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第三章:蝉時雨の残響
卒業式ではなく、まだ季節は真夏の太陽が照りつける夏休みへと向かっていた。
空はどこまでも高く青く、校庭の隅にある桜の木は、すっかり深い緑の葉を茂らせて強い日差しを遮っている。蝉の声が耳の奥でうるさいほどに響くプールの脇や、誰もいない夏の教室で、僕たちの時間は完全に凍りついていた。
春が過ぎてからというもの、話す機会もノートを渡す機会も消え失せ、僕たちは同じ教室にいながら、まるで別の世界に住んでいるかのようだった。
夏休みを目前に控えたある日、終業式の空気が漂う重苦しい教室で、僕は自分の机の引き出しの奥から、ずっと放置されていた一冊のノートを引きずり出した。
表紙の端は少し色褪せ、ページの間にはいつのまにか夏の湿気が染み込んでいるような気がした。
もう何週間も開くことのなかったそのページをめくると、最後にやり取りしたはずの場所で、時間がプツリと途切れていた。
そのページの隅に、君が残した震えるような文字を見つける。
――ねえ、このままじゃ何も変わらないまま夏になっちゃうね。
その文字を見た瞬間、じっとりとした暑さとは違う冷たいものが胸の奥を走り抜けた。
避けていたのは僕だ。お互いに距離が離れていく現実から目を背け、このまま自然消滅するように、名前のない関係のまま季節が過ぎ去るのをどこかで待っていた。
けれど、このまま夏休みを迎えてしまったら、僕たちは本当に二度と戻れなくなってしまう。
僕は汗ばんだ手でペンを強く握りしめ、白紙のページに新しい文字を走らせた。
今まで言えなかったこと、すれ違ってばかりだったもどかしさ、そしてこの蝉時雨の中で本当は伝えたかったすべての言葉を、ぶつけるように書き連ねる。最後に、まだお互いの名を知らなかった僕たちの「本当の名前」を小さく書き添えて、ノートをそっと閉じた。
翌日、夏休みが始まる直前の誰もいない昇降口の近くで、僕は前を歩く君の背中を見つけた。
強い日差しのなか、汗を拭いながら歩く君の足音が、なぜかひどく遠く聞こえる。
「……これ」
僕はランドセルの底から引っ張り出したそのノートを、振り返った君の手に差し出した。
君は驚いたように大きく目を見張り、それから、すべてを察したようにゆっくりとその使い古したノートを受け取る。
「……ありがとう」
蝉の声だけが響く静かな空間で、君がノートを開き、最後のページに目を落とす。
夏の強い陽射しのせいで、君の表情は眩しそうに少しだけ歪んでいた。言葉にしなくても分かっていた。この夏休みが明ければ、僕たちはさらに遠い場所へ進んでいく。
それでも、青々とした葉の隙間からこぼれる光の中で、僕たちはようやく、お互いの本当の名前と気持ちを見つけ出すことができたのだ。
コメント
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第3話、読み終えました。蝉時雨のなかで凍りついた時間が、ノートという小さな窓から再び動き出す——その静かな緊張感に引き込まれました。特に、最後のページに本当の名前を書き添えるという選択が、一言で全てを変えた感じがして、すごく胸に響きました。夏の陽射しと蝉の声だけが残るラストシーン、とても美しかったです。続きが気になりますね。
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コロッケ
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