ああ。今から上司と飲み行くからさ。悪いな」


飲みに行く合間に待っていたことを知る。誕生日プレゼントに髪飾りを買ってくれたことを思い出す。手のひらに乗せては、くるくると眺めた。


こんな色していたかな。こんな形していたかな。いつも付けていたお気に入りの髪飾り。今日付けている髪飾りを外して、付け直した。なんとなく、鼻歌が出て来た。足取りが軽くなる。約束していた居酒屋の『ひょっとこ』に方向転換して、歩いた。

美羽の電話をもらって、既に仕事を終えていた颯太は、職場の喫煙ルームでタバコを吸っていた。

だんだんとストレスが増えてきて、電子タバコから紙タバコにしないとやってられなくなってきた。

煙を天井に向かって吹いては下を向いて顔を伏せた。

約束してよかったのか。

ずっと思い悩んでいた。


この境界線を越えたから戻れなくなるんじゃないか。

何もない平坦な生活に潤いなのか、はたまた泥沼なのか。

喫煙ルームの廊下を通り過ぎていく社員の中に部長の五十嵐がいた。

颯太がいることに気づく。


「上原? 何してんの? 早く帰れよー。金曜日なんだから」


「え、はぁ、まぁ。そうっすよね」


「俺、これから会議だから」


「お疲れ様です」


「息抜きも大事だから飲みにでも行け。ストレス発散!」


「あざーす」


ため息をついてる姿を目撃されたのか、背中をたたかれた。

持っていた吸い殻を灰皿に押し付けて消した。

喫煙ルームの扉を強く押して、会社の出口に向かった。




居酒屋ひょっとこの前に着いた。

紺色の暖簾に白筆文字で『ひょっとこ』と絵が描かれている。ヒノキ出来た引き戸の窪みに手をやろうとしたが、躊躇した。

ここに入って、美羽に会ったら、今まで通りに過ごせないのではとためらう。

伸ばしていた手を縮めると、店側の方から引き戸がカラカラと開き始めた。


「なんだ、来てたんじゃないですか」


満面の笑みで、美羽が出て来た。まだ連絡もしてなかったのに、スマホを見ても着信履歴もない。


「ほら、席とっていましたから、中に行きましょう」


美羽は、颯太の左腕をつかんでは、奥へと誘う。


「え、あ、ちょ……。美羽さん」

「電話では、タメ口だったのに、急に敬語? 颯太さんてそういう人なの?」


ぐいぐいと引っ張っていく。席に着いたのは、完全個室の部屋だった。誰にも見られることもなく過ごせるとホッと一安心した。


「いらっしゃいませ。ご注文は座席にありますタブレットにてお願いしますね。ごゆっくりどうぞ」


店員が、おしぼりとお箸やフォークが入ったケースを置いていくと、早々といなくなった。

颯太が前に来たときと注文の仕方が違っていた。大衆食堂のような座席もあれば、完全個室もある居酒屋だった。


「何、飲みます?」


「あ、悪い。ちょっと電話来た」


よりにもよって、こんな時に、娘から電話がかかってくる。颯太は、美羽に気づかれないようにスマホのコールを鳴ったまま

部屋を出た。


「……飲み物くらい頼んでからでもいいのに」


美羽は、颯太がいない部屋で1人注文用タブレットのメニューをポチポチといじっていた。

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