テラーノベル
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無一郎の声は、いつも通り。静かで、やさしくて、まるで心を撫でるような音だった。
けれどあいは、いつしかその質問に自然と答えるようになっていた。
「うん……誰とも話してない。無一郎くんが迎えに来てくれるまで、ずっと待ってたよ」
そう返すあいの顔に、迷いはなかった。
選ばされたわけでもない。命令されたわけでもない。
それでも“彼のために”行動することが、もう自然になっていた。
「……えらいね。ちゃんと僕の言う通りにしてくれて」
「ほんと、いい子」
無一郎は微笑み、あいの頭に手を添える。
指先が髪を梳くように優しく触れるたび、胸の奥がじんわりと温かくなる。
「あいちゃんって、ほんとうに素直だよね」
「……ほら、周りの人も言ってるよ。“まるで恋人みたい”って」
たしかに、他人の目からはそう映っていた。
一緒に行動し、笑い合い、静かに言葉を交わすふたりは、誰がどう見ても親密な関係だった。
──でも違う。
心の奥底では、あい自身も気づいていた。
“自分で考えていない”ということに。
無一郎がいないと不安になる。
どんな選択も、彼の顔を思い浮かべなければ動けない。
……それを「恋」と呼ぶのか、「依存」と呼ぶのか、もはや判断もできなかった。
「今日もがんばったごほうび、あげるね」
彼の指が、首筋をそっとなぞる。
それは支配の証ではなく、ただの愛情のふりをした触れ方。
周囲の誰も、それを疑わない──だからこそ、あいも疑えなくなっていく。
「全部、僕が決めてあげる」
「何を食べるか、どこに行くか、誰と話すか──全部」
あいは、黙ってうなずいた。
それはもう恐れでも、抗いでもなかった。
「だって、無一郎くんの言うことなら、間違いないから……」
あいはそう思っていた。
でも本当は違う。
その思考さえ、もう自分のものではなかったのに──
終わり
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