テラーノベル
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「あの!」
普段しゃべり慣れていないせいか、思った倍以上の声が出た。でも咄嗟に声をかけただけなので何を話すか考えていない。どうしようか。そのまま声を出せず立ち尽くしていると、彼女がこちらに振り返った。
「あ、起きたんだ。おはよう。」
「あぁ、うん。寝てたみたい。えっと、君はこんな時間まで何してるの?」
やはりみられていたようだ。仕方がないのですぐに話題を切り替えた。
「え?あぁ、外を見てた。見える?あの夕日。とてもきれいだと思わない?」
そう言われ、窓の向こうを見る。太陽が沈み空をオレンジで埋め尽くしている。太陽の向かい側の空はすでに夜の景色が見え始め、月が顔を出す。普段空の景色に着目するなんてことほとんどなかったけど、あらためて見てみると案外目を惹かれるものである。
「本当に綺麗だね。」
そう思わず言葉が漏れた。心からそう思ったから口に出たんだと思う。
「あっ、ヨタカ!」
突然大きな声がしたので驚いた。急に声を荒らげてどうしたのだろう?よたか?
「あの鳥みえる?あそこを飛んでいる鳥。あれはヨタカっていう鳥なの。」
彼女は飛んでいる鳥を指さしそう言った。ヨタカ。鳥の名前なんだろうけど、何処かで聞いたことがある。どこで聞いたんだろう。
「よだかの星って話知ってる?私が昔から一番好きなお話。」
そうか。だから聞いたことがあったのか。よだかの星。宮沢賢治によって書かれた短編小説。色んな作品のモチーフにもなってるほど有名で滅多に本を読まない僕でも名前くらいは知ってる。内容は分からないけど。
「聞いたことはあるよ。」
それにしても、僕から話しかけたとは言えよく話してくれる。初めて話したはずなのに。案外お喋り好きなのかな。
「ヨタカは醜い鳥と言われてて。周りから嫌われていて。それでも必死に空を飛ぼうとして。もう殺されるって状況になったら太陽に向かって思いっきり飛んだの。届きやしないって分かっていても諦めなかった。だからよだかは星になったんだ。」
そんな話だったのか。思ったよりも悲しいお話みたいだ。それにしても凄いなよだかは。僕にはよだかにさえも慣れやしないな。
「あ、ごめんなさい。つい話しちゃった。これまでのことは全て忘れて。今の話も、私のことも。」
「うん、わかった。気にしてないからって、え?」
突然のことで返事をしてしまったがどういうことだ?聞き間違いか?今私の事持って言ったような気がした。好きなことをついつい早口でしゃべってしまうのは僕にもよくあるし、あとから恥ずかしくなって忘れて欲しいなんて思ったことはある。でも自分のことも?ふざけているようには見えないし、さも当然かのように言う君が理解できなかった。
「えっと、聞き間違いなら謝るけど、私のこともってどういう意味?」
「言葉のままだよ。わたしの全部を忘れて欲しいの。そうしないと……」
「とにかく忘れて。わかった?」
突然の不思議な発言に戸惑いつつも普段の僕ならこの時直ぐにわかったと返事して二度と彼女と関わるなんてことはしないだろう。彼女がどんな状態なのかはわからないがふざけているという訳では無さそうだし面倒事に巻き込まれるのは嫌だ。それに、彼女の望んでいることならばそれに従いたい。今までの僕は少なくともそうやって色んなことを避けてきた。関わらなきゃ平和に終わるだろうって。でも今日の僕は何処かおかしかった。
「わすれ、られない。」
どうしてこんなこと言っているのか自分でも訳が分からない。寝起きだからなのか、久しぶりに女子と話して動揺してるのか、それもあると思うけどそれだけじゃない。「すべて忘れて」という彼女の声が、表情がどことなく寂しそうだったから。きっと、そんな感じだと思う。
「え?そう。わかった。君が傷つくだけだと思うけど。」
冷たくあしらわれたけど、その言葉は少し笑っていた気がした。
そのまま僕は教室を後にした。