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放課後のチャイムが鳴ったあとも、目黒は教室を出ようとしなかった。
机に座ったまま、ただ窓の外を見つめている。
康二は、そんな目黒の背中を見つけて、ゆっくり近づいた。
「なあ、また何かされたんか?」
目黒は首を横に振る。
「……もう、いい。どうでも」
その声は穏やかすぎて、逆に痛かった。
“何も感じないようにしてる”
そんなふうに聞こえた。
康二は、机の上にあった誰かのノートをそっと閉じた。
「お前、今日もう帰ろ。俺ん家来い」
目黒が顔を上げる。
「……でも」
「いいから」
康二の声が、いつもより低く、強かった。
その日の夕方。
ふたりは康二の部屋にいた。
狭い部屋の中、カーテンを閉め切って、蛍光灯の白い光だけが漂っている。
康二はテーブルの上に置いたスマホを見て言った。
「もう、SNSもやめとけ」
「なんで?」
「誰が何見てるかわからん。お前のこと、まだ笑ってるやつおるかもしれん」
目黒は小さく頷く。
「……わかった」
「学校も、無理して行かんでええ」
「でも、康二くんは?」
「俺が行く。そんで、ノートも課題も取ってきたる。
お前はここで待っとけ」
目黒は黙って頷いた。
“待つ”という言葉に、ほっとしたように微笑む。
康二の胸が締めつけられる。
その笑顔が嬉しいのに、怖かった。
——このまま、この顔だけを見ていたい。
——誰にも触れさせたくない。
康二は、目黒の髪にそっと触れた。
「俺以外、誰も信じんでええ」
「……うん」
「誰かに何か言われても、俺がいるやろ?」
「……うん、康二くんだけいればいい」
その瞬間、康二の中で“守る”が“縛る”に変わった。
静まり返った部屋で、時計の音だけが響く。
外の世界はゆっくりと遠ざかり、
ふたりの世界だけが濃く、重く、閉じていった。
——康二が部屋を出るたび、目黒はドアの前で待った。
——帰ってくるたび、目黒は笑った。
——そして、康二は思った。
「この部屋から出さなければ、あいつはもう傷つかへん」